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大増殖天使のキス [毎週ショートショートnote]

小さい頃、宗派もわからない教会に通っていたことがある。母は熱心な信教者だ。都会で生まれ育ったプライドの高い母が父と結婚し、仕事の都合で田舎のコミュニティに放り込まれた瞬間に彼女は救いを欲するようになった。そうでもしないと母は壊れていたのだと、彼女は私に言い聞かせた。
「幸せになれる瞬間は誰にでもあるのだけど、それを教えてくれるのは神様だけなのよ。」
”見えない誰か”について嬉々として語る彼女を父は放置していた。彼はただ彼女が人並みに生きていることが大事だと考えていたのか、それすら考えていなかったのかもしれない。
母はよく私にキスをねだった。頬に、額に、手の甲に、首筋に。それがおまじないだと言うのだ。私は拒否をしなかった。もしすれば母が壊れてしまうと恐れていた。
だから、母は今でも私にねだる。愛する者からのキスだけが自分を救うのだと。
「私の可愛い天使。」
末期がんに侵され、明日には神に救われるだろう哀れな母に私は今日も救いのキスをするのだ。

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はじめまして。Re:と申します。今回はこちらの企画に参加させていただきました。とても楽しかったです…。今後とも参加させていただければと思います!


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