【六爻《ろっこう》 日本語訳】 第1章 母の温もり
作品紹介
※本編は下にあります。
「六爻」作者 priest
【編集者評価】
程潜は程家の三兄弟の次男である。幼少期からの両親の冷遇は、彼の冷徹な性格を形作った。本来なら真面目に日々を過ごす程家の次男坊として生きるはずであったが、金の誘惑に目がくらんだ両親によって、半ば売られ、譲り渡される形で、諸国を遊行する道士の弟子となる。こうして主人公は、望まずして親への復讐の道としての修真の途を歩むこととなった。
修真者が道を得て飛昇を成し遂げた例は数え切れないほどあるというが、門派は衰退し、師匠は頼りにならず、同門の弟子たちは無能の烏合の衆。そして大師兄に至っては極めつけの厄介者という有様で、仙道修行の前途は誠に多難を極めた。程潜が如何にして才能を隠し実力を養い、大成を遂げ、弟子たちを率いて門派の威光を取り戻すのか、その姿に注目したい。
設定は古代道教の修真を背景としながら、六爻という神秘的な流派の要素を融合させている。
物語は、感情を抑える忍耐強い少年が、運命の巡り合わせによって修真の道を歩む逆転劇を主軸に展開される。
緻密な展開によって描かれる主人公の鮮やかな描写と、状況の変化とともに徐々に浮かび上がる感情の機微が、読者の心を掴んで離さない。
【巻一 鵬程万里】
第1章 娘的味道(母の温もり)
程潜は数え年で十歳。
背丈は年齢に似合わず、伸び悩んでいる。
太陽が真上に昇りつめる頃、彼は中庭の入り口から堂屋へと薪を運び込んでいた。一束まとめて抱えるには少々荷が重く、往復二度の道のりを要する。彼は額の汗を拭うと、安堵の表情を浮かべながら、かまどの火起こしと食事の支度に精を出していた。
この数日、家には客人が滞在しており、父は接待に追われていた。そのため、野菜を洗い、調理をし、火を起こし、薪を割るといった一切の雑事が程潜の肩にかかることとなる。彼はまるで足の短い駒のように、絶え間なく動き回る日々を送っていたのであった。
また、彼は背が低すぎるため、竈には手が届くものの、大きな鍋を扱うにはまだ些か不便である。そこで、堂屋の隅から小さな腰掛けを探し出し、それを踏み台にしていた。
四本脚の小さな腰掛けは長さにバラつきがあり、よろよろとしていて実に不安定である。程潜は六歳の頃から、この腰掛けを踏み台にして料理をすることを覚えた。幾度となく鍋の中に転げ落ち、人肉湯になりかけた経験を経て、ついにはこの不揃いな踏み台と上手く付き合い、まるで綱渡りのような、微妙な均衡を保つ術を身につけたのであった。
この日も、彼が腰掛けの上に立って大鍋に水を注ぎ足していたが、その時、兄が帰ってきた。
程家の長男は十五歳で、すでに立派な青年の体格をしていた。彼は汗の匂いを纏いながら、黙々と堂屋に入ってくると、部屋の中を見回す。そして、片手で弟を腰掛けから持ち上げるように下ろすと、加減もわきまえずに背中を押しながら、むっつりとした声で言った。
「俺がやる。お前は遊びに行くといい」
当然、無心で遊びに行くような子ではなかった程潜は、素直に大哥と一声かけると、黙って隣にしゃがみ込み、風箱をせっせと扱き始めたのである。
程大郎は顔を下げて弟を一瞥する。何も言わなかったものの、その眼差しには複雑な感情が宿っていた。
