【天涯客(山河令)日本語訳】第11章 地穴

周子舒ジョウズーシュウは「黄泉」の前でしばらく佇んでいたが、すぐに引き返そうとした。きっとジャオ家荘で食べ過ぎたせいで、判断が鈍っていたのだ。まさか何の考えもなくこんな穴に飛び込むとは──

華山の掌門自身がろくでもない人物だったが、その息子に至っては藍より出でて藍より青し、さらに輪をかけてろくでもない。若くして欲に溺れた相貌をしている。

そもそも、江湖を渡り歩く身として、刃に触れずに済むわけがない。于天傑ユー・チウフォンが首を落とされようが、仲間が蜘蛛の糸で斬られようが、自分には何の関係もないはずだろう?

おそらく先ほどの温客行の不気味な話に感化されたのだろう。突然、言いようのない不吉な予感が襲ってきた。この地下洞窟には、何とも言えない異様な気配が漂っている。

周子舒は考えた。確かに自分には二年半の命しか残されていないが、それならばなおさら、人命を救い、善行を積み、人生を謳歌する方が賢明というものだ。気まぐれな男と一緒に人の墓地に潜り込む必要など、まったくない。

しかし、来た道を戻ろうとした瞬間、「カチッ」という音が響き、何かの機関が作動したような感覚がした。すると、小さな穴の入り口から四方に無数の鋼刀が突き出し、狭い通路を完全に塞いでしまったではないか。

幸い周子舒の後退は早かった。でなければ、突如として現れた鋼刀に串刺しにされるところであった。

彼は眉を寄せ、その鋼刀をじっと見つめた後、振り返って温客行ウェンコーシンに言った。

「お前は誰かの恨みを買ったのか?」

この唐突な質問に、温客行は目を丸くして、
深く傷ついたような表情を浮かべる。

「なぜ私が恨みを買っているという話になるんだ?」

周子舒は嘲笑うように鼻を鳴らし、首を振った。他に選択の余地はない。この「黄泉」に沿って前進し、別の出口を探すしかないようだ。そうして彼は歩きながら言った。

「お前でなければ俺だというのか?俺は江湖に出たばかりの無名者だ。人の物を盗んだことも、奪ったこともない。大人しく山水を愛でて暮らしているだけなのだから、誰の恨みを買うというのだ?」

温客行は暫し沈黙した。相手の厚顔無恥な嘘つきぶりには感服するほかない。しばらくして、静かに言った。

「君は張成嶺ジャンチョンリンを護送する道中で、あの廃廟から数えて三十二人を殺している。その中には魅音秦松みきょくしんしょうのような者が四人もいたではないか...」

「馬鹿を言え、せいぜい十一人だ」

周子舒は続けて反論する。
「あの日、廃廟で死んだ者たちの大半は、
お前のところの小美人が殺したものだろう…

...だから、間違いなくお前だ」

温客行は長く優美な手を掲げた。
「私のこの手は、家を出て江湖に下った日から、鶏一羽すら殺したことがない。まして人を殺めるなど、論外だ。誰かの恨みを買うはずがないだろう?」

周子舒は彼に視線を向ける価値すら感じなくなった。

温客行は急いで彼に追いつき、目の前に立ちはだかると、真面目な表情で強調する。

「見た目は違うかもしれないが、
私は本当に善人なのだ」

周子舒は頷く。
「そうだな、温善人殿。
では退いてくれないか。
俺は人殺しの悪鬼だからな」

温客行は、この言葉があきらかな当て擦りであったとは気づかないふりをし、相変わらず笑みを浮かべる。

「その顔が偽物だと認めてくれれば、
許してやろう」

「なんと寛大な心か」

「どういたしまして」

そんな掛け合いの後、周子舒は彼を退かせ、前に進み続けた。温客行は一人微笑み、彼の後ろ二歩ほどの距離を保って歩く。

黄泉の水は流れがあるようで、水勢が特に激しい。周子舒が小石を投げ入れてみると、水深は予想以上に深く曲がりくねっていた。水中には魚らしきものもいるようだったが、流れが速すぎて確認できない。

周子舒は泳ぎが得意ではなく、水に落ちても内力の深さを頼みに息を止めて、しばらくは溺れずにいられる、という程度の実力しかなかった。そのため、水辺をしばらく観察した後、この「黄泉」からは距離を置くことにしたのだ。

