思いを伝える文章を書くこということとAI
最近、一般社団法人戦災復興支援センター(略称:WDRAC/ワドラック)で文章を書いていました。
もう少ししたら改めてお知らせしたいと思うのですが、今度WDRACでクラウドファンディングをします。
クラファンはこれまでにも何度か行ってきているのですが、支援先と近況や現状などを情報共有したうえで、必要に応じて大きな金額を支援したいときにスポットとして行ってきました。
今回は、現在ウクライナ南東部へ物資支援を行っているアンサングヒーローへ支援を行うためのクラファンです。
今回、このクラファンのための記事を書いているのですが、WDRACとしては直接現場で支援活動をしている人とオンラインで話したりしているのでその思いを汲んで「よし、支援金集めてみるね!」という流れがあり、共感もサポートもしやすいです。
ですが、クラファンとして広く呼びかける場合には、そういう繋がりがない人に向けて寄付や支援をお願いしていかなければなりません。
そのために、何を、どこまで、どうやって文章にして伝えるか。
現場の状況や声を伝えること。
またそんな現場の人たちを「支援したい」と思っている「私たち」の思いを伝えること。
ここになかなかのエネルギーを使いました。
一旦ある程度形にしてしまえば、周りの意見ももらいやすいし調整していくだけなのですが、スタートが大変で。
自分なりに、まあまあのエネルギーを注いだので、途中で、
「これってAIに書いてもらったらどうなんやろか・・」
という思いもよぎるのですが、こういう「思い」をAIに汲んでもらって文章を生成してもらう、ということ自体が、なんか難しいし自分の気持ちが入らんな。。と思ってできませんでした。
ちなみに、タイトルに関してはAIに投げてみたりもしたんですが、なんか私の心には響かず・・でした。使いこなせてないだけかもしれないけど。
こういう流れを通して、「書く」ということは今後「AIに置き換わっていく」という話もありますが、私たちが「思いを伝えたい」というとき、どれだけAIがそこを汲取ってくれるのだろう。というところが、なんとなくすごく気になりました。
もしかしたら、こういう部分に置いて私たちが言葉を綴る価値はまだ残っているかもしれないし、この辺すらも何とかしてくれるすごいAIが今後発達していくのかも知れません。
いずれにしても。
そんなこんなで書き上げた文章を内輪で見てもらったりする中で
「この表現いいね」
と言ってもらえると、単純に嬉しく、頑張って書いてよかったなあ。という気持ちになるので、こういう部分に置いて、私は書くのが好きだし、書いてよかったな。と思えたということは自身の経験として覚えておきたいと思います。