さて、程家には三人の息子がおり、程潜はその次男である。昨夜、あの客人が訪れるまでは、彼は「程二郎」と呼ばれていた。
長兄は知っていた。
「二郎」というこの愛称も、もうこれまでだろうということを。この親しみを込めた名前は、弟と共に、姿を変え、遠い異郷へと旅立っていくのだと。
(程大郎:長男を表す呼び方
程二郎:次男を表す呼び方
二郎:親しみを込めた呼び方。
日本の「~君」に近い)
昨日の午後にやって来たあの客人は道士で、姓名は定かではなかったが、厚かましくも自らを「木椿真人」と名乗っていた。しかし、その容姿から判断する限り、この真人は本物の術を持ち合わせていないのではないかと思った。
まばらな山羊髭を蓄え、三角形の目は半眼を決め込み、ひらひらとした長衣の下からは、痩せこけた細い足が覗いている。仙人らしい風格など微塵も感じられず、むしろ、街角で詐欺まがいの占いをする、うさん臭い算命師のような印象である。
この真人は本来、諸国遍歴の途中でこの地を通りかかり、一椀の水を乞いに立ち寄っただけであったが、思いがけず程二郎の姿を目にした具合であった。
程二郎が外から戻ってきたのは、
ちょうどこの場所からである──。
村の入り口には科挙試験に幾度も落ちた老童生が住んでおり、生徒を集めて読書を教えていた。
この老童生の学識は極めて浅薄なものであったが、その授業料の取り立ては実に苛烈を極めていた。
たとえば、農家の干し肉や果物などの現物は一切受け取ろうとせず、ただひたすら孔方兄と呼ばれる純金銀両での支払いを要求すること。その上、金額に定めはなく、手持ちを使い果たすたびに、また生徒たちに手を差し出す始末である。
その人となりからすれば、聖賢の書を講じ、道を説く資格など微塵もない輩であった。しかし、致し方ないことなのだ。田舎の子供が学問を修めることは容易ではなく、数十里を見渡しても、まともに読み書きを教えられる先生など、他には二人と見当たらなかったのだから。
程家の暮らし向きでは、息子たちに学問をさせる余裕など到底なかった。しかし、あの難解な「之乎者也」といった古典の言葉は、まるで魔法にでもかけられたかのように、不思議と程二郎の心を惹きつけてやまなかった。しかし彼は正式な弟子として学ぶことなど望むことさえできず、ただ密かに立ち聞きをするしかなかったのである。
教えを授ける老童生は、自分の吐く唾の一つ一つが、心血を注いで生み出された珠玉の言葉だと思い込んでいた。そのため、ただで人に聞かせるつもりなど毛頭なく、しばしば講義の最中に警戒心を露わにして、外に出ては見回りを欠かさなかった。
この状況に、程二郎は知恵を絞った。猿のごとく身をかわし、老童生の家の庭先にそびえる大きな槐の木に身を潜めることにしたのである。だが、立ち聞きするたびに緊張は高まり、「修身斉家治平天下」の言葉とともに、額には熱い汗が浮かぶのだった。
(修身斉家治平天下:自己を修養し、家を整え、天下を治めること。)
昨夜、程二郎はそのような熱い汗を額に浮かべながら、父の命で客人に水を運んだ。しかし、その奇妙な客人は差し出された水を受け取ろうとはしなかった。冬枯れの枝のように痩せこけた手を伸ばし、骨相を見るでもなく、奇怪な術法を使うでもなく、ただそっと程二郎の顔を上向かせ、「書生らしい気取り」を懸命に真似ようとするこの幼い子と、一瞬の眼差しを交わしたのである。
