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【恋愛小説】甘い罠✾8mins short love story✾
元彼と別れて数ヶ月が過ぎた。
特に新しい出会いを強く求める気力も無く、日々を淡白に過ごしていた。
「ねぇねぇ、これ行ってみない?」
大学時代の友達と久しぶりに会い、イタリアンレストランでランチをした。昼からワインの飲み放題出来るという理由から、即決でこのお店を選んだ。
三杯目のグラスには赤ワイン。
今しがた到着したメインのイベリコ豚のソテーに合わせて選んだ。グラスを口に運ぶと、芳醇な赤葡萄の香りが鼻を抜けた。酸味が少なく、渋みも無くて飲みやすく、続けてもう一口流し込んだ。
『何これ?街コン?』
「そうそう!今日、駅前のホテルのバーで貸し切りでやるんだって」
『25歳から30歳限定かぁ』
「お酒も飲み放題だし、最悪二人で飲んで楽しめば良くない?」
彼女は目を輝かせながら私の方を見つめる。私もお酒は好きだし、悪くはない話だと思った。
『それじゃ折角だし、行こう!いい人居たらラッキーくらいで!』
そう言いながら、ワインの入ったグラスを彼女に向けた。
「ではでは、いい出会いを願って!」
そう言うと彼女が自分のグラスを私のグラスに軽く当てた。軽くて爽やかな音が鳴った。
❁
ホテルの一階にある特設の受付ブースで受付を済ませて、エレベーターで三階に上がった。
バーに入ると丸テーブルが20個程あり、中央のバーカウンターを囲うようにして配置されている。テーブル付近に椅子は無く、立食形式だった。
既に大半のテーブルが埋まっており、男女4人でお酒を片手に会話に花を咲かせているテーブル、男の人だけで周りを見渡しているテーブル、私達のように女の人だけで盛り上がっているテーブルなど様々だった。
『とりあえず、まずお酒でしょ!』
「間違いないね!」
私達は中央のバーカウンターに行き、私はテキーラサンライズ、彼女はジントニックを注文した。程なくしてお酒が提供され、ようやく席探しをスタートした。
『結構、人増えて来たしほとんど埋まってるよね』
「折角だしどっか入れてもらう?」
周りを見渡していると、男の人二人組の1人と目が合った。
少し背が高めで、髪はダークブラウンの短め。奥二重がクールな印象で、白Tシャツに黒のデニムとシンプルなコーディネートが爽やかな印象だった。
もう一人は、日焼けした肌が似合う彫りの深めな顔でサーファーの様な出で立ちが少しチャラい印象を与えた。
目を逸らすのも失礼かと思い、軽く会釈をして愛想良く笑ってみた。なんとなく、社会人の悲しい性だなと思った。すると、白Tの彼が私の方へ向かって歩いてきた。
「あの、もし良かったら一緒に話しませんか?」
そう言いながら少し照れたように笑った彼は、最初のクールな印象と異なり、ギャップに胸が少し弾んだ。
「もちろん!!!」
そう私が答える前に、私の友達が先に威勢よく答えた。
❁
4人で話していると、意外と緊張することも無く楽しく会話をすることが出来た。彼等は仕事の同期で、私達の一つ歳上だった。仕事の話や恋愛観、学生時代の話などお酒も入っていて色々な話で盛り上がった。
「お酒もうないでしょ〜?はい、これ!」
『さすが〜!ありがとう!』
私がビールが好きと聞いて、グラスが空くたびに彼等が代わる代わるにビールを持ってきた。
良い感じに酔いが回って来た頃、バーの照明が少し暗めになり、BGMの音量が大きくなった。
「21時からは、クラブみたいな感じになるんだって」
『へぇ〜知らなかった』
「あ、これ俺が好きな曲だ」
『私も好き!』
