民法 問題17

 Aは、Bに対して貸金債権を有し、Bは、Aに対して売掛代金債権を有していたが、Bはこの売掛代金債権をCとDとに二重に譲渡し、いずれの譲渡についても確定日附のある証書によってAに通知し、その通知は同時にAに到達した。その後、Cは、Aに対し、この売掛代金債権を自働債権とし、AがCに対して有していた貸金債権を受働債権として相殺する旨の意思表示をしたところ、Aは、Cに対し、AのBに対する前記貸金債権を自働債権とし、この売掛代金債権を受働債権として相殺する旨の意思表示をした。
 この場合におけるA·C間の法律関係について論ぜよ。

※旧司法試験 昭和60年度 第2問


1 Aは、Cに対し、消費貸借契約(587条)に基づき貸金返還請求をすると考えられる。
2 かかる請求に対し、Cとしては、Bから譲り受けたAに対する売買代金債権を自働債権として、上記貸金債権と相殺(505条1項)すると反論することが考えられる。
(1) まず、かかる相殺の主張が認められるためには、BC間の債権譲渡をAに対抗することが必要であるが、Bは、Cに対して売買代金債権を譲渡した旨をAに通知しているため、債務者対抗要件を備えているといえる(467条1項)。
(2) そうだとしても、Bは、Dに対しても上記売買代金債権を譲渡している。そのため、CがDに劣後するのであれば、AはCへの債権譲渡を対抗されず、上記相殺の主張も認められないこととなる。
 この点について、Cへの譲渡については、確定日付のある証書により通知がなされているため、第三者対抗要件(467条2項)を備えている。もっとも、D も同様に第三者対抗要件を備えていることから、債権の二重譲渡がなされた場合、その優劣をどのように決すべきかが問題となる。
ア そもそも、467条1項が通知・承諾を債権譲渡の対抗要件とした趣旨は、債権譲渡に関する債務者の認識を通じて、債務者をして公示機能を営ませようとした点にあるところ、債務者がかかる公示機能を営むためには債務者が債権譲渡の事実を知る必要がある。他方、同条2項が確定日付を要求したのは、関係者による不当な作為を可及的に防止するためである。
 そこで、通知が債務者に到達した又は債務者が譲渡を承諾した日時の先後により優劣を決すべきと解する。
イ これを本件についてみると、AにはCに対する譲渡について通知とDに対する譲渡についての通知も同時に到達しているため、両者の優劣を決することができない。そのため、各譲受人は、第三債務者に対して全額の弁済を請求でき、譲受人から弁済の請求を受けた第三債務者は、他の譲受人に対する債務消滅事由のない限り、単に同順位の譲受人が他に存在することを理由に弁済を拒絶できないと解する。
ウ したがって、AがDに弁済をしていない以上は、CはAに対して売買代金債権を譲り受けたことを対抗することができる。
(3) そうだとしても、Aとしては、売買代金債権を受働債権、Bに対する貸金債権を自働債権とする相殺をすることができるため、Cによる相殺は認められないとの再反論することが考えられる。
ア この点について、債権譲渡の通知前に譲受人に対して対抗できた事由は、債権譲受人に対しても対抗することができる(468条2項)。そして、AB間において通知前に相殺適状に達していたのであれば、Aによる相殺を債権譲受人Cに対しても対抗し得ることとなる。
 これに対し、自働債権たるAのBに対する貸金債権の弁済期が到来していなかった場合には、通知時点において相殺適状になかったことになる。そのため、このような場合には、上記Aの相殺は「事由」にあたらず、相殺をCに対抗できないのではないか。同条項の「事由」をいかに解すべきかが問題となる。
(ア) そもそも、468条2項の趣旨は、債権譲渡に関与しない債務者の保護を図る点にある。かかる趣旨からすれば、同条項の「事由」とは、広く抗弁発生の基礎となる事由を含むと解する。
(イ) これを本件についてみると、通知の時点ではすでに債権の対立状態が存することから、相殺の担保的機能に対する期待を有していたというべきである。かかる期待を保護する必要性から、たとえ自働債権の弁済期が到来していなくとも、債権発生の基礎となる事由は存在していたというべきである。
(ウ) したがって、Aによる相殺の主張は「事由」にあたるとして許され得る。
イ そうだとしても、Aによる相殺の意思表示よりも先にCが相殺の意思表示をしている。このような場合でも「事由」にあたるとして相殺をCに対抗することができるか。
(ア) そもそも、相殺の意思表示がなされた場合には、相殺の遡及効ゆえにすでに債権が消滅することとなる。そうだとすれば、たとえ「事由」にあたるとしても、他社による相殺の意思表示に後れた場合には、もはや相殺に供する債権が存在せず、相殺権を行使する前提を欠くというべきである。
 そのため、先に相殺の意思表示をした者の相殺が優先すると解する。
(イ) 本件でも、先に相殺の意思表示をしたCによる相殺が優先する。
ウ したがって、Aによる相殺の主張は認められない。
(4) よって、Cによる相殺は認められ、AのCに対する貸金返還請求権と売買代金債権は対等額で消滅する。
3 以上により、Aによる相殺は、Cの相殺により対抗された額を控除した残額の限度で認められる。
以上


いいなと思ったら応援しよう!