民法 問題29
Aは、その所有の事務所用建物について、債権者甲のために抵当権を設定し、その登記をした後、抵当権の設定当時からその建物に備え付けられていた冷暖房用の機械を新式のものと取り替え、新しい機械を他の個権者乙のために譲渡担保に供した。乙は、Aが弁済期に債務を履行しないので、Aの承認の下にその機械を取りはずして持ち出し、丙に売却した。
この場合における甲・乙間及び甲・丙間の法律関係を説明せよ。
第1 甲乙間
1 甲は、乙に対し、抵当権(369条)に基づいて新しい機械(以下、「本件機械」という。)の返還を求めることが考えられる。
(1) まず、抵当権は非占有担保であるため、これに基づく物権的請求権を行使できるかが問題となるが、抵当権も物権である以上、これに対する妨害状態を除去すべく、物権的請求権を行使することができると解する。
(2) 次に、上記請求が認められるためには、本件機械に抵当権の効力が及んでいることが必要である。
もっとも、本件機械は抵当建物と独立性を有している従物にすぎず、抵当権の効力が及ぶ「付加して一体となっている物」(370条)にあたらないのではないか。
ア そもそも、抵当権は目的物の価値を把握する担保物件であることから、その効力が及ぶ範囲は、物理的一体性のみならず経済的一体性からも判断すべきと解する。そして、従物は主物の効用を助けるものであり、その経済的価値を高めるものであるから、抵当不動産の従物も、抵当不動産と経済的に一体となっているといえる。
そこで、従物も「付加してい一体となっている物」にあたると解する。
イ 本件機械は抵当建物の従物であるから、「付加してい一体となっている物」にあたる。
ウ したがって、本件機械に抵当権の効力が及びうる。
(3) そうだとしても、Aは、本件機械を乙のために譲渡担保に供している。そこで、乙に対して、抵当権の効力が及んでいることを対抗できるかが問題となる。
ア この点、従物の対抗要件も主物の登記により公示がされると解する。
イ 本件では、建物について抵当権登記がなされているため、乙は甲の抵当権に劣後する譲渡担保権を有していることとなる。したがって、甲は、本件機械に抵当権が及んでいることを乙に対抗することができる(177条)。
ウ なお、即時取得(192条)の「占有」には占有改定(183条)は含まれないため、乙が抵当権の負担のない譲渡担保権を取得する余地はないと解する。
(4) もっとも、本件機械は、すでに抵当建物から持ち出され、丙に売却(555条)されている。そこで、抵当建物から持ち出された従物にも抵当権の効力が及ぶのか、及ぶとしても対抗できるのかが問題となる。
ア この点について、いったん抵当権の効力が及んだ以上、これが失われると解する理由はないし、抵当権の把握していた交換価値を維持して抵当権者を保護する必要があるから、抵当不動産から分離され搬出された物についても抵当権の効力が及ぶと解する。
イ もっとも、抵当権は登記を対抗要件をする担保物件である(177条)。そこで、分離物が抵当不動産の上に存在しており登記による公示が及ぶ限りにおいて、その効力を「第三者」に対抗することができると解する。
ウ これを本件についてみると、本件機械はすでに抵当建物から離れ、丙の下に持ち出されているため、丙が「第三者」にあたる限り、抵当権の効力を丙に対抗することはできない。
エ したがって、丙が、甲との関係で背信的悪意者にあたるような事情がない限り、抵当権の効力を丙に対抗することはできない。
(5) よって、甲の上記請求は、かかる事情がない限り、認められない。
2 甲の、乙に対する、本件機械の返還請求が認められず、甲の抵当権実行に際して被担保債権が十分に担保されない場合、乙の譲渡担保権実行によって「損害」(709条)が発生したといえ、不法行為に基づく損害賠償請求をすることができる。
第2 甲丙間
1 前述のとおり、甲は、丙に対して、丙が背信的悪意者にあたらない限り、本件機械の返還を求めることができない。
2 これに対し、丙が背信的悪意者にあたる場合、本件機械の返還請求をすることができる。また、甲に何らかの「損害」が発生していた場合は、不法行為(709条)に基づく損害賠償請求をすることができる。
以上