この地下洞窟は四方八方に通じているようで、二人の足音や時折交わす会話の声が、はるか遠くまで響いていくかのようであった。

すると突然、周子舒は足を止めて言った。
「温兄、あれを見ろ」

温客行が彼の視線の先を追うと、
近くに白骨の山が積まれているのが見えた。

温客行は呟く。
「黄泉路には彼岸花が咲くはずではなかったか?
人は死して魂のみを残すというのに、なぜ骨が...?」

周子舒は白骨の中を手探りで探った。片手には砕けた頭蓋骨を、もう片手には火打石を掲げ、注意深く観察する。

「この頭部は粉砕されている。脊椎に繋がる部分は斬首されたようだが...ん?違うな。この傷跡は不規則で、歯形がついている。まさか動物に噛まれたのか?」

「一口で人の頭を噛み千切ったというのか?」

温客行が尋ねると、
周子舒は大腿骨を手に取った。

「歯形...ここにも歯形がある。
こちらの方が少し小さいな。
形状も若干異なるようだ...」

彼にはこの歯形がどこかで見覚えがあるような気がした。しかし、検屍官の経験があるわけでもない。すぐには思い出せずにいた。

温客行は少し吐き気を催したような様子で、二本の指で周子舒の手から大腿骨を受け取り、しばらく眺めた後、こう結論を出した。

「これは...実に綺麗に食い尽くされているな。
私が鶏の手羽先を食べる以上の手際の良さだ」

周子舒は、今後二度と鶏の手羽先は食べまいと心に決めた。

「一体何の生き物がこのように食い散らかしたのだ。
猛獣でもいるのか?」

温客行は考え込む。
「聞くところによると、冥界には『諦聴』という巨獣がいるそうだ。かなりの大物だが、肉を好んで食べるのか?」

──彼の怪談話はまだ終わらないらしい。

周子舒は皮肉めいた笑みを浮かべた。
「温兄は百年後に下りて行って尋ねるといい...」

その「尋ねる」という言葉が消えないうちに、突然、背後から「カサカサ」という音が聞こえてきた。暗い地下洞窟の「黄泉」の傍で響く音は、まさに総毛立つものである。

周子舒と温客行は同時に振り返り、一歩後退しながら、警戒して河の方角を見つめる。

「聞くところでは、諦聴は黄泉には住まないし、
これほど多くはいないはずだが」
温客行は緩慢な口調でそう言った。

河からは沢山の...人のような、
しかし人とは異なる何かが這い上がってきている。
四肢は異常に長く、体躯は極端に小さい。
全身は裸で、皮膚は水に曝されて青白く変色している。

長い髪を持ち、体型は極端に幅広く、通常の人の二、三倍ほどもある歪な形状だ。しかし、その目は異様に輝き、暗闇の中で不気味な光を放ちながら、ゆっくりと二人に近づいてきたのだ。

周子舒は突然、自分の手首に軽く噛みつき、その浅い歯形を見ながら、温客行に低い声で言った。

「思い出したぞ。あの小さな歯形は...」

温客行は後退しながら促す。
「何の歯形だ?」

「人間のものだ」

温客行はその言葉に一瞬足を止め、突然空咳をして立ち止まると、衣服と髪を整えた。そして、ゆっくりと近づいてくる怪物たちに向かって拱手の礼を取った。

「皆様...ええ、各位、我々二名、この場所へ無断で侵入してしまいまして誠に申し訳ありません。失礼の意は毛頭なく、どうかご容赦を...」

周子舒は思わず「プッ」と不謹慎な笑いを漏らす。

すると、先頭にいた人とも怪物ともつかない存在が口を開き、不気味な叫び声を上げながら、突如として温客行に猛然と襲いかかった。

「まだ言い終わってないだろう!」
温客行は奇妙な叫び声を上げた。

しかし、その体は力の入らない木の葉のように、ふわりと横に三尺ほど移動し、怪物の攻撃を回避した。怪物は動作と反応が極めて素早く、すぐさま方向を変えて追いかけてくる。その爪は寒光を放つかのようで、地面に二寸以上もの深い傷跡を残していく。

周子舒は笑みを浮かべた。
「どうした、温兄。意思の疎通が難しいか?」

怪物たちの包囲攻撃が始まった。
周子舒はとても「人間」として扱えるような相手ではないと感じる。実際、これらは人ではない。信じがたいほど頑強な肉体を持ち、破壊力に優れ、動作は俊敏で、力も絶大。そして、痛みを感じていないようであった。

