きみに贈る!
ホッキョクグマのために電気を節約しましょう
貧しい子供達を想ってご飯は残さず食べましょう
理屈はわからなくないけど、全く感情が入らない。
わたしは、やっぱり冷酷なのだろうか。
仏壇の前、死んだ人に向かって話しかける。
いつも返事は返ってこない。独りよがりで
あっけなくて、何もできない。虚しい。
不特定多数の誰かために作るアートはそれに似て
味気なくて、空振りするみたいに関節が抜けて、
確かな感触がない。
そもそも誰かって誰なんだよ。
自分自身のことばかりを書いたあの人の歌が
こんなにもわたしに突き刺さるのは何故だろう。
わたしの頭の中からでてくる創出物は破滅的な欲望ばかりなのに。
じぶんの感情を発散して人を動かすなんて
わたしには到底無理だろう。
それに心の底から誰かを想うことなんてなかった。
ましてや、見知らぬ苦しんでる人のために
人生捧げられるほど心の優しい人間でもない。
本当にそんなことができるのだろうか。
あの人だって本当は偽善なんじゃないの?
みんなわたしよりも強く見えたし、
自分が一番苦しんでいるように思えた。
わたしが助ける余地なんてないじゃん。
自分のアートの存在意義がわからなかった。
わたしの存在意義がわからなかった。
自己中心的に回ってた世界は、
あの日一転した。
数年前の話。
4日くらい前から、弟がほとんど部屋から出て
こなくなっていた。
トイレとか冷蔵庫のために何度か出てくるけど、
こちらを見ることもせずまたすぐに部屋に戻って行ってしまう。
機嫌が悪いんだろうと大して気に留めていなかった。
夏なのにパーカーを着て、フードをかぶって
首元の紐をギュッと縛っていた。
へんなのー。
それが3日ほど続いて、前よりは部屋の外にいることが多くなり、普通に話すようになった。
だけど服装は変わらず、ずっと同じパーカーを
着て、常に首元は結びフードをかぶっていた。
さすがになんかおかしいと思った。
ちょっかいをだすように、
フードの紐をちょいって引っ張ってみた。
やめろよ!
弟は声を荒げて手を振り払った。
その一瞬の間に、彼の首に巻かれたスカーフが
見えた。
まさかと思って、
衝動をおさえられなかった。
ねえ!これなに??
今度はわたしが弟の手を振り払って
思い切ってスカーフを引き剥がした。
悪い予感は的中してしまった。
わたしがみたもの。
それは、かさぶたと紐の擦り跡で
真っ赤に染まった首だった。
すぐさま理解してしまった。
「ねえこれなんだよ!!??!!!?!!!」
感情が喉の奥から噴き上がってきた。
ぶわっと涙が溢れ出てきた。
弟の胸ぐらにつかみかかって、
泣きながら、叫ぶように怒鳴っていた。
何を怒鳴っていたのか全く覚えていない。
壊れた家族、暗い部屋、警察署の待合室、鋭い刃物、冷たい視線
いろんな映像がつぎづぎに脳裏を横切って、
その全部が叫び声の中に混ざって出ていった。
生々しい傷跡は直視できなかった。
弟は抵抗を諦めたように、こちらの目を見ないように必死に顔だけ逸らしながら、幼い子供のようにしくしくと泣いていた。
人の感情は流れるように消えていくものだ。
その時辛かった、という記憶は残っていても
当時の感情をリアルに再現することはできない。
…はずなのに、
あの日の悲しみだけはずっと心にこびりついている。
弟は自殺未遂をしたのだった
死にたくなるまで自分を責めて
実際に死のうとするまで追い込まれて
夜中の暗い部屋の中で
皮のベルトを窓の縁に引っ掛けて
何度も首を吊ろうとした形跡だった
どれだけ怖かっただろうか
苦しかったのだろうか
寂しかっただろうか
同じ家にいたのに、
気づけなかったわたしはなんなんだ
いや、本当は気づいていたのに、そうなるまで
見てみぬふりをしてきた自分が許せなかった
今も許せていない。
自分の死以上に、弟の死だけは許せなかった。
その理由についても触れておく。
わたしのような人間の自殺と、弟の自殺は
意味するものが全く違うのだ。
わたしは人にも環境にも恵まれている。
それなのに幸せだと言い切れないのは、
初めから幸せになろうと思っていないからだ。
安心する瞬間に焦りを覚える。
人といると孤独を感じてしまう。
幸せを幸せだと感じられない。
脳がそういうふうにできている。
夢とか使命とか、今はまだ死ねない理由が
あるから生きているだけで、自分にとっての
「生きる意味」が破綻した命を生きるつもりは
ない。
「もしわたしが認知症になったら殺してほしい」
そう言う人たちの気持ちが痛いほどわかる。
日常というのは、非情なものだと思うし、
その非情さにがまんできなくて自殺をした
大宰治というひとは、わたしたちのかわりに
死んだ殉教者だと思う。
だいぶ端折って、わたしの死生観はこれだ。
でも、弟の自殺は
崖に続く一本道のような死に思える。
弟の人生を近くで見てきたわたしは
彼が幸せだった瞬間をあまり知らない。
