ソラを見上げて #57 背中合わせ
久保が入院してから一週間後、2022年10月25日。
―都内某所 病院・久保の病室―
美:着替え、ここに置いとくから。
久:助かるぅ。
美:あとこれ。家にあったタブレットと、楽天のスコアブック。
久:スコアブック? 誰が作ったの?
美:えーっと……みんご、柚菜でしょ。あと紗耶と……葉月。あ、あと梅も。
久:うめ? なんで梅が?
美:さぁ? 『久保のピンチヒッターは私がやる!』とか言って燃えてたよ。
久:なんだそりゃ。あはは。
美:選手名鑑だっけ? いつも鞄に入れて、暇さえあれば読んでるわよ。
久:ほっほー。関心関心。いい心がけね。
(嬉しそうに腕を組む久保)
美:検査結果、まだ出ないの?
久:うん。もう少しかかるって。
美:何事もなければいいけど……
久:心配し過ぎだって。貧血がちょっと長引いただけでしょ。
美:そんなの、今まで一度もなかったじゃん。
久:まぁね。私も薄々気づいてはいたんだけど……
美:え?
久:……年かな?
美:アンタねぇ、人が真面目に心配してんのに——
(ガラララ……🚪)
久:ん?
和:失礼……します。
咲:お疲れさま、です。
(ドアの前に立っていたのは、緊張した面持ちの井上和と菅原咲月だった)
美:お、和ちゃんと咲月ちゃんだ。
久:あらぁ、来てくれたの?
咲:入院したばかりで、お邪魔かと思ったんですけど。
久:なに言ってるのよ。嬉しいに決まってるでしょ?
和:……よかったです。
(久保の言葉に緊張がほどけ、笑顔を見せる和)
美:そうよ。久保先輩は人見知りなんだから。後輩ちゃんに『お見舞いに来て~♡』なんて言えないんだもの。逆に感謝しなきゃ、ねぇ?
久:ねぇ? じゃないわよ。だーれーが人見知りだって? ラジオで鍛えたトーク力をもってすればそれくらい——
美:トーク力? 野球と堕落生活の話しかしてないじゃん。
久:だぁ、やかましい! ちゃっかり聴いてんなし!
和:ふふ。
咲:あははは。
和:あの、これ。5期生全員からです。
(和は水色と黄色の花で構成されたフラワーアレンジメントを久保に渡す)
久:綺麗。ねぇ、これってもしかして私のサイリウムカラー?
咲:はい。せっかくだから久保さんのカラーがいいねってみんなで話し合って。
美:嬉しいなぁ。早く治してみんなのとこに戻らなきゃ。
和:あの……入院って、長くかかるんですか?
久:ん? ううん。検査して異常が無ければ、すぐ戻れるよ。
美:……
咲:よかった。みんな待ってますので。
久:ありがと。……ゴホッ、ゴホ。
和:大丈夫ですか?
久:うん。ただの、咳だから。大丈夫……ゴホ、ゴホゴホ。
(苦しそうに咳込む久保)
咲:大変! わたし、先生呼んできます!
和:私も行く!
(病室を飛び出していく咲月と和)
美:ちょっと大丈夫?
久:うん、ありがと。はぁ……はぁ。
(呼吸が乱れた久保の背中をさする美月)
美:……貧血じゃ、ないんでしょ?
久:……
美:さっき、『早く治して』って言ってたし。
久:言ったっけ?
美:久保。もしかして——
咲:呼んできました!
(勢いよく病室に戻ってくる咲月と和)
『ゆっくり深呼吸、できますか?』
久:こほ、こほ。……はい。
『出血は?』
久:大丈夫です。
美:出血?
『久保さん。面会は同時に2人までと言いましたよね。お友達に言わなかったんですか?』
美:え?
久:すみません。来てくれたのが嬉しくて。
『それと、このお花は皆さんが持ってこられたんですか?』
和:はい。
咲:そうです。
『申し訳ありませんが、衛生上生花の持ち込みは極力ご遠慮いただいてるんです』
和:衛生上?
久:……
咲:え、今って病院にお花持って来ちゃ……駄目、なんですか?
