アミノ酸輸液とB.cereus菌血症
B.cereus
B.cereus(セレウス菌)とは
B(Bacillus).cereusは芽胞をもつグラム陽性桿菌で、大きく直線的(竹の節状と呼ばれる)に連鎖する特徴的な見た目をしています。
広く自然界に分布していますが、芽胞をもつことで高温や乾燥、消毒液に対して抵抗性を有しており、しばしばコンタミネーションが問題となります。
また食中毒の原因微生物としても重要です。
病院で最も問題となるのは医療関連感染症です。
洗濯されたリネン、タオルが汚染され、カテーテル類を介して菌血症や中枢神経感染症を引き起こし院内でアウトブレイクを生じることがあります。
その他、皮膚感染、眼感染や関節炎を起こすことがあります。
治療
食中毒の場合は対症療法が中心となります。
医療関連感染症では、まずそれが真なる感染かコンタミネーションかの判断が必要になります。菌血症の場合、2セット以上でB.cereusが検出された場合(または感染部位からの分離と合わせて)を真の菌血症(カテーテル関連血流感染症)と判断しますが、1セットでも臨床経過からB.cereusの関与が否定できない場合は再度培養検査を提出しつつ治療を開始することもあります。
B.cereusはβ-ラクタマーゼを産生するため、ペニシリン、セフェム系抗菌薬に対して耐性です。クリンダマイシンへの耐性株が多く、empiric therapyとしての選択は推奨されません。第一選択薬はバンコマイシンです。in vitroではカルバペネムやキノロンへの感受性を認めることもあります。
死亡率に関する報告はまちまちで、この辺りは背景疾患にもよるのかもしれません。
PMID: 26525185、PMID: 26370137、ID WEEK 2017 Abstract(Open Forum Infect Dis)
特に新生児では中枢神経感染症が問題となりうる、かつ死亡率も高いようです。
PMID: 37443518
β-ラクタマーゼ阻害薬に対して確実な効果が実証されておりませんので、繰り返しますが基本的にバンコマイシンの投与が推奨されます。不適切なempiric therapyによる死亡リスクへの関与に関しては報告によりまちまちです。やはり基本的にはそれほど病原性が高くなく、臨床分離株や患者背景に左右されるのではないかと思っています。
B.cereus菌血症のリスクファクター
先行する(広域)抗菌薬投与
広域セファロスポリンの先行投与がリスクの1つとされています。
PMID: 25110299
カテーテル留置・点滴
当然ながら汚染されたものが血流感染症を引き起こすためには、皮膚と血液をバイパスするもの、すなわち点滴の存在が必要です。
先程の文献(PMID: 25110299)では中心静脈カテーテルがリスクの1つとされていました。
また以下で詳しく述べますが、B.cereusが問題となりやすいのは特に末梢留置型のカテーテルです。中でもアミノ酸製剤の使用との関連が特に注目・強調されています。
PMID: 28596019
季節・リネンや入浴
B.cereus菌血症については特に本邦含む東〜東南アジアでよく調査されているのですが、なぜか夏に増えます(PMID: 27010814)。
その理由として夏を中心としたタオル・リネン類の使用があるのかもしれません(PMID: 37082737)。
アミノ酸製剤の使用とB.cereus菌血症
末梢静脈栄養はB.cereus菌血症のリスクファクターである
アミノ酸製剤を中心とした末梢静脈栄養とB.cereus菌血症発症との関連については複数の症例対照研究において明らかになっています。
PMID: 26902219、PMID: 28596019
末梢静脈カテーテル関連血流感染症でB.cereusが目立つ理由の1つは、pHが低い中心静脈栄養製剤でB.cereusの発育が乏しい一方で、中性に近い末梢静脈栄養製剤ではB.cereusが増殖しうることだと考えられています。
PMID: 20107529
確かに質の高い研究は少ないのですが、アミノ酸製剤の輸液がB.cereus菌血症のリスクであることは揺るぎない事実のようです。
投与時間の上限 6時間?8時間?
