ソラを見上げて #15 結構良いコンビ?
―仙台駅構内・野球狂の詩―
マ:よし、今日も頼むぞ○○!
〇:はい。マスターこそ野球ばっかり見てると、奥さんに怒られますよ?
マ:だっはっは! いやーつい見ちまうんだよなぁ。
ソ:わかる、わかるわマスター! 分かってても見ちゃうのよ……それが野球なのよ!
〇:(小声)じゃ、今日も頼むね。ソラ
ソ:がってんでい!
〇:(小声)耳元で大声出さないでよ?
ソ&マ:じゃあ、今日もプレイボール!
〇:聞いてねぇ……
○○が野球狂の詩でバイトを始めて二週間。マスター夫妻ともすぐに打ち解け、仕事も順調にこなしていた。で、ソラが何故ここにいるかと言うと……
(数日前……)
―○○の部屋・夜―
ソ:ハイ! 提案があります!
〇:提案?
ソ:先日決まったスポーツバーのバイト。私も同席したく存じます!
〇:ありがとうソラ。気持ちは嬉しいけど、僕も人見知りを直そうと腹を括ったから何とか一人でやってみせるよ。ソラに頼ってばかりいられないしさ
ソ:違います! 野球を見たいという純粋な気持ちで発言してます!
〇:欲望に遠慮も無ければ、僕への配慮の欠片も無いね。
ソ:だって、だって! ○○だけ野球見られるのズルイじゃん! チケット無いのにプレイボールからゲームセットまで見れてまかない付きのフルコンボだドン♪ じゃん!
〇:僕はバイト! 仕事中に野球なんか見てたらマスターの奥さんに怒られちゃうよ
ソ:見―たーい! おうちでネットサーフィンするの飽きたんだもーん
〇:付いて来るだけなら別にいいけど……大声とか出さないでよ?
ソ:それに○○のお手伝いも出来るし、一石二鳥よん♪
〇:お手伝いねぇ……わかった。だけど、盛り上がって大きな声で応援したりしないでよ?
ソ:やったぁ! じゃあ早速ユニフォームとメガホンと用意して……うふふ、楽しみ~♪
〇:大声の部分だけ聞こえないフリしてるな、ソラ
再び現在…
―仙台駅構内・野球狂の詩(開店後)―
マ:よっしゃ、衣笠とゴジラ出来たぞ! 6番テーブル!
〇:はい!
(出来上がった料理を受け取り、丁寧に運んでいく○○)
〇:お待たせいたしました。衣笠定食とゴジラ焼きです。
『ありがとう。うわぁ、辛そう』
ソ:○○! 4番テーブルのお客様が食べ終わってる。テーブル片づけて!
〇:(小声)OK、ソラ。
(布巾とアルコールスプレーを持って4番テーブルへ向かう○○)
ソ:○○、3番テーブルのお客様がメニュー見て悩んでる。説明してあげて!
〇:(小声)了解。
(4番テーブルを綺麗にした○○は食器を片付けると、その足で3番テーブルへ向かう)
〇:ご注文はお決まりですか?
『この衣笠定食っていうのは、なんだい?』
〇:鯉の煮つけが付いた定食です。
『このアメイジングフライっていうのは?』
〇:鳥の唐揚げ、イカで作ったメンチカツの盛り合わせです。
『じゃあそれを』
〇:かしこまりました。マスター! 衣笠とアメイジング入りましたぁ!
マ:あいよ!
マ妻:しかしまぁ、よく働くねぇあの子。
マ:6-4-3の華麗なトリプルプレーをやって戻ってくるとは……新人賞間違いなしだな。
マ妻:良いドラフトだったわね?
マ:はは、そうだな
『わしほー!』
ソ:わしほー!!
〇:声デカ……
(閉店後……)
マ:今日も完璧なフィールディングだったぞ○○!
〇:フィールディング? えーっと……
ソ:守備がうまいって事よ。
〇:ありがとうございます。
マ妻:これ、明日の朝ごはん。沢山食べて、お洋服の勉強頑張りなさいね。
〇:いつもすみません。朝ごはんまで作っていただいて。
マ妻:いいのよ。○○君みたいに夢に向かって頑張る子を見ていると応援したくなるのよ
〇:前にも僕みたいな学生バイトがいたんですか?
マ:バイト……じゃないんだけど、二年半前くらいかな? 偶然知り合った子がそういう境遇でな、今も応援してるんだ
〇:そうなんですか。お二人は優しいですね、ここで働けてよかったです。
マ妻:こちらこそだよ。ねぇ、アンタ?
マ:あぁ。○○に会わせてくれた神様に感謝しないとな。
〇&ソ:神様?