『……』
(無言のまま久保を見る医者)
久:……
『では、今回だけ。後で花瓶に入れ替えますので一旦私がお預かりします』
和:はい、よろしくお願いします。
咲:じゃあ、私と和はこれで。
久:うん。来てくれてありがとね。
美:私も。また来るから。
久:うん。今日はありがと。
―病院・ロビー―
(人気のない奥側に座る3人。和と咲月は俯いたまま黙っている)
美:はい、荷物は渡せました。えぇ、二人も一緒です……わかりました。
【ピッ……📱】
美:もうすぐ迎えに来てくれるから、ここで待ってようね。
和:はい。
咲:ありがとうございます。
美:……
和:……
咲:……はぁ。
美:そのうちケロっとして帰ってくるわよ。
和:そう、ですね。
咲:……
美:私達はいつも通りやるしかないの。
和:え?
美:それが仕事。それが、アイドル。そんなハの字に傾いた眉毛でファンの前に出たら、心配されちゃうわよ? 私達はみんなを笑顔にする存在なんだから……ね?
和:そ、そうですよね。すみません。
(両手で頬を軽く叩き、気持ちを切り替えようとする井上)
美:そうよ? せっかくの可愛い顔が勿体ないわ。
和:いえ、そんな。
美:ふふ。
咲:私達は……こんな時もアイドルじゃなきゃいけないんですか?
美:え?
咲:同じグループのメンバーが、仲間が辛い思いをしているのに、平気な顔なんて……私、できません。
和:咲月……
咲:どんな時でも笑顔でいなきゃ……感情を捨てなきゃ、美月さんみたいな立派なアイドルになれないんですか?
(震えた声で問いかける菅原)
和:咲月、そんな言い方したら美月さんに——
咲:だって! 久保さん、あんな苦しそうに……美月さんは心配じゃないんですか!? もし久保さんに何かあったら……私、ぇぐ……うぅ。
美:……ありがとう、咲月ちゃん。
(菅原の隣に座り、背中をさする美月)
咲:ひっく、ひぐ。
美:……わたしもよ。
咲:……え?
美:私も、心の中ぐちゃぐちゃ。気を張ってないと叫び出しそう。
咲:それなら、どうしてそんなに平気でいようとするんですか?
美:一番辛いのは久保だから。それなのに、私達の前ではいつも通りに振舞って……笑って、冗談言って、辛い顔ひとつ見せずに。
美:だったら私も久保と一緒に戦わなきゃ。いま私に出来る事を全力でやりながら、久保が帰ってくるのを待っていようって。だから、後輩に格好悪い姿なんて見せられない。取り乱したり、弱音なんて吐いていられない。
和:ぐす、うぇ……
咲:すみません。私、そんな事も知らずに生意気なことを——
美:いいの。素直に気持ちをぶつけてくれて嬉しかったよ。
(優しく菅原を抱きしめる美月)
咲:山下さん……うわぁぁぁん。
美:落ち着けた?
咲:……はい。
美:よしよし。
(菅原を抱きしめたまま頭を撫でる美月)
咲:聞いても、いいですか?
美:ん?
咲:山下さんにとって久保さんは、どんな存在なんですか?
美:あらあら、ずいぶん直球な質問ね。
咲:山下さんが、久保さんのことお話しするの……初めて聞いたから。
美:ん……そうだなぁ。初めてシンメになった時は何気なく隣にいただけなんだけど、いつの日かそれが自分の中で大きなものになっていって……居心地が良いんだけど、刺激ももらえる存在かな。
美:背中を向いてるハズなんだけど、見ている方向は一緒で。年下だけど、尊敬するし格好良いなって思う。でも危うい面もあって心配になるし……ライバルっていう存在とも違う。本当に戦友っていうか、一緒に頑張ってきたからこそ、私はここまで頑張ってこれたんだって思う。
和:……素敵。
美:答えになってるかな?
咲:はい、ありがとうございます。
『あ、いたいた。和、咲月、迎えにきたよ。表に車停めてるから乗って』
美:二人の方が先だったみたいね。ほら、行ってらっしゃい。
咲:はい。
和:お先に失礼します。
美:うん、またね。
(病院を出る直前で立ち止まる咲月)
咲:……
和:咲月?
咲:山下さん。
美:ん?
咲:私も……なれますか?
美:え?
咲:私と和も頑張ってたら、山下さんと久保さんみたいになれますか?
和:……咲月。
美:うん。二人ならもっと素敵になれるよ。
咲:わたし、頑張りますね!
和:あ! ちょ、咲月待ってよ~。
(笑顔で出ていく咲月と和。二人の背中を見つめる美月)
美:私も……格好良い先輩になれてますか? 若月さん。
―つづく―
【おまけ】