刑法 問題40

 甲は、日頃恨みを抱いていたA女を痛めつけようと考え、夜間路上で待ち伏せした上、手拳で同女の顔面を強打したところ、同女は転倒し、後頭部を路面に打ちつけて失神した。これを見た甲は、同女が死んでしまったものと誤信し、強盗による犯行に見せかけるため、同女のハンドバッグを持ち去り、付近の河中に投棄した。甲の罪責を論ぜよ。

※旧司法試験 昭和63年度 第2問


1 甲の、Aの顔面を手拳で殴打し失神させた行為につき、Aの生理的機能を障害したといえ、「傷害」したといえる。したがって、傷害罪(204条)が成立する。
2 では、Aが失神し後にハンドバッグを持ち去った行為に強盗罪(236条1項)が成立するか。
 この点、強盗罪に重い法定刑が定められているのは、暴行・脅迫を手段として財物を奪取する点にある。そこで、暴行・脅迫が財物奪取に向けられていない場合は、同罪は成立しないと解する。
 本件では、甲の暴行はAを痛めつける目的でなされたものであり、財物奪取に向けてなされたものではない。
 したがって、強盗罪は成立しない。
3 では、窃盗罪(235条)は成立しないか。
(1) 甲は、Aの意に反し、「財物」であるハンドバッグを持ち去っているため「窃取」したといえる。
(2) もっとも、甲は、Aが死亡したと誤信している。仮に死者の占有が認められないのであれば、死亡したと誤信した以上は占有の認識を欠くこととなり、占有離脱物横領の故意しか有せず、窃盗罪の故意は認められない(38条2項)。そこで、死者から占有を移転しようとする意思であっても窃盗の故意が認められるか。死者の占有と関連して問題となる。 
ア この点について、死者には占有の事実も意思も認められないため、死者の占有は認められない。
 もっとも、被害者の生前の占有は、被害者を死亡させた犯人との関係では、死亡と場所的・時間的近接性が認められる限り、刑法的保護に値し、被害者の生前の占有に対する侵害が認められる。だとすれば、被害者を死亡させた犯人であることの認識と、死亡と時間的・場所的近接性があることの認識があれば、被害者が死亡したとの誤信があっても、「窃取」の認識があり、窃盗の故意が認められると解する。
イ これを本件についてみると、甲は、Aに暴行を加えた犯人である以上、甲にAを死亡させた犯人との認識があるといえる。
 また、Aが死亡したと誤信した直後にハンドバッグを持ち去っているため、A死亡と持ち去り行為との間に時間的・場所的近接性があるという認識も認められる。
ウ したがって、窃盗罪の故意が認められる。
(3) そうだとしても、甲は、ハンドバッグを、強盗による犯行を見せかけるために持ち去っていることから、不法領得の意思が認められず窃盗罪は成立しないのではないか。不法領得の意思の肯否及びその内容が問題となる。
ア この点について、不可罰な使用窃盗の区別すべく権利者排除意思を要すると解する。また、利欲犯的性格ゆえに重く処罰される窃盗と器物損壊を区別すべく利用者処分意思を要すると解する。
イ 本件では、甲はハンドバッグを捨てるつもりで持ち去ったと考えられるところ、これは権利者でなければできない態様の行為であるから、権利者排除意思が認められる。
 もっとも、捨てるつもりであったことから、ハンドバッグの本来的用法に従って利用処分する意思が認められないことから、利用者処分意思が認められない。
ウ したがって、不法領得の意思を欠くと解する。
(4) よって窃盗罪は成立しない。
4 もっとも、ハンドバッグを河中に投棄する行為は、ハンドバッグの効用を喪失させる行為であり「損壊」したといえ、器物損壊罪(261条)が成立する。
5 以上により、甲は傷害罪と器物損壊罪の罪責を負い、これらは併合罪(45条前段)の関係に立つ。
以上


いいなと思ったら応援しよう!