EPIC カンファレンス 2023 in Chicago 続編
前回の記事に続けて、EPIC(Ethnographic Praxis in Industry Conference)というカンファレンスの参加レポートをお届けします。
EPICとは、世界中のエスノグラファー、リサーチャー、デザイナー、マーケターなど、人間行動と文化への深い理解を背景としたエスノグラフィック的なアプローチに携わる人々が集まるカンファレンスです。
EPICの概要についてお知りになりたい方はこちら
時間が経つとどんどんそこでの学びを忘れて言ってしまうため、備忘録として残しておきたいと思います。
摩擦がないところにイノベーションは起きない
前回の記事でも触れたように、今回のテーマは「Friction(摩擦)」。イノベーティブなことに挑戦する時には、他者との関わりが生まれる。クライアント、パートナー、生活者、デザイナー。それぞれの思惑は違うことも多く、そこに多少なりとも軋轢や摩擦はつきもの。また大企業や公的機関で人間中心デザインを進めようとした時には個人的な問題を超えて、組織的な壁にぶち当たる、そういった意味での摩擦もある。
ただこのカンファレンスで感じたのは、摩擦をできるだけ避けようとし、「ことなかれ」で物事を進めようとすることだけが道ではない。その摩擦を生産時なものとして、効果的に、味方につけることも必要。例えばちょっとしたトラブルがあったとしてもそこから学びや教訓が得られたのであればそれは「Good Trouble」となり得る。
エスノグラファーはAIとの闘い・共存の仕方を模索している
AIがあれば定性リサーチなんてもういらなくなるのでは。確かにそうかもしれない。例えば「30代東京在住でこれから家を買う予定のペルソナは?」と聞いたら、それらしい人物像を一瞬で弾き出してくれる。
だからといってエスノグラファー自身がAIを毛嫌いし、全否定していた、という訳ではない。AIがあることは前提として、エスノグラファーが人間として大切にすべきことは何なのかを模索しているという状況に見えた。
AIにはないものとは? 人間らしい敬意や共感
人間として大切にするものの一つに、人に対する敬意や共感、差別的な視点の排除があるのではないかといくつかの話を通じて感じた。
印象的だったのはGoogleでのML(機械学習)担当者の方の話で、AIが読み込む情報にもしも差別的な前提情報が含まれている場合、私たちがそれをチェック機能なしに使い続けることで、差別的な観点が強化されるリスクがあるということ。
無意識的な差別は、日常にひっそりと入り込んでいる。過去の事例として、あるカメラメーカーのエンジニアが、カラー写真のためにある白人女性の肌色を基準に色彩スペクトラムを作成したという。その肌色を「普通の肌の色」として取り扱う。そうした時に、その登壇者の黒人の女性は、「私の肌の色はどう扱われるの?」と感じたという。
また、2016年のある論文では、濃色の肌色の人が写真を撮るとより暗く写るという技術的なバイアス(顔認識ソフトウェアは濃い肌色を検出しにくく、それが問題を引き起こす可能性がある)が指摘されたらしい。そうした顔認証の誤差により、無実なのに逮捕されてしまった人の例には驚いた。
AIも同じく、読みこむ情報に影響を受ける。AI自身が人権的な配慮・ダイバーシティの配慮をすることはできない。
AIと付き合う時に差別的な観点が入り込んでいないか注意する
リサーチやプロジェクトを推進する手段として、AIを効果的に組み込むことはやっていくべきだが、そこに関わる多様な人の視点から、無意識的なバイアスによる偏りがないか、そのことにより誰かが不利益を被ることになっていないかを注意深く見た上でのプロジェクトプランが必要になる。
また今回、Googleでは差別的な観点が機械学習の過程で強化されていくことがないように、チェック体制を作られているということを初めて知った。
デザイナーのように考え、人生も豊かなものにしていこう
もう一つの思い出は、デザイン・コンサルティング会社Panorama InnovationのKelly Costelloさんが提供している「Designing Your Life Workshop」に参加したこと。デザイナーのように考える方法を、仕事のためだけではなく、自分の人生を良くするために使っていこうという考え方が新鮮だった。
ワークショップのスタート時には、下記のようなマインドセットを紹介されていて、今後ワークショップを進める際に活用できそうだと感じました。
ワークの前半は自分の今の状況について振り返り、何が自分にとって夢中になれること・エネルギーを満たしてくれることで、逆に何がエネルギーを奪い去ることなのか、自己認識する。
そうしたアクティビティログから、自分についてのインサイトを得る。自分が毎日の生活や人生で大事にしたいこととは何なのか。
また、ここが面白いところで、自分の「Limiting belief」について考えてみてと言われる。「Limiting belief」=自分で自分に課している足かせのような考え。例えば、「たった1つの正しい答えを思いつかなければならない」 など。
次には、その「Limiting belief」を違った観点から眺めて、リフレームすることで乗り越えることができないかを考える。例えば、「多くのアイデアが出てきたっていい。それによって、あらゆる可能性を探索できる」など。
そうして自分に制限をかけていた信念や、その乗り越え方を把握できた上で、自分が今後やりたいことについて改めて理想の姿を想像する。
(きっと、「Limiting belief」が解けないまま自分の理想の姿を書いたとしても、何となく想像できてしまう、それまでの自分の延長線上にあるような姿に陥ってしまいやすいのだと思う)
そしてここまでできたら、最後にいわゆる5年年表のようなもの書くが、同時に、あらかじめ用意されたグッズやツール類を使って、自分の理想の姿を、コラージュ的に表現する。最初はえー、できるかな…と戸惑うが、何気なく物を組み立て、手を動かしているうちにぼんやりと自分のイメージが可視化されていく。
こうしたジェネレイティブアイデアセッション(生成的アプローチ)は、弊社とも親交のあるLiz Sanders氏のCo-creationから学ばせていただいたものとかなり近いと感じた。「現在→過去→未来」という大きな流れの中で、ツールの力も借りながら創造性が解放され、自分の本当の「夢」に近いものにたどり着く。重要なことは、自分で自分を縛っているルールや前提を「リフレーミング」で超えていくこと。
長くなりましたが、最後までお読みいただきありがとうございました。今回の渡米&カファレンス参加は、家で悶々と仕事をしているだけでは気づかなかった視点を得ることができ、とても有意義でした。たまにはこうして自分のいる場所から外の世界で情報を得て、自分の取り組む仕事の意味を見直していきたいと思います。
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