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それが家族の助けになるのなら・・・

執筆:志賀 隆

「お義姉さん。ごめんなさい」
涙を流しながら患者さんは謝った。
自宅で失神したとのことでERに来院したAさんの対応をしていた医師が、Aさんと家族の面会をアレンジしたのだ。
Aさんは失神からすぐに意識を回復し、特段、他の症状はなかった。だが、驚いたご家族によって救急車が呼ばれたのだった。

◆医療面

この患者さんを仮にAさんと呼ぶことにする。
Aさんは特に持病のない19歳の女性だ。救急外来に失神で運ばれる若い女性は多い。
失神は心臓の不整脈によるものだったり、胃潰瘍の出血からだったり、くも膜下出血の頭痛と一緒に起こったりなど、命にかかわる病気のこともある。
ただ、多くは神経調節性失神と言って、いわゆる社会で「貧血」と呼ばれるものだ。この失神にいたる背景はいろいろあって、疲労・睡眠不足・ストレス・月経からの不調など多種多様である。よくあるのは段々と気分が悪くなってきて、血圧が下がるにつれて眼の前が白くなったり、暗くなったりする。数分の症状の後に気づいたら倒れているのだ。

失神は倒れる前後の状況が重要だ。救急医は問診を追加した。
Aさんが倒れたときに救急搬送を要請したのは、お兄さんの妻つまりお義姉さんだった。
Aさんがパソコン教室に通うので、送ってあげようというところだった。
お義姉さんは私を呼んで「先生、ちょっと個室で話したいことがあるんです」と言った。
個室に移動すると「先生、私の考えるところAはパソコン教室には通っていないのではないかと。だから今日は『教室まで送ってあげる』と言ったの」。
この話を聞いて「あ、このあたりがAさんの失神の原因なのかもしれないな」と救急医は思った。

◆社会面

少しずつお義姉さんの話を聞く。
Aさんの社会背景は複雑だった。彼女は10代のお母さんで、10ヵ月の赤ちゃんがいる。高校の同級生と結婚して、夫の実家に同居しているのだ。夫の実家には独身のお義姉さんも住んでいて、Aさんの家族3人と夫のお祖父ちゃん、お祖母ちゃんをあわせて8人家族である。
Aさんはパソコンもあまり使えないし、赤ちゃんも小さいため、炊事、洗濯など家事をすることで家族に貢献している。ただ、夫の給与が限られていることもあり、自分のお小遣いはほとんどない。
また、トイレは2つあるがお風呂は1つしかなく、8人で使っている。夫の部屋だったところに家族3人で暮らしていて、プライバシーを維持するのが中々難しい。

夫が到着して話をしていると、“Aさんはやはりパソコン教室には通っていないだろう”ということになった。
お義姉さんは怒っていた。救急外来にはAさんの両親、夫の両親も揃い、家族会議が始まってしまった。

救急医はAさんと話をすることにした。
「10代で夫の実家に同居されているのは大変ですね。2世帯住宅の設計になっているわけでもないようなので、結構大変ではないですか?」
「先生、私苦しい……同級生は今、買い物をしたり、綺麗な洋服を着たり、人生を楽しんでいる。私も子どもは可愛いけれど、今はお財布に900円しかない。みんなはとても親切にしてくれるけれど、お風呂にもゆっくり入れない。ご飯ももう少し食べたいと思うけれど遠慮してしまうんです」

◆問題解決

救急医は夫と話をすることにした。
「旦那さん、Aさんはパソコン教室には行っていなかったようですね」
「そうみたいです。でもいろいろ苦しい状況にあったのではないかと思います。少し環境を変えた方がいいのかもしれません」
「そうですね。Aさんのご両親とも話してみます」

ご両親

「Aはとても頑張っています。大家族に同居していて、働いていないので、まだ10代なのに家事を一手に引き受けて、子育てをしています。そんな中、パソコンの勉強をしたいという気持ちは本当だったと思います。実際に教室には行っていなかったかもしれない。でも彼女にとって家事でもない育児でもない、一人の時間が必要だったのではないかと私たちは思っています。ご飯も食べたいだけ食べられないし、お風呂もゆっくり入れないのは不憫です。涙が止まりません。先生! Aを私達の家に一時的に連れて帰りたいと思います」

夫に

「旦那さん、Aさんのご両親は、Aさんは実家に帰って来たら?とおっしゃっています。確かに今回は失神ということで来院されています。ただ、実際のところは心身ともに疲れて果ててしまったのではないかと私は思っています。いったんお子さんと一緒に実家に帰ってゆっくりさせてあげたらどうでしょうか?」
「そうですね。実は僕も同じことを考えていました。Aの姉は会社を経営していて、Aがパソコン操作ができたら雇用してくれるという話も出ています。僕の給料だけでは難しいけれど、共働きになれば3人で独立できると思います。それが一番の解決策ではないかと思います」
「そうですね。それはとても良いアイデアだと思います。実現までハードルはあるかもしれませんが、少しずつ努力をしてみてください」
救急医はAさんの担当保健師にも電話をした。

◆教育

研修医から救急医は質問された.
「先生のやっていることは医療ではないように思います。診療報酬には全く反映されないですよね? 家族の問題に医師がそんなに首を突っ込む必要があるのですか? かなり手間もかかるし……」
「そうですね。確かに私は余計なことをしてしまったのかもしれません。ただ、ERは現代の駆け込み寺の要素もあるのです。この患者さんを神経調節性失神と診断して、経過観察後に帰宅をしてもらうことはとてもシンプルです。ただ、彼女の社会的な状況はそれでは解決しません。Aさんは苦しくて苦しくて、誰かに助けてほしくて、やっとの思いで救急車で病院に来たのではないかと私は思いました。今日は幸いなことに他の患者さんもあまりいらっしゃらず、私が問題解決をすることができる状況でした。そうであれば診療報酬に反映されなくても、おせっかいでも、Aさんの家族のためにベストなソリューションをプロの救急医として提供したかったのです」

◆Disposition

Aさんはお義姉さんに会って謝りたいと言った。
「お義姉さん。ごめんなさい」とシンプルに謝って、赤ちゃんを受け取り、両家の話し合いの後に実家に帰られた。その時の安心した顔に救急医も安堵したのだった。

◆10代の母親になった皆さんの状況

東京都における調査の報告がある。
3歳までの家事や子育てについては、ほとんどを主に本人が行っており、子の父親の子育てへの参加が非常に少ないと言える。また経済的に厳しい状況がある。
医療者も社会の一員として問題の解決に臨む必要があると考えられる。

◆参考資料

東京都社会福祉協議会.10代で出産した母親の子育てと子育て支援に関する調査報告 概要.https://www.tcsw.tvac.or.jp/chosa/report/0309_01.html

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※このエピソードは実話ではなく、これまで経験した例をもとにしたフィクションです。


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