民法 問題15
2003年5月、Aは、Bに対して200万円を貸し付けるに際し、その担保として、Cと連帯保証契約を締結した。その後、Bは、弁済期である2005年5月までにAに当該貸金債務の弁済をすることができなかった。この事実を前提として、以下の(1)及び(2)の設問に答えなさい。なお、各設問はそれぞれ独立した問いである。
(1) Cが連帯保証人となったのは、Bから、「私の所有する300万円相当の不動産に抵当権を設定するし、C以外にも数名の連帯保証人がいるから、Cに迷惑がかかることは絶対にない」と説明されたからであった。Cは、Bに対して「現実に支払わなくてよいのなら、形式上、連帯保証人に私を加えてもらうのは構わない」と述べた上で白紙委任状等の書類を渡し、Bは、これらの書類を用い、Cを代理してAとの間で連帯保証契約を締結した。しかし、BがCに行った説明は虚偽であり、実際は、Bにはめぼしい財産がなく、C以外に連帯保証人となった者もいなかった。2008年7月の時点で、Cは、Aからの連帯保証債務の履行請求を拒むことができるか。考えられる法的根拠を列挙しつつ論じなさい。
(2) 2015年7月、Bは、消滅時効期間が満了したことを知らずに、Aの求めに応じて貸金債務の一部を弁済した。他方、Cは、同年10月、Aに対して連帯保証債務の履行を確約する旨の意思を表明した。2016年7月の時点で、Cは、消滅時効の援用によって、Aからの連帯保証債務の履行請求を拒むことができるか。
※平成28年度弁理士試験論文式
第1 問(1)
Aは、Cに対し、保証契約(446条)に基づく保証債務履行請求として200万円の支払を請求すると考えられる。
1 まず、Aは、Bに対して消費貸借契約(587条)に基づく200万円の貸金返還請求権を有しており、これを主債務として代理人Bと保証契約を締結しているため、原則として保証契約の効果は本人Cに帰属し、Aの請求は認められるとも思える。
2 これに対し、Cは、当該保証契約は詐欺(96条)又は錯誤(95条)により取り消されることを主張し、Aからの請求を拒むことが考えられる。
もっとも、保証契約は代理人Bが締結しているところ、代理行為における意思表示の瑕疵の有無は代理人について決せられる(101条1項)。そして、Bは保証人等の不存在について当然知っていたことから、詐欺や錯誤は存在しない。
したがって、Cは、保証契約について詐欺取消しや錯誤取消しを主張できない。
3 もっとも、Cは、Bへの保証契約締結の委任が詐欺に基づくものであるとして、詐欺取消し(96条1項)の主張をすることが考えられる。
(1) この点について、Cは、Bにより保証人等がほかに存在すると虚偽の事項を告げられたために、保証契約を締結し委任していることから、「詐欺・・・による意思表示」であるといえ、上記委任について詐欺取消しをすることができる。そこで、かかる詐欺取消しにより代理権の有無にも影響しないか。
この点について、代理人の承諾なく代理権が授与されるのは不自然なので契約性は肯定すべきだが、事務処理契約と合体しない授権行為も存するため、内部契約とは別個の代理権を授与する無名契約と解する。もっとも、内部契約が遡及的に消滅する(121条本文)以上、これと密接不可分の関係にある授権行為も遡及的に消滅すべきと解する。
そのため、委任契約の詐欺取消しにより、Bの代理権は初めから存在しなかったこととなる。したがって、Bの行為は無権代理行為となり、保証契約の効果はAに帰属しないこととなるとも思える。
(2) そうだとしても、これでは相手方Aの取引安全が害されることとなる。そこで、表見代理規定によりAを保護できないか。
この点について、112条は「代理権の消滅」と規定されており、代理権が遡及的に無効となった場合の規定ではない。しかし、取消しの遡及効により無効とされるべき代理権を信じた相手方の信頼を保護すべき要請は、代理権消滅後に代理権の存在を信頼した第三者の場合とことなることはない。そこで、112条類推適用により、相手方の保護を図るべきであると解する。
したがって、Aが、Bの詐欺の存在について知り又は過失によって知らなかった場合でなければ、同条類推適用により保証契約の効果がCに帰属する。
4 よって、Aが、Bの詐欺の存在について知り又は過失によって知らなかった場合には、保証契約の効果はCに帰属せず、保証債務履行請求を拒むことができる。
第2 問(2)
1 まず、Cとしては、連帯保証債務の消滅時効(167条)を援用することにより、Aからの履行請求を拒むことが考えられる。
(1) この点について、主債務たる貸金債権の弁済期が到来して、「債権者が権利を行使することができることを知った時」(166条1項1号)に至ってから「5年間」以上が経過しており、消滅時効が完成しているといえる。そのため、Cは、保証債務履行請求についての消滅時効を援用して(145条)、Aからの請求を拒むことができるかとも思える。
(2) もっとも、Cは、時効完成後の2016年7月に、Aに対して保証債務の履行を確約する旨の意思を表明している。
そして、時効完成後に債務の承認がなされた場合、債権者としては時効の援用がなされないとの期待を抱くことになる。にもかかわらず、その後に消滅時効を援用することは、かかる債権者の期待を害するものとなるため、禁反言・矛盾挙動にあたり、信義則(1条2項)上時効の援用はできないというべきである。
したがって、Cは、保証債務の消滅時効を援用することは、信義則上認められない。
2 だとしても、主債務の消滅時効を援用し、附従性により保証債務が消滅することで、Aの請求を拒むことができないか。
(1) まず、「保証人」Cは時効を援用できる「当事者」にあたる(145条)。
(2) もっとも、主債務者Bは、時効完成後に貸金債務の一部を弁済するという承認行為を行っているため、B自身は信義則上時効援用権を喪失するため、消滅時効を援用することはできない。しかし、信義則違反の有無は当事者ごとに相対的に決せられるべきものであるから、Bの行為によりCの消滅時刻の援用は妨げられることはない。
(3) そうだとしても、前述のとおり、Cはもはや保証債務についての時効援用権を信義則上喪失していることから、主債務の消滅時効を援用することはやはり信義則に反するのではないか。
ア この点について、保証債務について時効援用権を喪失するのは、あくまで保証債務について時効を援用されないとの期待を相手方が抱くことを主たる根拠とするものである。そして、保証債務について時効完成後に承認したとしても、主債務につき消滅時効が援用されないであろうとのの期待を抱くとまでは通常考えられないから、そのような期待を生じさせるような特段の事情がない限り、保証人はなお主債務の消滅時効を援用できると解する。
イ 本件では、Bが一部弁済による債務承認をしたことをCが認識した上で保証債務を承認したような事情がない限りは、上記特段の事情が存するとはいえない。
ウ そのため、かかる場合でない限りは、Cは主債務の消滅時効を主張できる。
(4) したがって、Cは、上記事情がない限り、主債務の消滅時効を援用して、Aの請求を拒むことができる。
以上