第118回医師国家試験(感染症)その1
今年も2/3-4に第118回医師国家試験が行われました。傾向をつかんでおいて、学生教育に活かそうと毎年ざっとみています。また実臨床に役立つかたちに昇華できればと思い、感染症分野について少し解説を加えてみようと思います。
梅毒(118A-10、118B-37など)
梅毒とは梅毒トレポネーマ(Treponema pallidum)による多彩な症状を呈する感染症です。
元々出題傾向のある感染症ですが、昨今の梅毒感染者増加は当然影響しているものと考えます(その他婦人科領域や泌尿器科領域、母体胎児感染関係で小児科など分野をまたがるのでこの辺は重要ですね)。
また5類感染症ですので、新規に診断した場合には7日以内に届出が必要です。
参考:国立感染症研究所 梅毒とは
https://www.niid.go.jp/niid/ja/kansennohanashi/465-syphilis-info.html
梅毒の病期
まず病期をおさえておきます。
【早期顕症梅毒 Ⅰ期(感染から3週間程度)】初期硬結、硬性下疳など感染局所症状(通常は性器周囲ですが、オーラルセックスでも感染するので注意)が主体です。無痛性が有名ですが痛いこともあります(有痛性の場合、ヘルペス重複感染も注意)。
【早期顕症梅毒 Ⅱ期(I期から1-3ヶ月程度】全身に多彩な症状が出現します。バラ疹が有名ですが、皮膚所見も多彩です。発熱や倦怠感、全身性リンパ節腫脹といった全身症状の他、さまざまな臓器症状が出現しうるので、非特異的な症状・所見、よくわからない皮疹をみたときに鑑別リストの中に梅毒を入れておくことは重要です。
これらの症状は自然に改善し、無症候化します(潜伏梅毒)。
I・II期は最も感染性が高く、少なくとも感染から1年程度は性行為によって(あるいは粘膜接触があれば)感染しうるので、特にパートナー(特定・非特定)への情報提供は大事です。このため感染から1年以内と考えられる場合には、早期潜伏梅毒と呼びます(1年以降は晩期潜伏梅毒)。
【晩期顕症梅毒】感染後数年〜数十年が経過して皮膚や臓器症状を呈します。ゴム腫が有名で皮膚や骨に形成されますが、それが臓器に現れると心血管梅毒(大動脈瘤や大動脈弁逆流など)、晩期神経梅毒(脊髄癆や進行性麻痺など)を生じます。感染からの時間経過があり、この間に何らかの抗菌薬投与を受ける可能性があるので現代では稀と考えられていますが、感染から数ヶ月で発症するケースも稀ながら存在しているので、やはり早期発見・治療が望ましいですね。
【神経梅毒】晩期梅毒で多いのですが、早期梅毒でも神経症状を呈することがあり、現在は病期に関わらず発症しうるものと理解されています。何らかの神経症状(早期では髄膜炎や脳梗塞など)を認める(±梅毒陽性)場合には、髄液検査が必要です。
【先天梅毒】梅毒に罹患した母体から胎盤を介して胎児に感染します。母体の病期は問いません。早期先天梅毒では生後数ヶ月(3ヶ月程度)以内に手足の水疱性発疹、斑状発疹、鼻および口の周囲やおむつの当たる部位の丘疹状皮疹など皮膚症状に加え、全身性リンパ節腫脹、肝脾腫、骨軟骨炎、鼻閉などを呈します。晩期先天梅毒では、生後約2年以降にHutchinson3徴候(実質性角膜炎、内耳性難聴、Hutchinson歯)などを呈します。
妊娠梅毒による垂直感染は感染後5年間リスクを有します。日本でも近年先天梅毒が増えており、産婦人科、小児科(+感染症医)のスムーズな連携が重要です。
梅毒の検査、プロゾーン現象
非トレポネーマ試験(STS,RPR,VDRL)とトレポネーマ試験(TPLA,TPHA,CLEIA,FTA-ABS)があります。
・非トレポネーマ試験:スクリーニングとしても用いられます。治療後に低下するので、治療効果判定、再感染判定に用います。