音量が大きくなったことから、自然と彼等との話す距離が近くなる。彼等に特別惹かれることは無かったけれど、久しぶりに新しく出会った人達と飲んで話すのは新鮮で楽しかった。
「ねぇねぇ、私そろそろ帰ろうかなぁ?明日早いし!まだ残る?」
彼女は不定休のため、今週は日曜出勤の予定だった。私は土日固定休で特に予定も無かった為、もう少しだけここにいたいと思った。
『あと一杯飲んだら帰ろうかな!』
❁
8杯目。
飲むスピードはそこまで早くは無かったとはいえ、ビールばかり8杯も飲んでいたので流石に頭がぼーっとして足元が覚束なくなってきてしまった。
白Tの爽やかな彼がトイレに席を立った時、ずっとテーブルを挟んで正面に立っていた日焼けの彼が、私の隣に来た。
「ねぇ、この後一緒に帰る?」
彼の顔を見上げると、いたずらっぽい笑みを浮かべながらこちらを見つめていた。
近くで見るとまつ毛が長く、くっきりとした二重にすっと伸びた鼻筋が綺麗な顔立ちだなと思った。
それから、少し甘いムスクの香りがふんわりと香った。
『なに言ってんの〜?私もトイレ行ってくる』
私だってもう大人だし、彼が単に一緒に帰る為に誘っている訳ではない事は分かっていた。
けれども私は、冗談っぽく笑いながらかわした。
トイレに着くまでは、彼に酔っていることを悟られまいと平静を装っていたが、トイレに入った瞬間一気に酔いが回ってきて、そのままパウダールームのイスに腰掛けた。
ふとスマホを開くと数件通知が来ていた。
[やっと仕事終わった]19:32
[今夜、何してる?]19:32
友達から勧められて何となく登録したマッチングアプリで知り合って、何回かご飯を食べに行った彼からのメッセージだった。
とても気さくで話やすく、下手に恋愛に発展させようという雰囲気を出して来ないところが良かった。
[今、バーにいるんだけど]21:45 既読
[めちゃ飲みすぎちゃってやばいw]21:46 既読
私が返信すると直ぐに既読が付いた。
[会社の人と飲んでて今帰りだけど]21:46
[迎えに来てほしい?笑]21:46
こういうところが心地良い。
正直に言うと、日焼けの彼の様にあからさまに来られると居心地が悪くなって、引いてしまうから。
[うん笑お願い]21:47 既読
❁
彼がこのホテルから最寄りの駅前まで迎えに来てくれるというので、私もホテルを後にしようとトイレから出て、先程まで居たテーブルに戻った。
『今日はありがとう!もう私帰るね!』
そう言い残して、彼等の返事も待たずに出口の方へ歩みを進める。後ろから足音が足早に近づいてきた。
「ねぇ、待ってよ」
振り向くと、そこには白Tの彼がいた。
少し意外で立ち止まってしまった。
「結構酔ってるのに一人で危ないでしょ?送るよ」
『大丈夫だよ、ありがとう』
そう言い、また前を向き直して歩みを進めた。それなのに彼が私に追いついて来た。
「でも、心配だから…」
『ありがとう、でも友達が迎えに来てくれるから本当に大丈夫なの』
「なにそれ、もしかして男?」
『……そう。男友達』
その言葉を聞いた彼は、寂しそうに足を止めた。
「…そっか。気をつけて帰ってね」
私は半身だけ振り向いて手を振り、前を向いた。
❁
駅前の植木の側にあるベンチに腰を掛けて2分。
横断歩道の向こう側に見覚えのある人影が見えた。それは、身長が私よりも10センチ位高くて、黒髪センター分けでキリッとした目元が印象的で、細身ながらに鍛えられていて肩幅の広い彼だった。彼は私を見つけると、大きな手をひらっと振ってくれた。
信号が青になり、こちらに向かって彼が小走りで駆け寄って来てくれた。
「お疲れ!めちゃめちゃお酒飲んだんでしょ〜?」