マ:そうだ。ほらあそこの神棚。
〇:いつもマスターが手を叩いているのって神棚だったんですね。頭の上で手を叩くから何かのおまじないかと思ってました
マ妻:変だと思うでしょ? でも、コレをしないと嫌なんだって
マ:あぁ、こうやって開店前と閉店後に感謝を伝えるんだ。
(マスターが頭の上で手をパンパンと叩いて見せる)
〇:じゃあ、僕も……
(マスターの真似をして○○も手を叩く)
ソ:なんだろ……なんか、ほかほかする。応援に熱が入りすぎたのかな?
〇:マスター。そういえば、一つだけ手書きのメニュー表があるじゃないですか。あれっていつ出すんですか?
マ:あれか。あれはな、特別なお客様が来た時に出すメニュー表だ。
マ妻:ほら、さっき言ってた子よ。
〇:あぁ、応援してるって言ってた……
マ:たまに来てくれるんだ。
〇:そうなんですね。……しらす丼、サンマーメン? 焼きシュウマイ、じゃがバターの塩辛添え、小田原かまぼこの刺身、湘南ゴールドジュース……小田原とか湘南って事は神奈川出身の人なんですか?
マ:あぁ。会ったらビックリするぞ?
〇:そっか。きっと素敵な人なんだろうなぁ。
マ妻:ほら、もう遅いから帰りなさい。
〇:はい。お疲れさまでした。
マ:あぁ、また頼むな!
―仙台駅前・ペデストリアンデッキ―
ソ:今日もお疲れさま。
〇:疲れたぁ~
ソ:大活躍だったね、○○
〇:ソラのサポートがあったからだよ。
ソ:何言ってんの、私は状況を伝えただけ。動いたのは○○でしょ?
〇:ソラがそうやって伝えてくれるお陰で次の事を考えたり、テーブルの状況を確認する癖が付いてきたよ。ありがとね。
ソ:私達ってさ、結構良いバッテリーだと思わない?
〇:バッテリー? スマホの電池の事?
ソ:ピッチャーとキャッチャーの関係の事をバッテリーって言うのよ。
〇:なるほどね。バッテリーか……
(スマホを取り出す○○)
ソ:あー、次のシフトが待ち遠しい!
〇:あの……ソラ。
ソ:ん? どうしたの?
〇:バッテリーって検索してみたんだけどさ……
ソ:私が言った通りでしょ?
〇:いや、その……日本語で表すと夫婦って書いてたんだけど。
ソ:ふ! ふふふ、夫婦? あれ、おかしいな? 私達まだ……いやいやそうじゃなくて、あれ? 何の話だっけ?
〇:ま、まぁ野球用語だもんね? そうだよね、そういう事にしよう!
ソ:そそ、そうね。いやー何でも野球に例えるのも考えものよねー。あははは
僕の隣で笑っている女の子は、何か理由があって地縛霊になったらしい。
こうやって話したり、同じ部屋で過ごしているうちに常識と非常識の境界線なんてとっくに曖昧になってしまって……だからなのかな。幽霊だってことを忘れてしまう時がある。
普通に会話が出来るから?
それか、僕の願望なのかもしれない。
気づかない内に芽生えた感情。それは、決して叶わない。
そう願うほど、思いが大きくなるほど自分が傷つくことになるのに。
ソ:ねぇ、コンビニでアイス買って帰ろ?
そう僕に笑いかける女の子の名前は、ソラ。
ソラの笑顔は、僕にとってかけがえのないものになっていた。
目が覚めたら、この街が見渡せるあのベランダに立っていた。
きっとここで生まれ育ったんだと思う。
でも、私はそれだけじゃ説明できない存在みたい。やり残したことがあるのか、それとも誰かに恨みがあったのか。そんな訳ないか。
もう二年半経ったけど、今でもそれは分からないまま。
まぁどうせ死んじゃってるし、焦りとかは無いけれど……
あの時の○○の顔。ふふ、思い出したら笑っちゃう。
幽霊だよって言って、言い返してきたのは君が初めて。
どうして私を受け入れてくれたの?
あの時言ったように、私が嘘をついているかもしれないのに……
ねぇ。○○は私のこと、どう思ってるの?
そんなこと思うだけ無駄なのは分かってる。
どうせ叶わないなら、こんな感情持たない存在だったら良かったのに。
〇:ハーゲンダッツ以外にしてね? どうせ五分で食べられないんだから
そう言って私をからかうアナタが、ここにいる理由を見つけてくれるかもしれない。だけど見つけたら……私はきっと消えてしまう。
神様、お願いです。
彼がこの部屋にいる間だけでいい。
ここにいる理由を思い出せないのなら、いっそこのままでいい。
もう少しだけ、○○のそばにいさせてください。
ーつづくー
【おまけ】