・トレポネーマ試験:梅毒であることの確定試験です。治癒後も陽性が持続するので治療効果判定には用いません。
・生物学的偽陽性:非トレポネーマ試験のみが陽性の場合にはこれであることが多いです。有名な抗リン脂質抗体症候群のみならず、様々な慢性炎症性疾患、肝疾患、妊娠や高齢などでも生じうるので注意です。
稀にトレポネーマ試験でも偽陽性をきたすことがあります(数値は低いですが)。悩む場合には少し時間を置いて再検査(それぞれ別の検査にするものあり)します。
・プロゾーン現象:高力価の抗体による抗原抗体複合体の凝集が阻害され、凝集試験が陰性(偽陰性)となる現象です。トレポネーマ試験陽性にも関わらず、非トレポネーマ試験が陰性または低値の場合には希釈して再検査する必要があります。ちなみにトレポネーマ試験でも稀ながら偽陰性になることがありうるので、とにかく悩んだら再検査です。
感染早期では陰性判定されることがあります(<90日)。パートナーに症状がなく検査が陰性でも、感染成立から90日以内であればパートナーに対して治療を行った方が良いです。
また他のSTDs(HBV、HCV、HIV、淋菌、非淋菌性病原体など)についても、追加検査を考慮します。
治療
早期と後期、神経梅毒の有無で変わります。
・早期(I・II期、早期潜伏)
1)ベンザチンペニシリンG 筋注 2400万単位(ステルイズ®️) 1回 筋注
2)AMPC(500mg)+プロベネシド(500mg) 1日4回 14日間
(本邦だとAMPC(1g) +プロベネシド(250mg) 1日3回も代用される)
3)DOXY(100mg) 1日2回 14日間
・晩期
1)ベンザチンペニシリンG 筋注 2400万単位(ステルイズ®️) 1回/週 x3 筋注
2)AMPC(500mg)+プロベネシド(500mg) 1日4回 28日間
3)DOXY(100mg) 1日2回 28日間
・神経梅毒
1)ペニシリンG 静注 2400万単位/日 10-14日間
2)ペニシリンアレルギーの場合:CTRX 2g/日 筋注or静注 10-14日間
(晩期の2),3)も代替治療として考慮される)
妊婦についても病期に合わせてベンザチンペニシリンG 筋注を行いますが、出産30日前までに治療を完了し、できれば治療効果判定できる程度に抗体価が低下していることが望ましいとされています。
1)ペニシリン以外で治療
2)治療後30日以内の出産
3)出産時に感染徴候
4)出産時の抗体価が治療前の4倍(低下していない)、児の抗体価が高い
以上のいずれかを満たす場合には、母体治療が不十分であり、児の追加評価や治療が必要になります。
詳細は先天梅毒診療の手引き2023を参照
https://www.niid.go.jp/niid/ja/typhi-m/iasr-reference/2617-related-articles/related-articles-526/12418-526r07.html
・Jarisch-Herxheimer現象(初回投与後2時間前後に生じる発熱や発疹)の説明を行うこと。対症療法としてアセトアミノフェンを投与しますが、鑑別としてのペニシリンアレルギーには注意です。JH現象により梅毒臓器症状(心血管、眼など)が増悪することが強く懸念される場合に予防としてステロイドを用いることも考慮します。
治療効果判定
2-3ヶ月で低下しないといって紹介されてくることが多いのですが、早期梅毒では1年以内、晩期梅毒では2年以内に非トレポネーマ試験結果が1/4以下になることとされていますので、(アドヒアランスの問題や再感染がないか追加問診はしながらも)気長に待ちます。その他、HIV合併では低下しにくいので(未精査なら)追加検査を行なったり、症状があれば神経梅毒の可能性を考慮します。
経過中に4倍以上に増加した場合には再感染を考慮します。
梅毒だけで盛りだくさんになったので、続きはその2へ。