民法 問題25
甲は、その所有する土地を乙に売り渡し、その旨の登記をした。乙は、この土地を丙に転売して引き渡した。ところが、丁は、乙及び丙に対し、この土地について、丁が甲から売買により所有権を取得していたことを主張している。
(1) 丁の乙、丙に対する主張が認められる場合について論ぜよ。
(2) 丁の乙及び丙に対する主張がいずれも認められた場合、乙は甲に対してどのような請求をすることができるか。なお、この土地の価格は、甲乙間の売買契約以来現在まで上昇を続けているものとする。
1 設問(1)
丁の、乙丙に対する、本件土地の所有権が自己に帰属しているとの主張(以下「本件主張」という。)が認められるためには、丁が所有権を取得しており、それを乙丙に対抗できることが必要である。
本件では、丁は権利者甲から売買契約により所有権を承継取得しているため、丁の本件主張が認められるのが原則である。
もっとも、丁と乙丙が対抗関係なるとしたら、登記を具備しない丁は、乙丙に対して本件土地の所有権が自己に帰属することを主張できないこととなる(177条)。
そこで、乙丙が「第三者」にあたるか。その意義が問題となる。
(1) そもそも、177条の趣旨は、登記を基準とした画一的処理により不動産取引の安全を図る点にある。かかる趣旨からすれば、「第三者」とは、取引安全を図るに値する者、すなわち不動産登記の欠缺を主張する正当な利益を有する者をいうと解する。
もっとも、自由競争の原理のもとにおいては悪意者も正当な利益を有するといえるが、これを超えて自由競争原理を逸脱するような主観を有する背信的悪意者については、信義則(1条2項)上、上記正当な利益を有さないと解する。
(2) まず、甲乙間の売買契約が無効・取消し(90条、93条1項ただし書、94条1項、95条1項、96条1項等)となる場合、乙は上記正当な利益を有する者といえず「第三者」にあたらないため、丁は本件主張をすることができる。
この場合、丙も「第三者」にあたらず、丁は本件主張をできるのが原則であるが、第三者保護規定(93条2項、94条2項、95条4項、96条3項等)により丙が保護される場合は「第三者」にあたり、登記を具備しない丁は丙に本件主張をすることができない。
また、乙丙間の売買が無効・取消しとなる場合、丙は上記正当な利益を有する者といえず「第三者」にあたらないため、丁は丙に対して本件主張をすることができる。
(3) 次に、乙丙が背信的悪意者にあたる場合は、両名は信義則上「第三者」にあたらないため、丁は乙丙に対して本件主張をすることができる。
これに対し、丙のみが背信的悪意者にあたる場合は、取引の安全の早期確定の見地から、丙が乙をワラ人形的に介在した場合のみ丙は「第三者」にあたらず、丁の丙に対する本件主張は認められる。
他方、乙のみが背信的悪意者にあたる場合は、背信的悪意者は信義則上権利を主張できないだけで甲乙間の売買契約自体は有効であるため、乙丙間の売買契約もまた有効であり、丙は「第三者」にあたる。したがって、登記を具備していない丁は、丙に対して本件主張をすることができない。
2 設問(2)
(1) まず、甲乙間の売買契約が無効・取消しされた場合、乙は、甲に対して、不当利得(703条、704条)に基づく売買代金返還請求をすることができる。
(2)ア では、乙丙が背信的悪意者に当たる場合、甲の、乙に対する所有権移転義務(555条)が履行不能になったことに基づく損害賠償請求(415条1項本文)をすることが考えられる。
この点、甲の履行不能は乙が背信的悪意者であることを理由とするものであることから、甲の「責めに帰することができない事由」(同項ただし書)にあたり、かかる請求は認められない。
イ 次に、乙は、甲乙間の売買契約を解除(542条1項1号)し、545条1項の原状回復義務に基づく売買代金の返還を求めることが考えられる。
この点についても、甲の履行不能は上記理由と同様であるため、乙の「責めに帰すべき事由によるもの」(543条)にあたり、乙の上記請求は認められない。
ウ そうだとしても、乙は、甲に対して、不当利得に基づく代金返還請求をすることができないか。
この点について、乙は代金支払いにより「損失」を受けている。これにより甲は「利益」を受けている。そして、甲乙間の売買契約は上記のとおり解除されていないため、「法律上の原因」を欠くとはいえないとも思える。
しかし、甲は、丁からも本件土地の代金を受け取っていると考えられ、代金の二重に受け取る権利は実質的にないと考えられる。ここで、不当利得の趣旨は当事者間の公平にあるところ、乙からも代金を受け取ることは公平とはいえず、乙の売買代金を甲が受け取ることは「法律上の原因」を欠くというべきである。
エ したがって、乙の、甲に対する不当利得に基づく代金返還請求は認められる。
以上