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ソラを見上げて #47 二度あることは三度ある


梅澤美波卒業コンサート当日。


(2025年10月19日)

―セキスイハイムスーパーアリーナ前・早朝―


若:いい? ゲネプロ(※)が始まるのが9時。警備の方は?
(※本番同様の最終確認として行われる通しリハーサルのこと)

アニ:集合が7時。それから持ち場と重要事項、禁止事項。それと不審者対応のマニュアル読み合わせ。遅くても8時に配置に付く予定だ。


若:OK。配置確認、メインアリーナは?

マ:俺が入る。


若:第三駐車場から荷物搬入口の警備は?

アニ:俺だ。

若:1階南側の階段は?

う:私が。


若:で、最後の2階南側チケットブースが……

バ:私です。若月さんが到着したら扉を開けます。


若:わかった。

バ:北側の扉は正規の警備員がいます。だから、南からメインアリーナを経由して北に抜ける事は出来ない。やることやったらもう一度南側のチケットブースまで戻って、来た道を辿って荷物搬入口から出るしかありません。

若:最後まで気が抜けないって事か。


アニ:最終確認だ。まず若月が北側の荷物搬入口からアリーナに入る。入ったのを確認したら、俺がマスターに無線で合図する。

マ:よし。

アニ:続いてマスターはステージ裏に潜入。予備のマイクとイヤモニを偽物とすり替えたら離脱して1階南側階段へ向かう。

マ:了解。

アニ:若月は搬入口から北と南を繋ぐ連絡通路を通って1階南側階段に向かう。通路は全長120m。長いだけじゃない、ここは巡回警備だ。極力足音を立てるな。ここで見つかったら逃げ場は無い。


若:うん。

アニ:マスターは南側階段に着いたら、うっちーに荷物を渡して持ち場に戻る。うっちーは若月が到着するまで待機。

う:了解です。

アニ:若月は階段に到着したら、うっちーから荷物を受け取る。そのまま階段を登って2階南側チケットブースに向かう。

若:うん。

アニ:チケットブースに到着したらバンビの誘導でアリーナに入る。

若:OK。

アニ:で、仕込みが終わったらチケットブースまで戻って会場から出る。俺達は何事も無かったように警備を続ける。いいな?

マ:やべぇ、緊張してきたぁぁあ!

アニ:デケェ声出すなよ。目立つだろ。

う:でも、この感じ……なんだか昔を思い出しますね。

バ:何年たってもやってること変わんねーな。俺達。

アニ:いいじゃねーか。俺達らしいだろ?

マ:よっしゃ! 景気付けにアレやろうぜ!

バ:アレ?

マ:アレアレ!

(そう言うとマスターはうっちーとアニの間に入り、肩を組む)


アニ:え、やんの?

う:さっき大声出すなって注意されたばかりですが……

マ:いいんだよ。大事な試合の前は円陣って決まってんだよ。

バ:なぁ、俺達もう40過ぎだぜ? 円陣なんていまどき少年野球だってしてねぇって。

若:いいんじゃない?


アニ:え?

若:乃木坂もね、ライブの前とか気合入れる時に円陣するの。『努力感謝笑顔。うちらは乃木坂、上り坂。46!』ってね。

(若月もマスタと肩を組み、円陣の中に入る)


マ:見たことある!

アニ:マジかよ……じゃあ俺達だったら、『野球・ビール・泥棒! 俺達木更津キャッツアイ。69!』って感じ?

若:真似すんな! 乃木坂の伝統が汚れる!

アニ:若月が乗っかってきたんだろうが!

若:うるさい! つーか呼び捨てすんな!

マ:やっぱここはオリジナルだろ。

う:ですね。

アニ:……だな。おい、早く来いよ小鹿野郎

バ:ったく、しょうがねぇな。

マ:その割に嬉しそうな顔してんじゃねーか。

バ:へへ。

(輪に入るバンビ)


アニ:マスター、号令頼む。

マ:よし。

マ:すぅぅ……いくぞぉぉぉ!!!