真人はこの一瞥から何かを見出したのか、神秘めいた様子で頷くと、程家の人々に向かって意味ありげに言った。
「この子は素質が極めて良い。将来は天を飛昇し、深淵を潜る者となるやもしれぬ。思いもよらぬ大いなる運命に恵まれるかもしれんぞ。まさに、非池中之物(池に留めおくべきにあらず)だ」
真人がこう言った時、大郎もそこに同席していた。彼は商家の主人に師事して商売を学び、南北から往来する様々な人を見てきた経験から、それなりの見識があるつもりでいた。しかし、たった一目見ただけで資質の良し悪しが分かるなどという話は、これまで一度も耳にしたことがなかった。
大郎がこの香具師めいた男を軽蔑的に言い返そうとした時、驚いたことに、父がすでにこの妄言を真に受けている様子に気づく。彼は瞬時に胸騒ぎを覚えながら、その真意を悟った。
程家はもともと裕福ではなかったが、年初めに母が末弟を産んだ際、難産だったために、母は産後も床に伏せたままの状態が続いていた。そのため、家は働き手を一人失っただけでなく、毎日薬を飲まねばならない重荷も抱えることとなり、もともと余裕のなかった暮らしは、いよいよ綱渡りの状態となっていたのだ。
今年は天候に恵まれず、数ヶ月も雨が降らなかった。このままでは大飢饉で収穫皆無となることは目に見えており、三兄弟を養っていくのは......もはや困難な状況。
大郎には両親の考えが手に取るように分かった。自分は既に一年半も商家で修行を積んでおり、あと一年もすれば家に仕送りができる身となる。つまり、彼は程家の将来を担う存在であった。
末っ子はまだ襁褓の中、親としては当然、手放すことなど考えられない。そうなると、残るは真ん中の二郎だけ。純粋に余分な存在であり、家に置いていても何の役にも立たない。それなら、通りがかりの道士に仙道修行の弟子として託すのも、一つの道なのかもしれない、と。
つまり、そういうことであろう。
もし修行が成就すれば、それは程家の先祖の墓前に青草が生え、天の恵みを受けたようなもの。たとえ成就しなくとも構わない。他人について江湖を巡る道でも、人を騙す道でも、腹いっぱい食べられ、無事に成長できるのなら、それもまた生きる道の一つなのだから。
木椿真人と、目先の利にしか目が向かない程家の当主との"駆け引き"は、すぐに決着がついた。真人が小さな銀を渡すと、金と人との取引は瞬く間に成立。程二郎は程潜と名を改め、この日の午後には、俗世との縁を断ち切り、師父とともに旅立つことになったのである。
長男は次男と数歳の年の差があり、普段から特に話すこともなく、とりわけ親密というわけではなかった。しかし、この弟は幼い頃から物分かりが良く、泣き叫ぶこともなければ、面倒な問題を起こすこともなかった。服は兄のお下がりを着て、食事は末弟と病身の母に譲り、ただ仕事だけは誰よりも率先してこなし、決して不平を漏らすことはなかったのだ。
大郎は口には出さなかったものの、
心の中ではこの弟を可愛がっていた。
だが、どうしようもない。
家が貧しく、養っていけないのだから。
己はまだ程家の長男として家を支えられるほどの年齢でもなく、大小の事について、彼の意見など何の効力も持っていない。
それにしても、血を分けた兄弟だというのに、売り渡すなどということが、そう簡単にできるものだろうか?
