民法 問題4

 現在90歳のAは,80歳を超えた辺りから病が急に進行して,判断能力が衰え始め,2年前からしばしば事理弁識能力を欠く状態になった。絵画の好きなAは,事理弁識能力を欠いている時に,画商Bの言うままに,Bの所有する甲絵画を500万円で売買する契約をBと締結し,直ちに履行がされた。

 この事案について,以下の問いに答えよ。なお,小問1と小問2は,独立した問いである。

1(1) Aは,甲絵画をBに戻して500万円の返還を請求することができるか。また,Bに甲絵画を800万円で購入したいという顧客が現れた場合に,Bの方からAに対して甲絵画の返還を請求することはできるか。

 (2) AがBに500万円の返還を請求する前に,Aの責めに帰することができない事由によって甲絵画が滅失していた場合に,AのBに対するこの返還請求は認められるか。Bから予想される反論を考慮しつつ論ぜよ。

2 AB間の売買契約が履行された後,Aを被後見人とし,Cを後見人とする後見開始の審判がされた。AB間の甲絵画の売買契約に関するCによる取消し,無効の主張,追認の可否について論ぜよ。

※平成22年 旧司法試験 第1問より


1 問1(1)前段
 Aは、売買契約(555条)の拘束力により、甲絵画をBに戻して500万円の返還をなし得ないのが原則である。
 もっとも、Aは契約締結時に事理弁識能力を欠いていた。これは「意思能力を有しなかったとき」の「法律行為」にあたり、意思無能力無効(3条の2)を主張して、当該売買契約の無効を主張することができる。
 したがって、Aは、甲絵画をBに戻して500万円の返還を請求することができる(703条)。
2 問1(1)後段
 では、上記意思無能力無効を、相手方であるBの方から主張することができるか。
 この点、本来無効は誰からも主張可能である。そうすると、Bからの主張も認められるとも思える。しかし、3条の2の趣旨は、意思無能力者の保護にある。だとすると、無効主張は意思無能力者側から認めれば足りる。したがって、3条の2は相対的無効と解する。
 よって、Bの方から意思能力無効を主張することはできず、Aに対して甲絵画の返還を請求することはできない。
3 問1(2)
 Aが意思無能力無効を主張し、Bに500万円の返還を請求(703条)しても、Bは、Aの甲絵画返還債務との同時履行の抗弁権(533条類推適用)を主張して、これをを拒むことが考えられる。
 もっとも甲絵画は滅失しているため、Aの甲絵画返還債務は消滅している。この点をいかに考えるべきかが問題となる。
(1) 売買契約の無効主張後の双方の不当利得関係は、売買契約の裏返しであることから、危険負担の規定(536条)を類推適用すべきであると考える。
 そうすると、甲絵画は債務者Aの「責に帰することができない事由」によって甲絵画の返還債務を履行できなくなっているため、債権者Bは反対給付である500万円の返還債務を負わないとも思える。
 しかし、このように解すると意思無能力者の保護に欠け妥当でない。
 この点、制限行為能力者による取消しの場合は、制限行為能力者の返還債務を現に受けている限度に限定し、制限行為能力者の保護が図られている(121条ただし書)。そして、意思能力無効も制限行為能力者による取消しに場合と類似するため、意思無能力者も同様の保護をすべきである。
 そこで、意思無能力無効の場合でも121条ただし書を類推適用し、相手方の債務は消滅しないと解する。
(2) したがって、AB双方の債務は同時履行の関係に立たず、AのBに対する500万円の返還請求のみが認められる。
4 問2
(1) Cは、Aの成年後見人に就任(8条)している。後見人は被後見人のした法律行為を取り消すことができる(9条本文)ところ、就任前の法律行為である本問売買契約を取り消すことができるかが問題となる。
 この点、9条の趣旨は、後見開始の審判が開始したという画一的な基準を要件として成年後見人による取り消しを認め、もって取引の安全と成年被後見人の保護との調和を図ったものである。だとすると、審判の前という画一的な基準を満たしていない審判以前の法律行為まで取り消しを認めると著しく取引の安全を害する。したがって、審判以前の法律行為の取り消しは認められない。
 よって、Cによる取り消しは認められない。
(2) では、前述の意思無能力無効をCは主張できるか。
 この点、成年後見人は「財産に関する法律行為」に関して包括的代理権(859条1項)を有するところ、意思無能力無効を主張することは財産に関する法律行為にあたる。
 したがって、Cは、意思無能力無効を主張することができる。
(3) さらに、追認することはできるか。
 そもそも、無効な行為は追認することができない(119条本文)。
 もっとも、意思無能力無効を認めた趣旨は意思無能力者保護にあり、前述のとおり取消しに類似する。また、相手方も契約の有効を前提としているはずであり、追認を認めても相手方に不測の損害を与えない。
 そこで、122条を類推適用して意思無能力無効の行為に対しても追認が認められると解する。
 したがって、包括的代理権を有するCによる追認は認められる。
以上


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