周子舒は一撃を怪物の胸に叩き込んだ。力を抑えてはいなかったため、大きな岩さえ砕けるほどの一撃だったはずだ。しかし、怪物は斜めに吹き飛んで壁に激突しただけで、悲鳴を上げた後、しばらくして再び立ち上がったではないか。

周子舒は内心驚愕し、
一体これらが何なのか見当もつかなかった。

すると、「バキッ」という音が横から聞こえた。一匹の怪物が背後から奇襲を仕掛けようとしたところを、温客行が捕らえて首を折ったのだ。

温客行は笑みを浮かべながら言った。
「一回分、貸しだな」

周子舒はここで気が付いた。これらの怪物は全身が極めて頑丈だが、首だけは異様に脆弱で、巨大な頭部を支えきれていないかのようであると。なぜ温客行がこれほど早くそのことを見抜いたのか、周子舒は内心不思議に思ったが、口では丁重に「恩に着る」と言葉を返す。

そしてさらに一匹の怪物が襲いかかってきた。周子舒は体を横に避けながら、肘を曲げて怪物の背中に強烈な一撃を放つ。やがて指を爪のように曲げ、怪物の頭部を一気に捻り上げた。

鶏を絞めるが如く、あっという間に二人は五、六匹を始末した。これらの怪物にもいくらかの知能はあるようで、勝ち目のないことを悟ると恐れを抱いたらしい。先頭の一匹が再び口を開いて咆哮すると、彼らはゆっくりと水中へと退却していった。

そして時折、頭を出しては、この二人の並外れて強靭な侵入者を虎視眈々と窺っている。

周子舒は小声で言った。
「奴らの体格では、一口で人の頭部を噛み千切ることは難しいだろう。ここは長居は無用だ。早急に立ち去るぞ」

温客行は暫く沈黙した後、口を開いた。
「なるほど、理解した」

周子舒は、人の頭を噛み千切った何者かについての推測だと思い、何気なく尋ねた。
「何が分かったんだ?」

「本物の人間の皮膚は強く摘まめば必ず赤くなる。易容した顔では、そうはならない。君の頬を一度つまませてくれれば、細工をしているかどうか分かるのだが」

周子舒は一言も返さず、その場を立ち去った。こんな男の言葉に真面目に耳を傾けた自分は、きっと正気を失っていたに違いない。

しかし、温客行は彼にぴったりと付いて来る。
「つまませないということは、後ろめたいのだろう。やはり細工をしているな!余りにも端麗な容姿ゆえ、好色漢に襲われることを恐れているのか?心配するな、周兄。私は正真正銘の君子だ。悪さなどしない。一目だけでも、その廬山の真の御面影を...」

周子舒は絶世の忍耐力を以て、完全に右から左へ受け流したものの、温客行はすぐさま言葉を変えて続ける。

「しかし、君の易容の技は本当に素晴らしい。今の武林でこれほどの腕前を持つ者など思い当たらないほどだ。まさか...君は伝説の『天窗』の者なのではないか?」


周子舒の足が突如として止まった。暗い地下洞窟で、温客行の笑みは深い意味を帯びているように見える。しかし周子舒は、ただ人差し指を立てて温客行の歩みを制し、小声で言った。

「聞こえたか?」

二人が静かになると、幽暗な地下洞窟の奥から、おぼろげながら猛獣の咆哮が聞こえ、周子舒は囁くように続ける。

「人の頭を食いちぎる何かだ」

温客行は明らかに「人の頭を食いちぎる何か」には全く興味を示さず、思慮深げな眼差しで周子舒だけを見つめていた。しかし、先ほどの自分の言葉に対して、周子舒は警戒して耳を澄ますばかりで、その表情にも眼差しにも、一片の動揺も見せなかった。

再び咆哮が響き、今度は明らかに音が大きくなっている。その「何か」がこちらに近づいているようだ。

周子舒は気付いた。水中で顔を覗かせていた怪物たちが、何かを恐れるように姿を消していったのだと。

彼は温客行の腕を引いて小径に入り、懐から小瓶を取り出すと、歩きながらその中身を撒いてゆき、その後、二人は曲がり角に退いて息を潜めた。