商法 問題4

 甲、乙及び丙株式会社(いずれも委員会設置会社ではない。)が定時株主総会において普通決議の方法でした次の各決議について、会社法上どのような問題があるか論ぜよ。
1 甲社では、「本総会終結時に退任する取締役A及び監査役Bに対し当社の退職慰労金支給規程に従って退職慰労金を支給することとし、その具体的な金額、支給時期及び方法の決定は取締役会に一任する。」と決議した。
2 乙社では、1年前の定時株主総会で任期2年、月額報酬70万円として選任されていたC専務取締役について、取締役会決議によりその職務内容が非常勤取締役に変更されたため、「Cの月額報酬を7万円に変更する。」と決議した。
3 丙社では、「取締役にストック・オプションとして行使価額の総額を10億円とし、目的たる株式を普通株式合計10万株とする新株予約権を付与することとし、その具体的な発行時期及び方法の決定は取締役会に一任する。」と決議した。

※旧司法試験 平成17年度 第1問改題)


第1 設問1
1 取締役Aの退職慰労金について
(1) 取締役の報酬等は、株主総会決議により決定する必要がある(360条1項)ところ、退職慰労金が「報酬等」にあたるのであれば、その具体的金額等の決定を取締役会の決議に一任することは、361条1項に反するおそれがある。そこで、退職慰労金が「報酬等」にあたるのかが問題となる。
ア そもそも、同条項の趣旨は、取締役が自らの報酬を自由に決められるとすると、多分に自己の利益を優先して会社財産の散逸を招く危険性があるため、かかるお手盛りの弊害を防止すべく、株主の自主的判断にゆだねる点にある。そして、自己に対する関係でも有利に働くことを期待して、先に退職する取締役に対する退職慰労金の額を多く定める可能性はあるから、お手盛りに準じた弊害は生じる。また、退職慰労金も職務執行の対価の後払い的性格を有する。そこで、退職慰労金も「報酬等」にあたり、取締役会に一任することはできないと解する。
イ したがって、取締役Aの退職慰労金も「報酬等」にあたるため、これを定めるには株主総会決議を要することとなる。
(2) もっとも、退職慰労金支給規定によって支給すべきことが株主総会決議で決定されているため、かかる場合であっても取締役会への委任は361条1項に反するか。
ア この点、具体的な金額、支払い方法、支払時期を定めた基準がにつき株主が了知できることを前提に、同基準に従うべきとの趣旨で取締役会に決定をゆだねる総会決議がなされた場合には、株主の自主的判断の基礎をなす情報に基づき退職慰労金の支給に関する一切の枠が決定されたといえるから、上記趣旨に反しない。
 そこで、かかる場合には、退職慰労金の支給決定につき取締役会に委ねることも許されると解する。
イ 本件でも、株主が退職慰労金支給規定の内容を株主が了知し得る場合であれば、これに基づき退職慰労金の金額等の決定を取締役会に一任することも許される。
(3) よって、かかる場合であれば、本件決議は361条1項に反しない。
2 監査役Bの退職慰労金について
 監査役の報酬等は株主総会決議により決定しなければならない(387条1項)ところ、退職慰労金は前述のとおり「報酬等」に含まれる。それにもかかわらず、取締役会にその決定を一任することは、387条1項に反するのではないか。
(1) そもそも、387条1項の趣旨は、取締役が監査役の報酬を決定できるとなると監査役の独立性が害されることになるため、株主総会決議でこれを決定させることにより監査役の独立性を確保する点にある。そして、たとえ退職慰労金支給規定によることとなる場合であっても、当該規定の中に一定に裁量が認められる基準が存在することが多いことからすれば、取締役会が監査役の報酬を決定できることとするとその独立性が害される。
 そこで、監査役の退職慰労金について取締役会に決定を一任することは許されないと解する。
(2) したがって、取締役会に監査役Bの報酬の決定を一任する旨の本件決議は387条1項に反し違法となる。
第2 設問2
 Cについて、月額報酬70万円として取締役に選任する株主総会決議が存在する。それにもかかわらず、その報酬を月額7万円に事後的に変更することは許されないのではないか。
1 そもそも、取締役の報酬は、株主総会決議を経てその額が確定された時点で具体的に発生する権利である。そのため、その決議により額が確定された段階で、当該額に係る請求権が会社と取締役との間の委任契約の内容となる。それにもかかわらず、これを決議により一方的に減額することは、当該取締役の同意がない限り、契約の拘束力に反し許されないと解する。そして、その減額には慣行があり、当該慣行を当該取締役が了知した上で取締役に就任している場合は、黙示の同意があると解する。
2 本件では、Cの同意がある場合には、かかる決議も許されるといえる。また、Cの明示の同意がなくても、Cについて専務取締役から非常勤取締役への役職変更が生じていることから、乙社において役職に応じて取締役報酬額が変更される慣行が存在し、かつ、そのことを了知して取締役になった場合であれば、減額についてCの黙示の同意があるということができる。
3 そのため、これらの場合には、Cの報酬を事後的に変更する本件決議も有効となる。
第3 設問3
 ストックオプションは、いわゆるインセンティブ報酬の趣旨で会社から新株予約権を付与するものであるから、「報酬等」にあたる。
1 そして、ストックオプションの付与は、いったん新株予約権の公正な評価額に相当する金銭を取締役に付与して、同額を払い込ませるのに等しいから、「額が確定しているもの」(同1号)にあたる。そして、総額を定めるのみで個々の取締役に付与される具体的額について決定はなされていないものの、総額が定められていればお手盛りによる弊害を防止できるから、この点は問題ないと考えられる。
2 もっとも、ストックオプションは金銭以外のものであるから、「金銭でないもの」(同3号)にあたり、その具体的な内容について株主総会決議で定める必要がある。そして、目的株式の総数が決定されているにすぎず、新株予約権の発行時期や方法の決定等の具体的内容について取締役に一任しているが、前述の総額や目的株式の総数が株主総会で決定されていれば、お手盛りによる会社財産逸出の危険や既存株主の持株比率減少の不利益について株主の意思が反映されているといえるから、この点についても361条1項の趣旨に反するものではない。
 そのため、361条1項に反するとはいえない。
3 ただし、新株予約権付与の手続きは履行する必要があり、仮に丙社が非公開会社である場合には、新株予約権の付与には特別決議を要する(238条2項、309条2項6号)し、その決定を取締役に委任する場合には同様に特別決議を要する(239条1項・309条2項6号)。それにもかかわらず、丙社では普通決議がなされているにすぎないため、同要件を充足しない。そのため、丙社が非公開会社である場合には、新株予約権の発行手続規制に反し違法となる。
以上

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