ギフテッド故に学校でいじめに遭い、
変なやつだと罵られて学校に行けなくなった。
当時の家は外の世界よりも地獄のような場所で
どこにも居場所なんてなかった。
わたしは変わり者ながら少しだけ器用で、
何より運が良かったから外の世界に居場所を
見つけることができていたけど、
不器用だった弟はずっと孤独だった。
みんなと同じじゃないことを非難される。
外の世界には敵しかいない。
中学を中退してから人間との関係を遮断してきてた彼にとって、
世界の記憶は14歳でストップしてしまっている。
そんな彼がもしも死んだとしたら、
それは追い込まれて逃げ場を失った悲劇になってしまう。
光をほとんど見ることなく死ぬことになる。
そんなの許せるわけがない。
あの日、腹の底から感じた悲しみ。
それは、血が繋がった兄弟だからってそんな安い理由ではないと思ってる。
同じ家で生まれて同じ地獄を見てきた同志だ。
自分だけ助かって身勝手に生きるくらいなら
わたしが死んだ方がいい。そう思った。
だからこそ、自分の人生を捧げても
弟に幸せを知ってほしいのだ。
というか、じゃないとこっちが死に損なうから、なってもらわないと困る。
わたしの信念はまだどれも細くて、
外界からの刺激で揺れ動いてしまうような
不確かなものばかりだけど、
唯一この軸だけは今日もまっすぐに根を伸ばして
地に這っている。
彼のためにできることはなんだろう
ずっと考えている。
家族である以上、わたしができることに限界があると感じる。
彼の心の穴を癒せるのは金銭的支援でもなく、
わたしからの愛情でもないことはわかっている。
__いつの日か彼が社会に出ていくことを想像する。
ゴミで溢れた世界の中にも、
キラキラと光る宝石のような出会いは必ずあるはずだ。
優しい人、尊敬できる人、尊敬してくれる人、愛をくれる人、包み込んでくれる人、助けてくれる人、助けたい人、同じ目標を持つ人、理解してくれる人
それに、情熱を燃やせる場所、
叶えたい夢だって見つかるかもしれない。
家族だからこそ埋められなかったもの。
それを埋めてくれる何かに出会うためにも、
やっぱり外に出て、凝り固まったトラウマを
自ら破壊していかないといけない。
ただそれと同時に、
引きこもっているときの苦しみとは違う、
社会に出て初めて体験する痛み、恐怖、孤独、
劣等感、緊迫感も必ずある。
いい人だけじゃない、悪い人だってたくさんいる。
普通は学校生活で自然と学んでいくようなものを知らないまま大人になった彼は、
普通の人よりも傷ついてしまったり、
面食らってしまうのかもしれない。
新しい動機で死にたくなるかもしれない。
そんなとき、アートだったら
深く飲み込まれそうな暗闇の中
怯えることのないように、
彼が歩く夜道に電灯を灯し続ける。
それだったら、わたしにもできるんじゃないか。
悶々としたきみの部屋の中に
春風のように柔らかな清々しさを運んであげよう。
きみを不幸にしてくるやつ、頭の中1人残らず機関銃でぶっ殺してあげよう。
きみの目に映る灰色の過去には、わたしが鮮やかな色を塗ってあげよう。
じぶんがたくさんの音楽や本や映画にそうしてもらったように。
初めて心から、自分以外の人のために表現をしたいと思った。
わたしがいなくなったとしてもずっと彼を支え続けられる傘や、懐中電灯や、機関銃のようなものを、弟のために作りたいと思った。
救いたいとか自己満でとんでもない傲りなのかもしれないけど、それでも。もう十分苦しんだ弟にはちょっとでも多く幸せになってほしい。
そのためにわたしも、生きる。働く。
出会う。学ぶ。知る。作る。闘う。
弟を救いたいと動くときに、
いちばん救われてるのは自分なんだと知る。
創作ができないとき死にたくなってしまうわたしが、創作の手を止めないでいられるのは、
きみが前に進もうと、ずっと闘ってくれているから。なんだぜっ。
あの日から数年がたって、あの時のことを一度だけ弟と話したことがある。
「お前絶対に死ぬなよ!人を殺してもいいから絶対にお前だけは死ぬな!わかったかくそ野郎!!… とか、なんか叫んでたよ。ふつーに痛かった。笑」
照れくさそうに弟はそう言った。
非道すぎる自分の言葉にびっくりした。
中二病みたいで恥ずかしかった。
けど、そう話す彼の表情は少し嬉しそうに見えて、あーなんかわたし生きててよかったかも〜
と思った。
ひとりで街をあるいていると、
名前も知らない赤の他人に、
ふと自分や弟を重ね合わせる瞬間がある。
誰かが電気を消すことで救われるホッキョクグマ…か?あなたは。
なんて思ったり。
わたしはあなたの名前はしらないし、
あなたに宛てた手紙は書けないけど、
これから作る弟への手紙でよかったら読んでください。ついでにわたし自身のことを書いたものもあるので、よかったら読んでみてください。
そういうことなんだろう。たぶん。
きっとわたしも、そうやって生かされてきたんだ。