俯きがちだった私の顔を覗き込むようにして、私の前にしゃがんでくれた。はい、と差し出された彼の手にはペットボトルの水があった。私が急に呼び出してしまったのに、彼がしてくれた細やかな気遣いに心が温かくなる。
『え、ありがとう……ごめんね急に』
「タイミング良く近くだったから良いよ、気にすんな」
『ほんとありがとう…』
「気分どう?気持ち悪いとかある?」
『…ん…ちょっと頭痛くて気持ち悪い…かも』
「電車乗れないよなぁ、少し風当たりながら歩こうか?」
『うん…』
フラッとベンチから立ち上がると、酔いで目の前が揺れた。
「あのさ、肩貸してもいい?」
そういう気配りが出来て、私の気持ちを尊重してくれる所がいいなぁと思った。
『むしろ、お願いします…』
背の高い貴方の肩は、私には少し高かった。
それに気づいた貴方が静かに高さを合わせてくれたのに、胸の奥でキュンとなった気がした。
時折風が吹くと、隣の貴方からシャンプーの爽やかな香りがした。香りに釣られて貴方の方を見つめてしまった。
「ん?何?…あ!俺ジム行ってシャワー浴びたんだけど、汗臭かったりしたらごめん!」
『ううん、全然だよ!』
「良かったぁ〜急にこっち見るから心配になった」
そう言いながら笑っている貴方が抱く私の肩から伝わってきた貴方の体温が、私の心の奥にまで熱を伝わってきているかのように、胸が熱く感じられた。
❁
20分ほど歩いて酔いが冷めてきた頃、近くを通ったタクシーに二人乗り込んだ。貴方の家の付近だったけれど、私の体調を気遣って、私を家まで送ってからタクシーでそのまま戻ると言ってくれた。
「お客様、目的地に到着致しました。代金は1260円で御座います。」
『あ、はーい』
「すみません、このままさっき乗った場所まで戻ってもらいたいので、支払いはまとめて後にしてもらえますか?」
「承知いたしました」
『え、払うよ〜!』
「いいのいいの!ちゃんとお水飲んで、しっかり休むんだよ?」
何この気持ち。
何で私、残念だって思っちゃってるんだろう。
貴方と別れるのが寂しいって思ってしまっている。
『…それなら今支払ってよ』
「え?」
『ちゃんと送り届けて…』
酔いが残っているお陰で恥ずかしさは無いけれど、我ながら子供っぽいと思いながらも、貴方の目を見つめた。貴方は黙って支払いを済ませてタクシーから一緒に降りた。
私と並んで歩幅を合わせながら歩いてくれている。もう酔いが大分冷めていて、貴方の肩を借りなくてもしっかりと歩みを進める事が出来た。
私の部屋のドアの前に到着したが、依然として二人共口を開かない。
私が鍵を開ける金属音だけが、夜の静寂の中に響いていつもより音が大きく感じられた。
ドアを開けて私が中に入り、後ろを振り向く。
まだ通路に立ったままの貴方が少し微笑みながら、ようやく口を開いた。
「おやすみ」
『なにそれ…入らないの?』
「……いいの?」
『…知らない……』
そう言って私は、ドアを支えていた手を外した。
けれども、手を外したはずのドアは閉まらなかった。
すると開けられたドアから玄関に、通路の電気の光が射し込んで映していた私の影を、一回り大きい影が包み込んだ。
「俺は、酔ってないからな?」
扉が閉まる瞬間、光に照らされた貴方と目が合った。私を見つめる貴方の目が熱を帯びていて、いつもと違って胸がざわついた。
貴方が少し躊躇いがちに、私の顔に掛かる髪を耳にかける。
暗闇の中で、唇と唇が重なった。
少しビールの味が残ったキスだった。
その瞬間、気づいた。
私は結局こういうところが自分に甘いのだと。
気づいた時にはもう遅かった。
シャンプーの甘い香りに包まれた。
二度目のキスが甘く感じられる程に。
『甘い罠』FIN
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