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時間を含む「変」なるものとしての情報-現代社会における医療情報との向き合い方-

地域医療ジャーナル 2021年6月号 vol.7(6)
記者:syuichiao
薬剤師

 新型コロナウイルスの感染拡大とともに、膨大な情報が様々なメディアを通じて発信されました。中には根も葉もないデマ情報も拡散され、社会的な混乱を招いたことは記憶に新しいと思います。例えば、感染拡大の初期ではトイレットペーパーやティッシュがドラックストアの店頭から姿を消しましたよね。

 医療現場でもまた、「新型コロナウイルス感染症に効果が期待できるかもしれない……」という理由だけで、いくつかの医薬品に関心が集まり、当該製品に出荷制限がかかるという事態が引き起こされました。むろん、医薬品については根も葉もないデマ情報ではなく、症例報告や動物実験など、事実に基づく情報の影響でしたが、その後に有効性に対して懐疑を投げかける質の高い研究結果が報告されても、状況はそう大きく変わっていません。

 例えば、疥癬治療などに用いられる駆虫薬、イベルメクチンという薬は2020年11月に報告されたシステマティックレビュー【1】において、新型コロナウイルス感染症に対する臨床的な改善が示唆されていました。当然ながらイベルメクチン製剤であるストロメクトール錠にも注目が集まり、製品の出荷制限がかかるという事態に至りました。しかし2021年3月、米国医師会誌に掲載されたプラセボ対照ランダム化比較試験【2】においては、プラセボに対するイベルメクチンの有意な臨床的改善は示されませんでした。それでもなお、ソーシャルメディア上ではイベルメクチンの有効性に関する話題が散見されるという現実があります。

 また、新型コロナウイルス感染拡大の初期においては、吸入ステロイド薬のシクレソニドが話題になりました。新型コロナウイルス感染症の患者に対して、シクレソニドを吸入させたところ、良好な経過が得られたとする3例の症例が日本感染症学会【3】より報告されたからです。症例報告は因果関係を論ずる上では決して質の高い情報ではないものの、シクレソニド吸入薬のオルベスコには出荷制限がかかってしましました。

 医薬品ではありませんが、二酸化塩素を放散することで空気中に存在する菌やウイルスを除菌できるとする商品、いわゆる空間除菌グッツも広く関心を集めました。コロナ禍で小売売上高が低迷する中でさえ、空間除菌グッツの販売は好調のようです。同製品を扱う大幸薬品株式会社の2020年12月期決算報告書【4】を見ると、前年同期比は売上高1.6倍、営業利益1.7倍と、大きな増益増収となっています。同社の主力製品である正露丸の売り上げが前年同期比でマイナスであるにも関わらず、これほどの収益を上げることができたのは、やはり空間除菌グッツ、クレベリンの影響でしょう。クレベリンの売上高は前年同期比で実に115.8%を記録しました。

 大幸薬品株式会社はまた「エビデンスに基づくマーケティング」を掲げており、二酸化塩素による除菌効果を検討したいくつかの研究論文を引用しながら製品プロモーションを行っていることが印象的【5】です。Evidence-Based Marketingというわけですから、まさにEBMなわけですけども、引用されている論文の多くが実験室での研究結果や動物実験を用いた研究、あるいは観察的研究であり、実生活における影響度を検討したランダム化比較試験は皆無です。むろん新型コロナウイルスに対する二酸化塩素除菌製剤の感染予防効果を検討した研究も今のところ存在しません【6】。それにも関わらず売り上げが伸びたということは、情報の質や正しさと、人の生活への影響度に明確な関連性がないことを示唆しています【7】。

 このことはまた、デマ情報で社会混乱をきたしたことや、イベルメクチンやオルベスコを巡る一連の研究報告と製品の出荷制限という状況にも裏打ちされているように思います【図1】。少なくとも正しい情報に基づく合理的な意思決定などといったものが、はっきりわかる仕方で機能していないことは事実でしょう。今回は、こうした実情を踏まえ、現代社会における情報との向き合い方について考察してみたいと思います。

図1

【図1】情報の正しさをめぐるグラデーションと社会への影響

 【参考文献】
【1】 J Pharm Pharm Sci. 2020;23:462-469. PMID: 33227231
【2】 JAMA. 2021 Apr 13;325(14):1426-1435. PMID: 33662102
【3】 COVID-19 肺炎初期~中期にシクレソニド吸入を使用し改善した 3 例
https://www.kansensho.or.jp/uploads/files/topics/2019ncov/covid19_casereport_200302_02.pdf
【4】大幸薬品株式会社2020年12月期(FY2020)通期(4-12月)連結決算報告
https://ssl4.eir-parts.net/doc/4574/ir_material_for_fiscal_ym1/95617/00.pdf
【5】大幸薬品株式会社2020年12月期(FY2020)第2四半期(4-9月)連結決算報告
https://ssl4.eir-parts.net/doc/4574/ir_material_for_fiscal_ym1/89573/00.pdf
【6】Rev Peru Med Exp Salud Publica. Oct-Dec 2020;37(4):605-610. PMID: 33566898
【7】 そういう意味ではEvidence-Based Marketingを掲げなくても空間除菌グッツは売れたのかもしれません。投資家に向けた後付けのアピールに過ぎないという側面も少なからずあるでしょう。


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