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ひとり酒の読み物|雪の夜…酒に灯る恋 1

あらすじ
東京の片隅にある小さな居酒屋「ゆきや」。
静かにその店を切り盛りする女将・由美は、過去の離婚で心に深い傷を負い、もう二度と誰かに心を開くことはないと決めていた。
しかし、無口な常連客・森川とのささやかな会話が、閉ざされた彼女の心に少しずつ光を灯し始める。

森川もまた、亡き妻との思い出に囚われ、孤独な日々を過ごしていたが、いつしか由美に惹かれ、彼女と共に新たな一歩を踏み出すことを望むようになる。
降り積もる雪の夜、二人が紡ぐ心の交流は、長年の孤独を解きほぐし、静かに寄り添う奇跡を生み出していく。

この物語は、過去に傷ついた二人が、静かな夜にお互いの心に触れ、新たな希望を見出していく心温まるロマンスです。
寒い冬の夜に、心に灯る小さな光が、やがて二人を新しい未来へと導いていきます。

第1章: 「冬の訪れと居酒屋の灯」

東京の街は冬の冷たい空気に包まれ、夜が早く訪れる季節となっていた。
通りには、イルミネーションが輝き、寒さに肩をすくめながらも歩く人々の顔には、どこか浮き立つような表情が見え隠れする。
冬の夜は、寂しさと同時に、人情や温もりを感じさせる季節だ。

その街の一角に、ひっそりと佇む居酒屋があった。
小さな木製の看板には「酒処 ゆきや」と書かれ、こじんまりとした入口から漏れ出す温かい光が、通りを歩く人々を迎えていた。
居酒屋の女将である由美は、今日も変わらずカウンターの中で静かに客を迎えていた。

由美は四十代半ばの女性。
温かい雰囲気を持ちながらも、どこか落ち着いた風情が漂い、彼女の作る料理と優しい笑顔は、店の常連客たちを惹きつけてやまなかった。
居酒屋「ゆきや」は、仕事帰りのサラリーマンや一人飲みを楽しむ常連たちの憩いの場として、いつも温かな灯りで満ちていたのだった。

その日も常連客たちが次々と訪れる。
長年店に通う年配のサラリーマンたちは、カウンター席でビールを飲みながら、いつものように世間話を始めた。
居酒屋には、笑い声やグラスの触れ合う音が心地よく響く。しかし、そんな賑やかな店内の中、カウンターの端で黙々と酒を飲む一人の男がいた。

森川というその男は、五十代の静かな常連客だった。彼はいつも無口で、グラスを片手に店の片隅で過ごしていた。
仕事終わりにここに寄り、黙々と酒を飲み、少し料理をつまんで帰る。言葉少なく、いつも早めに店を出る森川の姿に、由美はどこか気になるものを感じていた。

居酒屋の常連の多くは、賑やかでおしゃべり好きだが、森川はそうではない。
その無口さの裏に何があるのか、由美は考えることがあったが、それを直接聞くことはできなかった。
しかし、どこか森川の存在が、他の常連とは違う特別なものに感じられる日々が続いていた。

雪がちらつく夜、森川はいつものように居酒屋の暖簾をくぐった。
由美は静かに笑顔を浮かべ、「いらっしゃい」と声をかける。森川は軽く頷いて、いつものカウンターの席に座った。

その日、店はいつもより静かで、常連たちもまばらだった。
森川が手にした熱燗の湯気がゆっくりと立ち上る中、由美はカウンター越しに彼の様子を何気なく眺めた。やがて、彼女は思い切って、話しかけることにした。

「今日は、いつもより静かですね。雪の夜は、やっぱり外に出るのが億劫になりますよね。」

森川は一瞬だけ視線を上げ、ゆっくりと頷いた。

「そうだな、こんな寒い夜は、温かい場所がありがたい。」

その短い言葉に、由美は少しの喜びを感じた。彼との会話が進むのは、いつも稀なことだったからだ。

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