民法 問題20

 Aは、自己所有の甲建物の登記名義を税金対策のために、友人Bの名義に移しておいた。しかし、Bは海外旅行中、嵐に遭って乗船していた船が難破し消息を絶った。1年後失踪宣告がなされ、子CがBを単独相続し、Bが所有していた乙土地を取得した。さらにCは、B名義になっていた甲建物をも相続により自分が取得したものと思い、相続を原因とする所有権移転登記により甲建物の登記を自己名義に改めた。Aはこれを知りながら放置していた。その後、CはBの生存を知ったが、甲建物と乙土地をDに売却・移転登記し、代金をことごとく遊興費に使い果たしてしまった。一方、DはBの生存につき善意であったが、甲建物がC名義になっていることについては怪しいと思いつつもとくにCに問い合わせることもなくこれらの物件を購入したものであた。そして、Dは乙土地を、やはりBの生存につき善意のEに売却し、EはさらにBの生存につき悪意のFに売却し、いずれについても登記を了した。その後、Bが帰国して失踪宣告が取り消された。

(1) Aは、Dに対して甲建物の返還請求をなし得るか。
(2) Bは、Fに対して乙土地の返還請求をなし得るか。また、BはCに対していかなる主張をなし得るか。


第1 設問(1)
 Aは、Dに対し、所有権(206条)に基づき甲建物の明渡請求をすると考えられる。
1 かかる請求が認められるためには、Aが甲建物を所有しており、Dがこれを占有している必要がある。
(1) Dは、Cから甲建物の引渡しを受けていると考えられるから、これを占有しているといえる。
(2) もっとも、甲建物のB名義の登記はAが税金対策のためにしたものであり、Bは甲建物について無権利者であるから、これを相続したCも無権利者である。そして、無権利者Cから譲り受けたDも無権利者であるものの、登記という「虚偽の」外観を信頼して甲建物を譲り受けている。しかし、Aは、Bに無断でB名義の登記をしたにすぎず、B名義の登記作出につきAB間に通じてした意思表示がないため、94条2項の適用によってもDは保護されない。したがって、Dは甲建物を所有せず、Aの上記請求が認められるのが原則である。
 しかし、かかる虚偽の外観を信頼して取引したDが一切保護されないのは取引の安全が著しく害されてしまう。そこで、94条2項を類推適用してDの保護を図ることができないか。
ア そもそも94条2項の趣旨は、虚偽の外観を作出した真の権利者に帰責性がある場合に、かかる外観を信頼した第三者を保護する点にある。そして、通じた意思表示がなくとも、①虚偽の外観の存在、②真の権利者の帰責性、③第三者の信頼がある場合には上記趣旨が妥当するため、同条項を類推適用できると解する。
イ 本件では、甲建物はAが所有するにもかかわらず、C名義の登記があり、虚偽の外観が存在する(①充足)。
 もっとも、Aが作出した虚偽の登記はB名義であるものの、Bが死亡したことにより甲建物を相続したと誤信したCによりC名義に移転登記がなされたものであるから、これはAが作出したものと同視できる。したがって、真の権利者Aに帰責性が認められる(②充足)。また、Dは甲建物がC名義になっていることに対して「怪しいと思」っていることから過失があるといえるものの、真の権利者の帰責性の大きさから主観的要件は善意で足りるため、第三者の信頼があるといえる(③充足)。
ウ よって、94条2項類推適用によりDは保護されるから、Dは甲建物所有権をAに対抗することができる。
2 以上により、AのDに対する上記請求は認められない。
第2 設問(2)前段
 Bは、Fに対し、所有権に基づき乙土地の返還を請求するものと思われる。
1 かかる請求が認められるためには、Bが乙土地を所有しており、Fがこれを占有している必要がある。
(1) Fは、Dから乙土地の引渡しを受けていると考えられるから、これを占有しているといえる。
(2) そして、Bの失踪宣告の取り消し(32条1項前段)により、BC間の相続は遡及的に相続の効力が失われる結果、CD間の売買(555条)も遡及的に他人物売買となることからDの再転得者Fも所有権を取得できず、原則Bの上記請求は認められる。
 もっとも、CD間の売買は失踪宣告前になされたものであることから、32条1項後段によりDが保護される結果、Fも乙土地所有権を取得できないか。同条項の「善意」が当事者双方に要求されるのかが問題となる。
ア この点、判例は「善意」は当事者双方に必要としている。しかし、同条項後段の趣旨は、取引の安全を図る点にある。だとしたら、「善意」は取引の相手方にあれば足りると解する。
イ 本問では、DはBの生存につき善意であるから、同条項後段によりCD間の売買は有効となる。
ウ そして、Fは、Dから乙土地を承継取得したEと売買契約により乙土地所有権を取得したといえる。
エ なお、FはBの生存につき悪意であるものの、法律関係の早期確定の観点から、いったん善意者を介在すればその後の悪意者でも善意者の地位を承継できると解する。
2 したがって、Fが乙土地の所有権を取得しているため、BのFに対する上記請求は認められない。
第3 設問(2)後段
 Bは、Cに対して、乙土地の売買代金を不当利得(703条・704条)として返還請求することが考えられる。
1 Bは、乙土地の価値相当額の「損失」を受けたといえる。
2 また、失踪宣告の取り消しにより、BC間の相続が遡及的に効力を失う結果、乙土地売買代金をCが受け取ることは「法律上の原因」を欠くものといえる。
3 もっとも、32条2項ただし書により、「現に利益を受けている限度」のみを返還すればいいのではないか。同条項ただし書が同条1項後段と異なり、主観的要件を要求していないことから問題となる。
 この点、悪意者についてまで利益の返還を現存利益にして保護する必要はない。また、利益を受けた者の返還義務の法的性質は不当利得であることから、受けた利益すべてに利息を付して返還することを要すると解する。
4 したがって、Cは、乙土地の売買代金すべてに利息を付して返還する必要があるため、Bの上記請求は認められる。
以上


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