木更津ー!

キャッツ! にゃー!
キャッツ! にゃー!
キャッツ! にゃー!

ぁぁぁぁあああ! 大体20年振りだぁぁぁぁ!!!



―アリーナ・業者用荷物搬入口―

(時刻は午前8時20分…)

若:……

アニ:……

(アイコンタクトを済ませ、アリーナに潜入する若月)


アニ:若月がアリーナに入った。ミッションスタートだ。

マ:(無線)了解。ステージ裏に向かう。



(3分後…)

―アリーナ・ステージ裏―

マ:こちらマスター。ステージ裏に到着。アニの言った通り、スタッフの出入りは多いが、警備員はここに配置されてない。


アニ:(無線)予定通りだな。ヘタに動いて怪しまれるなよ。人通りが少なくなったタイミングで動くんだ。

若:(無線)マスター聞こえる? 偽物とすり替えるのはメンバーのじゃなくて生田って書いてある方だからね?


マ:OK、軍団長。

『じゃあゲネプロ終わったら美空と松尾に影ナレの原稿渡しておきますね』

(目の前にいたスタッフがステージ裏からいなくなる)

マ:よし……


『🎧2階アリーナ席で人影を見たと報告。確認に向かってください』


マ:え?


『🎧繰り返します。アリーナ席に人影が見えたと報告……』


う:(無線)どういう事ですか?

アニ:(無線)おい若月、今どこだ? まさか見つかったのか?


若:(無線)馬鹿言わないで。まだ連絡通路よ。

バ:(無線)落ち着けって、俺が見てくる。

(そう言うと、バンビは管轄のアリーナ席を一回りして戻ってくる)


バ:本部、こちらアリーナ南側チケットブース。2階アリーナ席を確認しましたが、人の姿は見当たりませんでした。痕跡も確認できません。見間違いの可能性あり、どうぞ。


『🎧了解しました。ですが、引き続き警戒を怠らないで下さい』


バ:(無線)俺ら以外にアリーナ席に用事がある奴なんていないよな?

アニ:(無線)そんな物好きいねーっての。俺達も気を取り直していくぞ、マスター。

マ:あいよ。いま交換したところだ。これから南側の階段に向かう。

う:(無線)了解。



―アリーナ・1階南側階段―


『🎧各自、定期報告を』


う:アリーナ1階南側階段、異常無し。


『🎧了解』


マ:こちらメインアリーナ。異常無し。


『🎧了解。2階アリーナ席の件、引き続き……』


マ:なーんてな。へへ。

う:来ましたね。

マ:おう。

(マスターはうっちーにイヤモニとマイクが入った箱を渡す)


う:お疲れ様です。

マ:いや、まだ大事な仕事が残ってる。

う:まだありましたっけ?

マ:梅ちゃんの雄姿を見届けないと。

う:……そうか。だからメインアリーナの警備を希望したんですね。

マ:あぁ。じゃ、後は頼んだぜ。

う:了解です。



(数分後…)

―アリーナ・1階南側階段―

若:こちら若月。1階南側階段に到着。


アニ:(無線)随分かかったな。

若:無茶言わないで。これでも急いで来たんだから。

う:では、これを。

若:うん。ありがと。

(荷物を受け取る若月)


若:じゃ。

う:ご健闘をお祈りします。

若:健闘じゃ駄目よ。

う:え?

