民法 問題36
Aは、長らく雑貨屋を経営していたが、高齢のため、店の経営を息子のBに譲った。Bは、店を大きくするためにD銀行に融資を申し込んだところ、D銀行から担保を求められたため、Aに無断で、Aの実印を用いて委任状を偽造し、Aの代理人として、Aが所有する甲土地に抵当権を設定し、その旨の登記を行った(以下「本件抵当権登記」という。)。
以上の事実関係を前提に、以下の設間に解答しなさい。なお、以下の設間は、それぞれ独立したものとする。
〔設間1〕
Aが死亡し、Aの妻であるCとBがAを相続した。B及びCがDに対して本件抵当権登記の抹消を求めた場合、この請求は認められるか。
〔設間2〕
Bは、不慮の事故により、死亡し、AとAの妻であるCがBを相続した。その後、Aも死亡し、AをCが相続した。Cが本件抵当権登記の抹消を求めた場合、この請求は認められるか。Aが死亡した後に、Bが死亡した場合はどうか。
1 設問1
BCは、甲土地所有権(206条)に基づき、本件抵当権(369条)の抹消時請求をすることが考えられる。
Aは、Bに対して抵当権設定に関する代理権を授権していないため、Bのした抵当権設定は無権代理行為となり、Aの追認なき限りAに効果帰属しない(113条1項)。したがって、Aを相続したBCの上記請求が認められるのが原則である。
これに対し、Dは、無権代理人Bが本人Aを相続した以上、Bのした抵当権設定は有効となる旨の反論をすることが考えられる。
(1) 確かに、相続という偶然の事情で無権代理の相手方の取消権(115条)を奪うべきではないため、本人と無権代理人との地位は併存すると解すべきであるが、無権代理人が本人の地位に基づき追認を拒絶することは矛盾挙動といえ、信義則(1条2項)上許されないと解する。
(2) したがって、Cが追認している場合は、Bも信義則上追認を拒否することは許されず、BD間の抵当権設定は有効となる結果、Dのかかる反論が認められBCの上記請求は認められないとも思える。
(3) しかし、本問では、BC共に抵当権の抹消登記請求をしているため、Cは追認を拒絶していると考えられる。そこで、共同相続人が追認を拒絶した場合はどのように考えるべきかが問題となる。
この点、追認拒絶権はその性質上共同相続人に不可分に帰属しているため、他の共同相続人の追認がない限り、無権代理行為は、無権代理人の相続分に相当する部分においても当然に有効にならないと解する。
したがって、BCは追認を拒絶することができ、Bのした抵当権設定の効果は本人を相続したBCに帰属しない。
(4) もっとも、BCは、無権代理人の責任(117条1項)は負うものの、追認拒絶権を認めた趣旨から、Dは履行請求はすることができないと解する。
(5) 以上により、BCの上記請求は認められる。
2 設問2前段
Cは、甲土地所有権に基づき、Dに対して、本件抵当権登記の抹消登記請求をすることが考えられる。
これに対し、Dは、Cに対して無権代理人と本人の地位を相続した以上、無権代理人Bのした抵当権設定は有効となる旨の反論をすることが考えられる。
そこで、無権代理人の地位を相続したあと、本人の地位を相続した場合はどのように考えるのかが問題となる。
ア この点、前述のとおり、本人と無権代理人の地位は融合はしないものの、本人を相続した無権代理人は信義則上追認を拒めない。そう考えると、無権代理人の地位を先に相続したCの上記請求を認められないとも思える。
しかし、無権代理人が信義則上追認を拒めないのは、無権代理をした当事者だからである。この理をたまたま相続という偶然の事情で無権代理人を地位を相続した者にまで含めることは妥当でない。
そこで、無権代理人の地位を相続したあと、本人の地位を相続した場合は追認を拒むことができると解する。
イ したがって、追認を拒絶していると考えられるCの上記請求は認められる。もっとも、Cが、無権代理人としての責任を負うのは前述のとおりである。
3 設問2後段
では、本問のように、本人の地位を相続したあと、無権代理人の地位を相続した場合はどうか。
この場合も、Cは本人の地位に基づいて追認を拒絶することができるため、Cの上記請求は認められる。もっとも、Cは、無権代理人としての責任を負う。
以上