【天涯客(山河令)日本語訳】第16章 霊狐
二人旅が三人旅へと変わることになったが、洞庭は周子舒にとっても目指すべき場所の一つであり、特に異論はなかった。
人には様々な生き方がある。曹蔚寧のように、日々を何となく過ごすことが常で、深く考えようとしても追いつかず、むしろ急かされると頭が痛くなるような者もいれば、周子舒のように、物事に会うたび、人より一歩踏み込んで観察し、より深く思索することが習慣となっている者もいる。それは習慣がもたらしたもので、本人さえ意識のないうちに、その思考は幾重もの輪を描いて巡っているのだ。
周子舒と温客行は相変わらずの駆け引きを続けていて、暇さえあれば、あちらが皮肉を言えばこちらが冗談で応じ、といったように、まるで息をする限り探り合いは終わらないとでも言うかのようであった。ただ一人、曹蔚寧だけが無邪気に二人のやり取りを聞いては「お二人は本当に仲がいいですね」と楽しんでいる。
周子舒は口を閉ざし、曹蔚寧を横目で見やると、言葉を失った。清風剣派の掌門・莫懐陽については知っている。徹頭徹尾の*老狐狸なのに、どうしてこれほど純真無垢な若者が、その狡猾な巣から育ってきたのだろうか?
温客行はその流れに便乗し、図々しくも手を伸ばして周子舒の肩を抱き寄せると、曹蔚寧に向かって笑みを浮かべながら言った。
「実を申すと、この温某、
周絮以外とは添わぬと決めているのだ」
曹蔚寧の口は目と同じくらいに丸く開いていた。
周子舒は慣れた様子で即座に切り返す。
「温兄の厚意には申し訳ないが、この私は命薄く、不治の病を患っている。せいぜい数年の命だ。この歪んだ首の木は今にも倒れそうで、温兄の尊い首を吊るすには心許ない。どうか他を探されてはどうだ、世の中には良い方が大勢いるだろう?」
温客行は真剣な面持ちで答えた。
「君がいなくなれば、
私は独り寂しく老いていくだけだ」
周子舒は刃の隠れた笑みを浮かべる。
「貴方ほどの天賦の才をお持ちの方は、きっと高みゆえの孤独を感じているのだろう。独り老いていくのは天命だ。この私のような取るに足らない者が、どうして天命を変えられる?」
「いやいや、阿絮よ、そこまで謙遜されては困るな」
温客行は厚かましく言った。
「いやいや、私は本当に謙遜などしていない」
周子舒は慌てて手を振る。
曹蔚寧は二人の間で視線を泳がせ、ようやく我に返ると、思わず口をついて出た。
「...まさか、周兄の病が原因で、
お二人は相思相愛なのに結ばれないというのですか?」
温客行と周子舒は同時に言葉を失った。温客行は「プッ」と吹き出し、曹蔚寧という生き物は実に素晴らしいと感じた。しばらくして、周子舒は咳払いをしながら、自分の首に回された温客行の腕を払いのけ、真面目な顔つきで言う。
「曹兄、気に病む必要はない。私とこの温兄は、どう転んでも連れ添う仲にはなれないのだ。
宿敵ならまだあり得るかもしれないがな」
曹蔚寧は周子舒が強がっているのだと思い込み、しばらく眉をひそめて考え込んでから、悲痛な面持ちで言った。
「周兄のような立派な方が、
こんな苦しみを味わうべきではない」
周子舒は苦笑を浮かべる。
「曹兄の親切は有難いが、
俺はまったく辛くなどないぞ...」
「実は師匠は、江湖の異人たちとの付き合いが深く、幸いにも巫医谷の長老方とも面識がございます」
曹蔚寧は話を続ける。
「周兄さえよろしければ、洞庭の集会で邪魔な連中を片付けた後、私と一緒に戻られませんか?師匠なら必ず何か良い手立てを持っているはずです」
その言葉に、
周子舒は感動で思わず涙がこみ上げ、声を失う。
思いがけない行動派の曹蔚寧は、すぐさま二人に向かって拱手の礼をすると、「お二人はこの宿でお待ちください。すぐに師叔に印を残して知らせを送ってきます」と言い残し、背を向けて立ち去っていった。
その後ろ姿を見送りながら、
温客行は舌を打って感嘆の声を漏らす。
「なんと情の厚い男だ。