若:絶対成功させなきゃ。

う:はは。さすが軍団長ですね。よかったら自衛隊来ませんか? 歓迎しますよ。

若:遠慮しとくわ。

う:向いてると思うんですけどね……

(階段を登っていく若月を見送るうっちー)



―アリーナ・2階南側チケットブース―

若:ふぅ。

バ:……

(アイコンタクトを交わし、扉の鍵を静かに開けるバンビ)


若:……

バ:見晴らしが良いので、席の後ろに隠れながら進んでください。

若:OK

【ギイィィ……🚪】

(若月の目の前に広がっているメインアリーナ)


若:さすがアリーナ。広いなぁ……

アニ:(無線)見つかるなよ。

若:簡単に言ってくれるわね。

アニ:(無線)それと、さっき言ってた人影の事も気になる。用心しろ。

若:かしこまり。



(数分後…)

若:目的地に到着。

アニ:(無線)了解。さっさと終わらせろ。

若:はいはいっと……

(予備のイヤモニとマイク、それと生田から送られてきたトートバッグを取り出す)


若:TR、G……E? ま、いいか。これに入れて……と。よし。

若:ミッション終了。離脱します。

アニ:(無線)了解。外に出るまで気を抜くな。

若:OK。



―アリーナ・1階連絡通路―

若:え……どういう事?

若:アニ。

アニ:(無線)どうした?

若:警備の配置変更とかあった?

アニ:(無線)無い。どうしてそんな事を聞くんだ?

若:連絡通路に警備員がいない。


アニ:(無線)いない? 人がそんな簡単に消える訳ねーだろ。

若:そんなの分かってる。でもいないの。

アニ:(無線)ちっ、理由は分からねーが用心しろ。ここで見つかったら全部パーだ。

若:わかった。

(連絡通路を進み始める若月)



(数分後…)

若:こちら若月。第6会議室を通過。

アニ:(無線)良いペースだ。あと半分だ。

若:速度を維持しつつ、搬入口に向かいます。

アニ:(無線)あぁ。

う:(無線)順調ですね。じゃ、私はちょっとトイレに。


アニ:(無線)緊張感ねーなぁ。

若:まぁまぁ、警備員だってトイレくらい行くでしょ。

う:(無線)では、一旦無線を切りますね。

【ピッ……📵】

アニ:(無線)……トイレ。

若:なに? アニもトイレに行きたいの?

アニ:(無線)トイレ。まさか……

(ポケットからアリーナの見取り図を取り出すアニ)


アニ:(無線)若月戻れ!

若:え? 声が大きくて聞き取れないんだけど? なんて?

【ジャー……🚽】

『ふぅ、スッキリした』

若:え?

『は?』

(警備員と鉢合わせになる若月)


『えっと……どこから入ったのかな?』

若:あーえぇっと……道に迷っちゃって。

『へぇ。じゃあ俺と一緒に来てもらおうか』

アニ:(無線)逃げろ若月!


若:くっ

『おい待て!』

(若月は来た道を戻るように南側階段へ全力で走り出す)


『不審者発見。革ジャンを着た男性が南側階段方面へ逃走中、追いかけます』

マ:(無線)おい何があった?

アニ:(無線)若月が見つかった。

バ:(無線)でも男性って言ってなかったか?

若:悪かったわね、男に見えて! ……きゃあ!

【ガッシャーン!!】

(若月は角を曲がる際に足を滑らせて転倒。備品棚に激突してしまう)


若:ぐ……く、いったた。

『不審者転倒。負傷した模様。これより確保する』

アニ:(無線)くそ……うっちー! まだクソしてんのか!

『さて、逃げたからには話を聞かせてもらうぞ』

若:ごめん、みんな……

?:バックホーム!

『あ? ごぁっ!』

(警備員が突然倒れ、気絶している)


?:すとらーいく。

若:だ……誰?

?:立てるか?

若:え? あ、はい。

(肩を貸し若月を立たせる男)


?:全速力で走ったまま直角に曲がれるわけねーだろ。角に差し掛かる前に速度を落とさねーと。

若:は、はぁ。

?:歩けるか?

若:なんとか。いてて。

?:つーかさ、泥棒するんだったらもっと動きやすい格好にしろよ。革ジャンにジーパン、サングラスなんて視界が悪くなるだけだろ。松田優作かよ。

若:……すいません。

?:ま、俺も最初はそんな感じだったけどな。

若:はぁ。

?:よし、行くぞ。

若:行くって?