島根医学検査 40巻1号 Page19-23(2012.06)
こちらが上限6時間とする根拠の一つのようです。
また医療 (国立医療学会誌)という雑誌にも同様の検証がありました。
https://iryogakkai.jp/2021-75-03/207-12
こちらは、8時間が上限ではないかとする報告です。
PMID: 31047689
いずれの研究も、アミノ酸輸液製剤に直接菌液を加えて何時間でB.cereusの増殖を認めたかという実験を行い、上記の推奨時間を提案しています。
注意すべきなのは、アミノ酸輸液の交換頻度(点滴速度)とB.cereus菌血症との間の関連を直接検証した報告はないということです。ただし、いくつかの施設で糖+アミノ酸製剤の輸液投与時間に関する介入が行われ、前後比較で菌血症が減ったと報告されています(介入は点滴投与時間だけでなく、手指衛生やリネン類などケアバンドルとして複数の介入が行われていることに注意)。
少なくとも理由なく12時間、24時間投与を漫然と続けることは避けた方が良いのかもしれません。
B.cereusの感染が成立するためには、1)リネン類など環境の汚染、2)人の手やタオルなどを介した伝播、3)点滴製剤の汚染が必要なのでしょう。
実際、アミノ酸製剤以外の点滴でもB.cereusの菌血症は多く報告されておりますので、製剤の選択や投与速度だけでなく、まずは手指衛生を含む一般的な末梢カテーテル管理が重要です。特に点滴製剤に薬液を混注する場合には注意が必要でしょう。
末梢静脈カテーテル感染を予防するためのケアバンドル
では、どんな場合に末梢静脈栄養を選択すべきか?
末梢静脈栄養で得られる栄養は…
末梢糖・アミノ酸製剤にはプラスアミノ®️、ビーフリード®️、ツインパル®️、パレプラス®️などがあり、この他エネフリード®️(アミノ酸+脂肪製剤)があります。通常、210kcal/500ml程度(エネフリードは310kcal/550ml)のカロリーと水溶性ビタミン(多くはビタミンB1)を含むのみであり、これで完全な栄養の代替とすることは困難です。
840kcalの投与に2000mlも必要ですから、これに抗菌薬などの投与を行うと特に高齢者では過剰な水分負荷となってしまいます。
(そもそも適応外ですが)中心静脈から末梢静脈栄養製剤を投与することは、過剰な水分投与と感染リスクといったデメリットがあり、お勧めできません。たまに見かけますが…。
また注意すべきこととして、含まれているチアミン(ビタミンB1)は必要量を十分に含んでいないため、ビタミンB1不足が想定される場合には別に補充を行う必要があります(注:パレプラスはチアミン含有量が多い)。
末梢静脈栄養が必要な場合とは
経口摂取が不可能または不十分な状態というのが代替栄養を要する状況ですが、その中で末梢静脈栄養が必要な場合とは、逆に言えば経管栄養や中心静脈栄養を躊躇する場合でしょうか。
例えばあと数日以内に経口摂取の再開が可能な場合、経管・経口摂取をしているがカロリーがやや不足するのに対してまだ増量が困難な場合などがあるでしょうか。
判断が難しい「誤嚥性肺炎」
疾患や老衰としての終末期である誤嚥性肺炎に対して、経口摂取ができないから末梢静脈栄養を行うということはデメリットでしかなく避けるべきと考えますが、この境界線は案外あいまいなものです。未診断・未介入の誤嚥の原因となる疾患を治療することで嚥下機能がいくらか改善することもありますし、適切な形態と訓練を経て安定した経口摂取を再開できることもあります。
低栄養状態はリハビリの足枷となるため、早期から可能な限り栄養療法を試みるわけですが、胃管は嚥下機能・リハビリの障壁となりますし、かといって全例に中心静脈栄養を行うことも(施設間でPICCのハードルが異なるので一概には言えませんが)現実的ではありません。
個人的には肺炎の治療、嚥下評価や個人、家族の考え方を確認する期間をいわゆるTime-Limited Trialとして、この間に栄養補助として末梢静脈栄養を行うことはありだと考えています。
まとめ
B.cereusは末梢静脈カテーテル関連血流感染症を引き起こす。背景疾患や合併症にもよるが、死亡率はそれなりに高い
治療は基本的にバンコマイシンを選択する
発症リスクとして、先行する抗菌薬投与の他、重要なものとしてアミノ酸製剤の使用がある
アミノ酸製剤の投与速度と感染リスクには関連があるかもしれないが、十分に検証されていない
先行してリネン類などの汚染、手指などを介した伝播があり、まずはカテーテル感染リスクを軽減することが重要
アミノ酸製剤が「悪」なのではなく、末梢静脈栄養を適正に使用することが何よりも重要だろう
ただ、何を持って適正とするのかは案外難しい
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