まさに我らが求める同志というべきだな」
振り返った温客行の目に、何かを思案するように自分を見つめる周子舒の姿が映る。一瞬の間を置いて、温客行は口元に笑みを浮かべながら尋ねた。
「どうした?先ほどの私の真心の告白に、阿絮の鉄の心も動かされ、この身を預ける気になったのかな?」
「愚鈍な私めには、温兄が洞庭へ向かう本当の意図が、
どうにも掴めないもので」
周子舒は冷ややかな笑みを浮かべる。
「人を救い、金を惜しまず施すのは小さな善にすぎない」温客行は真摯な眼差しを向ける。
「大いなる善とは何か、君は知っているかね?」
周子舒は目を細めたまま、
沈黙の中で彼を見つめ続けた。
温客行はまるで独り言のように、
ゆっくりと語り始める。
「地獄が空にならぬ限り、私は成仏せぬ。
古より正邪は相容れず...君はどう思う?」
その言葉を口にする時、彼は遠くを静かな眼差しで見つめていた。普段の戯れや冗談の色を失った端正な横顔は、まるで喜びも悲しみも持たぬ石仏のようだった。
「ここは人の世」
彼は続ける。
「人の世には、魑魅魍魎などあってはならぬ。あの...徳望高き高崇大侠も、民のために害を除こうとしている。我らが手を貸さずにいれば、聖賢の書を読んだ年月も無駄ではないか?多くの修行を重ねてこの世に生を受けた。何か為すべきことを成さねば、この数十年も報われまい」
周子舒が言葉を返さないでいると、
温客行は振り向いて問いかけた。
「阿絮、そう思わないか?」
しばらくの後、周子舒は軽く笑って言った。
「そう言われると、まるでお前が正真正銘の君子であるかのような錯覚を覚えるよ」
すると温客行は唐突に、
まるで話が噛み合わないことを口にした。
「この世には三種の人間がいるんだ。肉を好む者、どちらでもよい者、そして肉を好まぬ者。これは生まれついてのことだ。だが時として、肉を好む者が貧しい家に生まれ、肉を好まぬ者が珍味に囲まれて育つことがある。それは可笑しなことじゃないか?」
周子舒は沈黙の後、極めて慎重にゆっくりと答える。
「お前の謎かけの意味するところは、俺には分からないな。だが、ある道理は聞き及んでいる」
「何だ?」
「*橘は淮南に生まれれば橘となり、
淮北に生まれれば枳となる」
温客行はその言葉を聞いて一瞬動きを止めた後、突如として大きな笑いを爆発させた。前後に体を揺らしながら、眼から涙が出るほどの笑いようを見せる。
傍らで周子舒は無表情のまま彼を見つめた。蝋のように黄ばんだ肌と歪んだ面貌からは、喜びも悲しみも読み取れないが、僅かに伏せられた瞼は、まるで温客行の心の中を覗き込もうとしているかのようであった。
やがて温客行は息も絶え絶えに体を起こし、
目尻の涙を拭いながら周子舒に向かって言った。
「君こそ、私が生涯で出会った中で最も気の合う相手だ、阿絮...実は私も易容の術をいくらか心得ているのだがな」
彼は一瞬も瞬きをせず周子舒を見つめ続け、その視線には周子舒の作り物の顔さえも居心地の悪さを感じ始め、思わず「そうか?」と返した。
温客行は極めて真面目な表情で言う。
「だから私も無理をすれば、
阿湘のような姿に変装することもできるのだが」
周子舒は一瞬呆然とし、温客行が上から下まで下卑た視線で自分を品定めしているのに気が付くと、即座に理解して言葉も発さず、宿の方へと足を向けた。
温客行は彼の長身で痩せた後ろ姿を見つめ、衣服越しにほのかに透ける肩甲骨に目を留める。破れた衣服に身を包み、落ちぶれた様子を見せながらも、言葉では表せない何かを漂わせている。あの陽光に満ちた午後、彼が目を細めて壁際に寄り掛かり、大通りに悠然と腰を下ろしていた時のように。確かに乞食のような姿だったが、誰よりも悠々と、誰よりも従容としていた。温客行には分かっていた。あの時、彼は物乞いをしていたのではなく、ただ陽を浴びていただけなのだと。
あのような後ろ姿を持つ者が、
どうして美人でないことがあろうか?