大郎は考えれば考えるほど心が晴れず、大きな鉄杓でこの年寄り詐欺師の額に穴を開けてやりたい衝動に駆られた。だが、あれこれ思案した末、結局はそんな勇気も出せなかった——
そもそも、そんな度胸があれば、人に仕えて商売を学ぶ必要もなく、強盗でもした方が財が転がり込んでくるだろう。
両親の思惑と大哥の鬱屈した思いについて、程潜は決して分からないわけではなかった。しかし、彼は特段早熟なのではない。七歳で詩を詠み、十三で宰相に任ぜられた…などという神童たちとは比べようもなかった。
が、それでも、世間の機微を察する程度の賢さは持ち合わせていた。
父は朝早くから夜遅くまで働き、兄は夜明け前から夜更けまで働いていた。母の目には兄と末っ子の姿は映るのに、自分の姿だけは映らない。そのため程家では、誰も彼を叩いたり罵ったりはしないし、誰も彼を気にかけることもなかった。
これを程潜は心の底から理解していた。そして生まれながらにして物分かりが良かったため、なるべく騒ぎ立てて嫌われないようにしていたのであった。
これまでの人生で最も度を越した行為といえば、老童生の大樹に登って、支離滅裂な聖賢の書を立ち聞きしたことくらいである。
彼は慎み深く、ひたすら誠実に、自分を小さな給仕や、小作人、下男のように扱った——
ただ、息子としての振る舞いだけは、彼は絶対にしなかった。程潜には、息子であるということがどういうものなのか、よく分からなかったのだ。
子供というものは、本来ならば饒舌で、あちこち飛び跳ねるものだ。しかし息子ではない程潜は当然、おしゃべりや悪戯をする特権などなかった。心の中に抱えた言葉は、すべて飲み込んで表に出すことはなく、そうして長い間、言葉が外に散ることを許されず、ただ内側へと刃を向けるばかりとなり、幼い胸の中には、でこぼこの心の穴がいくつも刻まれていった。
雨に打たれた砂浜のような胸中を抱える程潜は、両親が自分を売り払ったことを理解した。しかし、その心には奇妙なほどの平静さがあった。まるで、こんな日が来ることを、ずっと前から予期していたかのように。
旅立ちの時、病身の母は珍しく床を離れ、よろよろと彼を片隅に呼び寄せると、目を赤く腫らしながら、小さな包みを彼に押し付けた。
中には替えの衣と一つの平たい饅頭が入っていた。衣は言うまでもなく、相変わらず兄の着られなくなった古着の仕立て直しで、饅頭は父が昨日の午後から夜通し作ったもの。
やはり己の血を分けた子。母は彼を見つめながら、思わず袖の中に手を差し入れて探り始めた。
程潜は、
母が震える手で一連の銅銭を取り出すのを見つめる。
そのでこぼこした、くすんだ銅銭が、
突如として程潜の冷めた心の琴線に触れた。
まるで凍えた小獣のように、氷雪の世界で鼻先を震わせる中、彼はかすかな母の温もりを感じ取ったのであった。
しかし、その一連の銅銭は父の目にも留まってしまう。男は傍らで大きく咳払いをすれば、母は涙を堪えながら、銅銭を袖の中に押し戻すほかなかったのである。
こうして母の温もりは、水に映る花、月のごとく、一瞬の幻影となって消え失せ、程潜が確かな温かさを感じ取る間もなく、再び霧散した。
「二郎や」
生気のない母が程潜の手を取り、奥の間へと連れて行った。彼女はわずか数歩歩いただけで、もう息を切らし始めている。疲れた様子で広い長椅子に腰を下ろすと、天井から吊るされた小さな油灯を指さして、か細い声で尋ねた。
「二郎、あれが何か分かるかい?」
程潜は無感情に頭を上げ、一瞥した。
「仙人長明灯です」
この見た目もさして派手でもない小さな灯は、程家に伝わる家宝であった。程潜の曾祖母の嫁入り道具だと言い伝えられており、手のひらほどの大きさで、灯心も灯油も必要とせず、古びた黒檀の台座に刻まれた幾筋かの呪符によって、自ら光を放ち、一尺四方を絶え間なく照らし続けている。
しかし程潜には、ずっと理解できないでいた。この粗末な代物を吊るしておくなど、夏場に虫を寄せ付ける以外に一体どんな用途があるというのか?