?:搬入口、ここから出るんだろ?

(そう言うと男は若月の腕を自分の肩に回し、搬入口に向かって歩き始めた)


若:ありがとうございます。助かりました。

?:ったく、俺抜きで面白そうな事しやがって……

若:アナタも……キャッツアイ、なの?

?:あぁ。俺がリーダーだからな。

若:え、あの時お店にいました?

?:いたよ。楽天の選手に頼もうとした話も聞いてた。

若:すみません。全然気づきませんでした……

?:あぁ。普通は見えねーからな。

若:はい?



―アリーナ・業者用荷物搬入口―

若:ぃてて……ふぅ、やっと着いた。

アニ:若月!

(足を引き摺りながら搬入口に現れる若月)


若:いやー危なかった。ギリギリセーフってやつ?

アニ:いや、警備員に見つかった時点でアウトだろ。つーか、その足でよく逃げてこれたな。

若:それはこの人が……って、あれ? いない。

(いくら見回しても若月を助けた男の姿はなかった)


アニ:あ? 何言ってんだ?

若:いやいや、さっきまでいたんだって! その人が助けてくれて、肩を貸してくれたからここまで来れたんだもの。

アニ:転んだショックで夢でも見てたんじゃねぇか?

若:そんな訳ないって。その人もキャッツアイだって言ってたし。

アニ:あぁ!?

マ:(無線)若月さん、その人って何か言ってました?

若:えーっと……あ、『俺がリーダーだからな』って

アニ:……

マ:(無線)へへ。そっか

アニ:んだよ、来てんなら顔見せろっつーの。

マ:(無線)目立ちたがりの人見知りだからな、ぶっさんは。……ぐす。

若:え、マスター泣いてる?

アニ:ったく、誰がリーダーだよ。渡辺正行かっつーの……馬鹿野郎が。

(悪態をつきながらも、嬉しそうな表情のアニ)


若:え、どういう事? さっぱりわかんないんだけど。

アニ:気にすんな、とにかくミッション終了だ。さっさとここから離れろ。ここにいると怪しまれんぞ?

若:わ、わかった。


その後、若月は真夏と玲香、そして中田と合流。
痛めた足を治療するため、病院へ向かった。




(一方、若月を取り逃した警備員は…)

―アリーナ・1階南側階段―

【ジャー……🚽】

う:ふぅ。さ、お仕事お仕事……って、あれ?

(トイレから戻ったうっちーの目の前には散乱した備品。そして警備員が倒れていた)


う:え、死んでる?

『うぅ』

う:お、生きてる。もしもーし、大丈夫ですかー?

『うぅ……アイツはどこ行った?』

う:アイツ? あなたしか倒れてませんでしたけど?

『アイツを捕まえようとしたら、後ろから殴られて……』

う:僕にそう言われても。

バ:あーあーあ、こりゃ大変だ。備品が滅茶苦茶だ。

『い、いや俺がやったわけじゃ……』

う:……

(アイコンタクトするバンビとうっちー)


バ:……とはいえ、あなたの管轄で起きた事ですよね。どうするんです? 不審者を取り逃がした上にアリーナの備品まで破損させたなんて報告したら……アルバイト代どころか、損害賠償になりません?

『……』

う:報告、しますか?

『……ど、どうしよう』

バ:じゃ、このことは内密に。本部にはアリーナの清掃業者でした、とか言っておけばいいんですよ。

『信じてもらえるかな?』

バ:大丈夫。僕も口添えしてあげますから。

『助かるよ。バイト代で和ちゃんの生写真買いたいからさ』

バ:はは。和ちゃん推しでしたか。

『あぁ。そういうアンタは?』

バ:私は髙山さん一筋です。


う:僕は松尾ちゃんです。


―つづく―



【おまけ】

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