温客行は得意げに考える。なにしろこの目は三十年の人生において、一人も美人を見逃したことはないのだから。周子舒が遠く離れていくのを見届けてから、ようやく足を上げてゆらゆらと後を追う。
そして小さく独り言を呟く。
「橘の木に足があるわけでもないのに、自分が橘になるのか枳になるのか、どうして分かるというのだろうか?それに、肉好きであろうとなかろうと、ある日、不意に人里離れた場所に落ちてしまって、毎日獣のように生きることになれば、苦しまないはずがないだろう?」
夕刻になり、曹蔚寧が追いついてくると、二人の間の気まずい雰囲気を直感して慎重に尋ねた。
「周兄と温兄は...何か揉め事でも?」
「曹兄の杞憂だ」と二人が同時に答える。
温客行は目を細め、周子舒に釣り針のような、あからさまに戯れを含んだ視線を投げかける。周子舒はそれを見なかったことにして、毅然として動じない。
「実は...どう言えばいいものか。正直、以前から噂には聞いていたのですが、これまでの人生で、男性同士の...というのは見たことがなく...」
曹蔚寧は頭を掻きながら言う。
温客行は目を上げ、静かに彼を見つめると、
曹蔚寧は慌てて言葉を継ぐ。
「温兄、誤解なさらないでください。私は何も言うつもりはありません。少々受け入れがたい面はありますが、お二人とも義侠の士ですし...確かに少し奇妙ではありますが…ゴホン、お気になさらないでください。我々は堂々と...」
周子舒は悠然と杯に酒を注ぎ、音を立てて飲み干しながら考える。この愚か者はもう言葉も満足に繋がらなくなっているな。
曹蔚寧は顔を伏せ、しばらくしてから再び顔を上げ、顔を赤らめながら小声で尋ねる。
「その...お二人は宿に泊まる時、
一つの部屋にされますか、
それとも別々の部屋に...?」
周子舒は酒を吹き出してしまう。温客行でさえ、曹蔚寧を見つめたまま、なんとも変わった男を拾ってきたものだと思った。
三人の間に奇妙な沈黙が漂う。誰かが言葉を発することなく、周子舒の咳込む声だけが響く中、突如として上階から凄まじい悲鳴が聞こえてくる。
わずかな客たちが顔を上げると、給仕が転げ落ちるように階段を降りてくる。まるで幽霊でも見たかのような様子で、震える声を発した。
「人が...人が...殺されました!」
曹蔚寧は表情を引き締め、佩剣を手に取ると真っ先に階上へ駆け上がる。それとほぼ同時に、隣の机にいた兄妹らしき、簡素な身なりの男女も武器を手に取って駆け上がっていく──世の中には、余計な詮索を好む者が後を絶たないものだ。
温客行は足先で周子舒を軽く突いた。
「阿絮、見に行かないのか?」
周子舒は立ち上がり、軽く会釈する。
「どうぞ、先に」
すると温客行も立ち上がり、階上へ向かう。周子舒の傍を通り過ぎる時、突然足を止め、彼に近づいて声を潜めた。
「今夜、私と同じ部屋に寝てくれるなら、
阿湘の姿に化けてみせようか」
「ご厚意痛み入るが、
馬小屋で寝る方がましだ」
温客行は「ちっ」と舌打ちし、横目で彼を見る。
「風情の分からぬ奴だ」
そう言って階上へ向かい、
周子舒もその後に続いた。
階上に上がると、血の生臭い匂いが立ち込めている。天字号の部屋の扉が大きく開かれ、曹蔚寧は重々しい表情で入り口に立っていて、二人の姿を認めると、手招きをした。
「お二人とも、急いでこの者を見てください」
周子舒が近寄って目を向けると、
一人の男が寝台の柱に背を預けて立っていた。
衣服は乱れ、胸元が露わになっており、
そこには黒々とした掌印が残されている。
両手は切断され、部屋の隅に転がっていた。
床一面に血が飛び散り、男の頭は横に傾き、虚ろな眼差しで、顔は鉄のように青ざめている。すでに死後かなりの時間が経過していることは明らかだった。
温客行は「おや?」と声を上げた。
「この者は...先日街中で私の胸に飛び込んできた
例の御仁ではないか?」
曹蔚宁も「あっ」と声を漏らし、死体の顔を近くで仔細に観察してから、奇妙な表情を浮かべて叫んだ。
「この男は...確か私にも突っ込んできましたよ!」
今や周子舒の世話になっている不運な二人は目を合わせ、瞬時に「同じ境遇の身」という共感を覚えた。
その時、傍らにいた女性が口を開いた。
「私はこの人を知っています。九爪霊狐の方不知です!」
*「橘生淮南」:環境が物事の本質を変えることを表す故事。
*「老狐狸」:「ずる賢い人」を指す