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インフルエンザと肺炎
正直言って、今年は本当に重症なインフルエンザに関連した肺炎に遭遇する頻度が多いです。
Xでも発信しましたが、埋もれさせておくのは勿体無い気がしたので、こちらに引用しておこうと思います。
インフルエンザ
— バン@内科医のジレンマ (@lostphysicianYB) December 28, 2024
今年は去年と比べてもFluに伴う肺炎、ARDSをみかけます
流行株がpdm09(α2,3型シアル酸への結合→下気道に分布)なのと、たぶんウイルス量が多いからなのかなぁと想像しています
感染対策が有効であることが、逆にCOVID-19pandemicで証明されたわけですが...
インフルエンザによるウイルス性肺炎(ARDS)も、二次性細菌性感染による肺炎もどちらもみかけます。肺炎が増えた理由が、昨年流行したA/H3N2(香港型)ではなくA/H1N1pdm09だったからなのかは分かりませんが、このウイルスが下気道へのウイルス増殖が多く、肺実質の直接的な障害をきたしやすいことは確かです。
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ウイルス性肺炎の場合と二次性細菌性肺炎では、典型的にはいくつか臨床的に異なる点があります。前者は目立った基礎疾患のない患者にもしばしば認められ、比較的急激に悪化します。CT所見では、びまん性陰影(すりガラス主体の場合もあれば、ベタっとした広範なConsolidationが目立つ場合もあります。
後者の多くは基礎疾患が背景にあり、典型的にはウイルスそのものの症状が一旦落ち着いてから発症します。ただ、COVID-19同様、比較的連続的に細菌性肺炎をきたすこともありますので、あくまで参考程度です。画像所見は気管支肺炎パターンをとることが多いですが、後述するように黄色ブドウ球菌の検出率が高く、これに伴う壊死性肺炎、肺化膿症を呈することもあり注意が必要です。
またFlu感染後に二次性に細菌性肺炎を発症することもしばしば認められます
— バン@内科医のジレンマ (@lostphysicianYB) December 28, 2024
一般的な細菌性肺炎と同様に肺炎球菌が多いのですが、黄色ブドウ球菌の検出率が増加することに注意が必要です
敗血症、稀に壊死性肺炎を発症し、1-2日の経過でいきなり「肺に大きな穴が開く」ことも経験します
— バン@内科医のジレンマ (@lostphysicianYB) December 28, 2024
本邦では少ないものの、市中獲得型MRSA(community-acquired MRSA: CA-MRSA)が原因となることも...
(=治療にバンコマイシンが必要)
高齢者...ではなく、比較的若年の成人で経験します
黄色ブドウ球菌による市中肺炎
インフルエンザウイルス感染後の二次性肺炎の大きな特徴の一つが、黄色ブドウ球菌の検出頻度の高さです。
通常、市中肺炎では黄色ブドウ球菌の検出頻度は2%程度(その多くが気道の定着で原因微生物であることはさらに稀)ですが、インフルエンザ罹患後の肺炎ではその頻度が増加します。もちろん最も分離頻度が多いのは肺炎球菌ですが、多くの研究で黄色ブドウ球菌が2番手に躍り出ています。
・肺炎例では肺炎球菌に次いで黄色ブドウ球菌が多い
また、黄色ブドウ球菌が検出された場合には死亡率が上昇する可能性が示唆されています。
つまり、インフルエンザ後の肺炎で検出される黄色ブドウ球菌は、単に検出されるだけでなく病態に影響している可能性が高いわけです。
私は「黄色ブドウ球菌は足場がなければ基本的に肺で感染を起こさない」と教えています。この場合の足場とは、挿管チューブなどの人工物、肺の構造改変、そしてインフルエンザやCOVID-19などによる気道粘膜傷害を指します。
治療
ウイルス性肺炎の場合には、多くの場合抗ウイルス薬、特にノイラミニダーゼ阻害薬(NAI)であるオセルタミビルやペラミビルを用います。
バロキサビルがダメということはなく、特にNAIのゴールデンピリオドを過ぎたと考えられる場合には機序から考えたら有効そうですし、両者の併用は早期にウイルス増殖を抑える可能性があるのですが、実際のところそううまくはいっていないようです。状況次第では選択しますが、少なくとも重症だから併用するということはしていません。
また現在重症市中肺炎に対するステロイド投与が推奨されていますが、ことインフルエンザウイルス肺炎についてはあまり効果的ではないようです。https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/30074052/
ただ、コクランレビューにもあるようにその証拠は観察研究が主体であり、十分な根拠を持ってステロイドが無効であるとは言い難いのも確かです。
基本的には用いませんが、ウイルス排泄を遅延させることがわかっていますので、Primaryであれ、二次性であれステロイドを使用する場合は抗ウイルス薬の併用が望ましいと考えます。
細菌感染が疑われる場合には肺炎球菌と黄色ブドウ球菌を想定したEmpiric therapyを計画します。全例でバンコマイシンが必要というわけではありませんが、最重症例や中枢神経感染の合併が疑われる場合、壊死性肺炎を疑う場合には投与を十分に考慮します。3番手くらいに検出率が高いH.influenzaeのカバーも合わせてCTRXを選択することが多いと思いますが、場合によってはこれにVCMを併用します。基礎疾患や既存の耐性菌リスクにもよります。やはり喀痰グラム染色は有用だと思います。もちろん侵襲性感染の検索のため血液培養も採取します。
近年の溶連菌(S.pyogenes)感染の増加は、インフルエンザとの重複感染を起こしても良いのになと思っていますが、今のところ重症例の経験はないです。ただ、溶連菌も稀に溶連菌肺炎を呈し重篤化することがありますので、頭の片隅に置いておくと良いかもしれません。
また日本では稀ですが、市中獲得型のMRSAによる肺炎の報告もありますので、注意したいです。
インフルエンザ感染後の重症二次性細菌性肺炎のMRSAについては、
どこよりもこれ↓が詳しいです。熱量がスゴイ(語彙力…)。
https://sakaiinfection.exblog.jp/30572431/
すでに発症から時間が経っている症例では必ずしも抗ウイルス薬の投与を行いませんが、重症度と患者の背景疾患(特に細胞性免疫)によります。この辺りの判断はいつも悩みます。
ウイルス量を減らすことが直接肺障害やアウトカムを改善しうるかというときちんと証明されていないわけですが、ステロイドが効きにくそうなところをみるに、ウイルス排泄が十分でないことのデメリットはありそうなんですよね。お気持ちになってしまいますけど、肺炎症例の多くは重症ですので、ある程度広めに攻めざるを得ませんね。
基礎疾患のない比較的若年者の命を奪うことも稀でなく、かからないに越したことはないです。マスク・手洗い・ワクチンといった基本的なことは自分とその周辺を守るために(可能な範囲で)継続していただきたいですね。