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鏡の中の私 美香はどこに…
美香(仮名)は27歳、都内の広告代理店で働くキャリアウーマンだった。
仕事に追われる毎日で、帰宅は深夜になることも珍しくない。そんな彼女の唯一の癒やしは、古びた一軒家のアパートで一人暮らしをする自由だった。
ある金曜日の夜、いつもより遅い時間に帰宅した美香は、疲れた体を引きずるようにして玄関を開けた。
薄暗い廊下を通り、リビングのライトをつける。ふと、壁に掛けられた大きな姿見に目が留まる。
その時だった。
美香は目を疑った。鏡に映る自分の姿が、わずかに遅れて動いているように見えたのだ。
まばたきをすると、影はすぐに同期した。「気のせいか...」と呟きながら、美香は首を振って寝室へと向かった。
翌朝、友人とブランチの約束をしていた。
身支度を整えながら、昨夜の奇妙な出来事を思い出す。「やっぱり疲れていたんだわ…」と自分に言い聞かせ、鏡の前に立つ。
そして再び、それは起こった。
髪をとかす手の動きが、鏡の中で明らかに遅れて再現される。
美香は凍りついたように動けなくなった。鏡の中の自分は、ゆっくりとブラシを下ろし、不気味な笑みを浮ているではないか…。
恐怖に襲われた美香は、叫び声を上げて寝室に逃げ込んだ。
心臓が激しく鼓動を打つ中、スマホを手に取り、友人の麻衣に電話をかけた。
「もしもし、麻衣?ごめん、今日のブランチ...キャンセルさせて…」
麻衣は心配そうな声で尋ねた。「どうしたの?具合でも悪いの…?」
美香は躊躇った(ためらった)。この非現実的な出来事を話して信じてもらえるだろうか。
結局、体調不良を装おわざる得ず、電話を切った。
その日、美香は家に籠もり、あらゆる鏡を布で覆った。不安と恐怖に苛まれながら、夜を迎えた。
日曜日、美香は勇気を振り絞ってリビングの姿見に近づいた。覆いを取ると、そこには普通の自分の姿が映っていた。安堵のため息をつく美香。
しかし、その安堵も束の間だった。
鏡の中の影が、ゆっくりと美香とは別の動きを始めたのだ。
恐怖で声も出ない中、影は鏡の表面に手をつけ、この現実の世界に這い出してくるような仕草を見せた。
パニックに陥った美香は、咄嗟に鏡を布で覆い、アパートを飛び出した。そのまままっすぐ警察署へ向かう。
「お巡りさん!助けてください!私の影が...鏡の中で...」
しかし、警官たちは困惑した表情を浮かべるだけだった。
精神的なストレスからの幻覚症状ではないかと言われ、心療内科の受診を勧められる。
誰も信じてくれない。この恐怖を一人で抱え込むしかないのか。
その夜、美香は友人の麻衣の家に泊めてもらうことにした。
しかし、恐怖から逃れることはできなかった。
友人に頼んで家に来てもらった。麻衣の家の鏡に映る自分の姿が、再び独立した動きを見せ始めたのだ。
「麻衣、見て!鏡の中の私が...」
麻衣は心配そうに美香を見つめた。「美香、大丈夫?何も変わったところなんてないわよ」
その瞬間、美香は悟った。この恐怖は自分にしか見えていないのだと。
翌日、美香は精神科医のカウンセリングを受けることにした。
医師は注意深く美香の話に耳を傾け、ストレスや睡眠不足が幻覚を引き起こしている可能性を指摘した。
薬を処方され、しばらく休養を取ることを勧められる。
数週間が過ぎ、美香の生活は少しずつ正常に戻りつつあった。
鏡を見ても特に変わったことは起こらない。「やはり気のせいだったのか」と、美香は安堵していた。
そんなある夜、美香は久しぶりに遅くまで仕事をして帰宅した。
疲れた体で玄関に立つと、靴を脱ぐ自分の姿が廊下の鏡に映った。
その時だった。
鏡の中の影が、ゆっくりと美香に向かって手を伸ばし、鏡の表面を押し破るように現実世界に踏み出してきた。
美香は悲鳴を上げる間もなく、影に飲み込まれていった。
翌朝、美香の姿を誰も見なかった。
アパートに残されていたのは、壁に掛けられた大きな姿見だけ。その鏡の中で、美香らしき影がかすかに揺れていた...と言うのだ。
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