刑法 問題12
甲は,A高校を卒業した者であるが,A高校の校則が厳しかったことから充実した高校生活を送れなかったと考え,その仕返しをしようと考えた。そこで,甲は,ある日の深夜,何か嫌がらせができないかと考えながら,A高校の敷地内へ立ち入った。
A高校には,校舎のほかに体育館と教師が寝泊まりするための宿舎があり,宿舎を中 央にして,それぞれ10メートルほどの木造の渡り廊下でつながっていたところ,宿舎 で甲の担当教諭を務めており,日頃から甲を叱りつけていたBが宿直を務めているのを 発見した。そこで,甲は,体育館に火をつけて,Bを困らせてやろうと考え,体育館の 裏手にある倉庫内に火のついた新聞紙を投げ入れて,その場から逃走した。新聞紙は, 倉庫内に保管されていたマットの下に落ちたため,火はマットに燃え移り,マットが全焼したものの,倉庫の床には難燃性の防火シートが全面に貼られていたため,その一部 が溶解して有毒ガスが発生しただけで,マットから倉庫に燃え移ることはなかった。
甲の罪責を論ぜよ
1 甲が、嫌がらせ目的でA高校の敷地内に入った行為は、管理権者の意思に反する立ち入りといえ、「侵入」したといえる。またその旨の認識認容もあるため、故意(38条1項)も認められる。
したがって、建造物侵入罪(130条前段)が成立する。
2 次に、体育館の倉庫内に火のついた新聞紙を投げ入れた行為に現在建造物放火罪(108条)が成立するか。
(1) まず、A高校は「建造物」にあたる。もっとも、体育館には人がおらず、人が現在するのはこれと渡り廊下でつながっているにすぎない宿舎である。そのため、「現在」性が認められず、現在建造物放火罪は成立しないのではないか。体育館と宿舎が一個の建造物といえれば現在性が認められることとなるため、建造物の一体性の判断方法が問題となる。
ア そもそも、現在建造物放火罪が重く処罰されるのは、内部の人に対する生命侵害の現実的危険が認められるからである。
そこで、現住部分と物理的一体性が認められる場合であっても、延焼可能性や機能的一体性の見地から、内部者に対する危険性が認められない場合は、建造物の一体性を否定すべきと解する。
イ 本件体育館は、宿舎と渡り廊下でつながっているにすぎず、物理的一体性は乏しいといえる。もっとも、体育館と宿舎は行き来することが予定されており、機能的一体性が認められるし、渡り廊下が木造という可燃性の高い素材が使われていることからすると、10mしか離れていない宿舎への延焼可能性も高いといえる。このような事情からすれば、体育館に放火したとしても宿舎の内部者に対する危険性が認められるから、両者の建造物の一体性を肯定すべきである。
ウ したがって、宿舎にはBが存在して現在性が認められる以上、「現在」建造物といえる。
(2) そして、火のついた新聞紙を投げ込んでおり、「放火した」といえる。
(3) だとしても、マットが全焼して防火シートの一部が融解して有毒ガスが発生しただけであり、「焼損した」とはいえないのではないか。
ア そもそも、放火の罪は公共危険罪であるところ、火が媒介物を離れて目的物に移り、目的物が独立して燃焼を継続しうる状態に至った場合は、抽象的に公共の危険が生じたといえる。
そこで、かかる場合に「焼損」したといえると解する。
イ 本件では、マットは全焼しているものの、これは建造物であるとはいえないし、また、防火シートが融解しただけであって目的物たる倉庫に火が燃え移って倉庫が独立して燃焼を継続しうる状態には至っていない。
ウ そのため、「焼損した」とはえず、既遂には至っていない。
エ また、上記行為の認識認容があったといえ、故意も認められる。
(4) したがって、現在建造物放火未遂罪(112条・108条)が成立するにとどまる。
3 よって、甲は、建造物侵入罪と現在建造物放火未遂罪の罪責を負い、両者は牽連犯(54条1項後段)として科刑上一罪として処断される。
以上