とはいえ、仙器である以上、実用的な価値など必要ないのだろう。近所の人々が時折遊びに来た際に、ちょっと自慢できる程度のものがあれば、田舎者にとってはそれだけで、代々伝えるべき家宝となるのだ。
「仙器」とは、「仙人」が呪符を刻んだ品々のことを指す。凡人にはとても真似のできないものだ。仙器には様々な種類があり、その用途は実に多岐にわたる。油を補充する必要のない灯火、火で焼けない紙、冬は暖かく夏は涼しい寝台など、枚挙にいとまがない。
以前、村の入り口にある江湖を渡り歩く語り部によれば、繁華な都では「仙人の煉瓦」で築かれた屋敷があるという。日を受けて琉璃を纏ったように輝き、まるで皇宮のように金碧輝煌としているそうだ。
裕福な家で使われる茶碗には、高位の仙人が記した呪符が施されており、百の毒を防ぎ、あらゆる病を払うことができるという。その茶碗は、一つの欠片が金四両もの値がつくというのに、それでもなお人々は争って求めるのだ。
「仙人」とは、すなわち「修真の人」のことで、「道人」あるいは「真人」とも呼ばれる——前者は主に自称として用いられ、いくぶん謙虚な響きを持たせることができた。
伝え聞くところによれば、彼らは気を体内に取り込み、天地と交感することを入門とするという。
さらに修練を深めれば、穀物を絶ち食事をせずとも生きられ、天に昇り地に潜り、果ては不老不死となって、渡劫し仙人となる……といった様々な伝説が広く伝わっていた。しかし、本物の仙人が何個の鼻を持って幾つの目を持っているのか誰も見たことはなく、ただ話を聞くだけであれば、神秘この上ない存在であった。
仙人たちの行方は定かではない。良い仙器は千金を積んでも手に入れ難いものとなり、高官や貴人たちが群がってこれを求めた。
程家の女房は身を屈めると、程潜を慈しむように見つめ、すがるような優しい声で問いかけた。
「二郎が修行を終えて戻ってきたら、
母にも長明灯を一つ作ってくれないかい?」
程潜は答えず、ただまぶたを上げて母を一瞥した。
私を家から追い出しておいて、よくもそんなことが言えたものだ。修行が成就しようとしまいが、生きようが死のうが、豚になろうが犬になろうが、二度と戻って来て顔など見せはしない。
程家の女房は、はっとして息を呑んだ。
この子は両親に似ておらず、むしろ自分の実家の大哥に少し面影があることに気がついたのである。
彼女の兄は、実家の墓所から立ち上る一筋の青煙のような存在である。幼い頃から農家の子らしからぬ様子で、絵に描いたような端正な顔立ちをしていた。両親は家財を傾けて彼に学問をさせ、彼もその期待に応えて十一歳で秀才の試験に合格した。人々は彼女の家に文曲星(学問の神)が降り立ったと噂したものだ。
しかし、文曲星は人間界に長く留まることを望まなかったのか、まだ挙人の試験にも合格せぬうちに、彼は病に倒れ息を引き取ってしまった。
その頃の程家の女房はまだ幼く、記憶の多くは既に霞んでいたが、今、突然思い出してみれば、あの人も生前はこうだったと気付く。
心の中が歓喜に満ちていようと、怒りに燃えていようと、いつもこのように淡々とした眼差しを向けるだけで、感情を表に出さぬ慎み深さと、人に畏れを抱かせる何かを持っている。そんな様子に、どうしても親しみを感じることができなかった。
程家の女房は思わず程潜の手を離してしまい、同時に、程潜もさりげなく半歩後ずさる。
こうして彼は、従順でありながら一言も発することなく、母子の生き別れを唐突に断ち切ったのだった。
しかし、程潜は自分の行動が恨みからではないと自覚していた。
恨む理由などない——
両親には生みの恩と育ての恩がある。たとえその恩情が道半ばで途切れて、育ての半ばで見捨てられたとしても、せいぜい恩と非が相殺されるくらいのものだ。
自分の足先を見つめながら、
心の中で自分に言い聞かせた。
両親の目に自分が映っていなくとも、別に構わない。
三角の目をした道士に売り渡されようとも、
それも構わないのだ。
追記
「木椿真人」という名前は嘘くさい印象を与える意図的な要素がある。「木椿」は素朴なイメージを持つ植物で、加えて自称の「真人」という高位な呼び名との落差が、彼の胡散臭さをより強く表している。