民法 問題28
Aは、 Bに対する債務を担保するため、 自己所有の甲建物に抵当権を設定し、 その旨の登記を経由した。 その後、Aは、Cに甲建物を売却したが、 Cへの所有権移転登記を経由する前に、Dの放火により甲建物が全焼した。この場合に、A、B及びCは、それぞれDに対して損害賠償を請求することができるか。
AがDに対して損害賠償を請求することができるとした場合、AのDに対する損害賠償請求権又はDがAに支払った損害賠償をめぐるB及びCの法律関係はどうなるか。
※旧司法試験 平成 8 年度第 1 問
第1 設問前段
1 Aは、Dに対して、所有権(206条)侵害を理由とする不法行為(709条)に基づく損害賠償請求をすることが考えられる。
そこで、まず、いまだAに甲建物の所有権が帰属しているといえるか。Aは、Cに甲建物を売却していることから、所有権の移転時期が問題となる。
(1) この点、176条は意思表示のみで物権が移転するという意思主義の原則を定めている。そこで、売買契約時に所有権は移転すると解する。
もっとも、同条は任意規定のため、特約があればそれに従うと解する。
(2) したがって、特約があればAに所有権が留保されるものの、原則AC間の売買契約(555条)時に所有権がCに移転する。
(3) よって、かかる特約がない限り、Aの上記請求は認められない。
2 そうだとしても、Aの、CからAに対する甲土地売買代金債権の侵害を理由に損害賠償請求(709条)することができないか。
債権侵害が「権利を・・・侵害」といえるかが問題となる。
(1) この点、債権も財産権の一種として法的保護の対象となる。もっとも、債権の非公示性および自由競争原理から、侵害行為の態様が特に強いことが必要になると解する。
(2) 本件では、放火という公序良俗(90条)に反する侵害行為によるものであるため、侵害行為の態様が特に強いといい得る。
しかし、売買代金債権が消滅しているのなら、そもそも保護する対象となる債権が存在しない。そこで、危険負担が問題となる。
ア 本件では、Dにより甲土地が放火おり、「当事者双方の責めに帰することができない事由によって」甲建物の引渡し債務が履行することができなくなっているため、Cは、反対給付たる代金支払義務の履行を拒むことができる(536条1項)。
イ したがって、Aの売買代金債権は消滅している。
(3) よって、そもそも保護する対象となる債権が存在しないため、Aの上記請求は認められない。
3 Bは、抵当権(369条)を有していたところ、甲建物の焼失により担保価値が消滅している。そこで、Dに対して、抵当権侵害を理由とする不法行為に基づく損害賠償請求(709条)をすることが考えられる。
(1) 抵当権は目的物の交換価値を把握する担保物件であるところ、目的物が侵害されたとしても直ちに損害が発生したとはいえない。そこで、その交換価値が被担保債権額を下回ったときに損害が発生したといえ、かかる場合は不法行為に基づく損害賠償請求ができると解する。
(2) 本件では、甲建物は焼失していることから、交換価値が被担保債権額を下回ったと考えられる。
したがって、Bは、Dに対して、不法行為責任を追及することができる。
(3) よって、Bの上記請求は認められる。
4 Cは、Dに対して、所有権侵害を理由とする不法行為に基づく損害賠償請求をすることが考えられる。
(1) 前述のとおり、Cは、甲建物の所有権を有している。
(2) そして、Dは、登記の欠缺を主張するにつき正当な利益を有する「第三者」(177条)にあたらないため、登記を具備していなくともDに甲建物所有を対抗することができる。
(3) したがって、Cの上記主張は認められる。
第2 設問後段
1 AC間
AC間に所有権移転に関する特約がある場合、上記4と同様の法律構成で、Aは、Dに対して損害賠償請求することができる。
かかる場合で、Cが、Aに対する売買代金債務を履行していれば、Cは、Aの損害賠償債権または受け取った賠償金に対して、代償請求をすることができる(422条の2)
2 AB間
上記1と同様、AC間に所有権移転に関する特約がある場合、AのDに対する損害賠償請求権は、「目的物」の「滅失」により「債務者が受けるべき金銭その他の物」(372条、304条)にあたり、同請求権に物上代位し得る。
もっとも、Bが物上代位するには、払渡し前に差押える必要がある(304条 1項ただし書)。
以上