民法 問題38

 甲士地の所有者Aは隣接する丙土地の一部である乙土地を使用貸借していたが、Aは、1996年3月に死亡した。Aの死亡以降、Aの相続人Bは甲乙両土地ともAの所有土地であると過失なく信じて占有し、公租公課も負担していた。
 他方、2006年9月、丙士地所有者であるCは、丙土地をDへ譲渡し、引き渡すとともに登記を移転した。この際、DもBが占有していた乙土地は甲土地に属するものと信じており、後でDが調べたところ、乙土地は丙土地の一部と発覚した。
 かかる場合、DがBに対して乙土地の明渡請求を主張したのに対し、Bは拒むことができるか。


 Dは、Bに対して、所有権(206条)に基づき、乙土地の明渡請求をすることが考えられる。
 かかる請求が認められるためには、Dが、乙土地所有権をBに主張でき、Bが乙土地を占有している必要がある。
1 Bは、乙土地を占有しているため、Dの上記請求は認められるのが原則である。
2 もっとも、Aの相続人であるBは、乙土地がAの所有土地であったと過失なく信じていることから、乙土地を時効取得したことを主張(162条2項)してDの請求を拒むことが考えられる。
ア まず、Bは、Aの占有を相続するのかが問題となるが、占有権も財産権であるため相続の対象となると解する。したがって、包括承継(896条)したBも占有権を相続し得る。
イ 次に、「所有の意思」は外形的客観的態様から判断されるべきであるところ、Aは使用貸借によって乙土地を占有していたため、これを相続したBは「その占有の開始の時に、善意」とはいえないとも思える。
 他方、B自身は前述のとおり自主占有の意思を有しているため、「善意」とも考え得る。
 このように、Bは、単一の占有の二面性を有しているため自主占有であることのみを主張し得ないものの、185条後段により自己の占有が自主占有に転換したと主張することができないか。
(ア) まず、包括承継人たる相続人も「承継人」に含まれると解する。
(イ) 次に、相続が「新たな権原」にあたるか。
 この点について、相続が常に「新たな権原」にあたらないとすると、相続人が時効取得し得ないため妥当でない。他方、外形上占有状態に変化を満たさない場合にまで相続人に時効取得を認めると、真の権利者に時効中断の機会を与えないこととなり、これも妥当でない。
 そこで、①相続人が新たに相続財産を事実上支配することにより占有を開始し、②その占有が外形的客観的にみて独自の所有の意思に基づくものと解されるときには、相続は「新たな権原」にあたると解する。
 本件では、Bは、乙土地を相続により占有を開始している(①)。また、公租公課も負担していることから、その占有が外形的客観的にみて独自の所有の意思に基づくものといえる(②)。
(ウ) したがって、「新たな権原」により、Bは、自主占有に転換したといえる。
ウ よって、1996年3月から「平穏かつ公然」と乙土地を占有したBは、「10年間」経った2006年3月の時点で乙土地所有権を時効取得したと考える。
3 しかし、Dもまた、2006年9月にCから丙土地の一部である乙土地を譲り受けている。
 ここで、「第三者」(177条)とは登記の欠缺を主張する正当な利益を有する者いうところ、Dは「第三者」にあたり、時効取得者Bは、時効取得が完成したあとの譲受人Dに対抗できないのではないか。時効取得者と時効完成後の譲受人との関係が問題となる。
ア この点、時効取得者は、時効完成前の第三者には、物権変動の当事者類似の関係となるため登記を必要としない。
 他方、時効完成後の第三者は二重譲渡類似の関係となるため、177条の「第三者」にあたり、対抗するには登記の具備を必要と解する。
 なお、取引安全の見地から、時効の起算点は動かせないものと解する。
イ 前述のとおり、Bは2006年3月に取得時効が完成しているのに対し、Dは2006年9月に乙土地を譲り受けているため時効完成後の「第三者」にあたる。したがって、Bは、Dに対して、登記を具備しない限り乙土地所有権を対抗し得ない。
4 よって、Dの、Bに対する乙土地明渡請求の主張に対し、Bは拒むことができない。
以上



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