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国語の先生


今日こそ死んでやると思った。


信号がチカチカと点滅する。制服のスカートがゆらゆらと真冬の風に揺られる。周りにはちらほらと人がいて、みんなそれぞれの今日を送ろうとしている。
そんな中、私はまさに今命を絶とうとしているのだ。

信号が赤になって、青になって、黄色になって、赤になる。一体ここに何時間にいるつもりなんだろう。自分で自分に問うてみる。もちろん返事なんてないけれど。
過ぎていく人達はみんな楽しそうに笑っていたり、恋人同士で手を繋いで微笑みあってたり。みんな楽しそうで羨ましいな。まだ朝なんだけど、とそばにある小石を右足で蹴った。

私にだって、笑い合う友達や、家族、大切な恋人だっている。でも、満たされない。全く満たされないのだ。友達といたって繕った自分の笑顔が気持ち悪い。家に帰れば父親が酒を飲み大声を出す。大好きな恋人には俺に勝てるところはあるのかと笑われ、2年記念日もすっぽかされた。


満たされないのなら死にたい。
そう思い始めたのは最近の話ではなかった。
でも今日まで生きてきただけ十分だと思う。
そして私は今日死ぬ。そう決めて朝家を出た。母と最後の会話を交わし、お気に入りのマフラーを巻き、3年目を迎えるローファーをはいて電車に揺られてここに来たのだ。


段々と人数が減ってきた。
そろそろ頃合いだな、なんて思って私はしゃがんでいた体をなんとか起き上がらせて、一歩、また一歩と歩みを進める。その一歩一歩が確実に私を死へ導いているのを感じながら。



この道は車の運転が荒く、どの車も音を立てて私の横を通っていく。私はその音を聞きながら信号の前に立った。


信号はたしかに赤だった。
でも関係ない、私は横断歩道の白線に足をかけた。



パーーーーーッ!!!



車のクラクションの音が聞こえる。


やっと死ねる、満たされない自分を終わりにできる、これで楽になれる。
そっと目を閉じた。











何考えてんの!!!!!!











おかしい。
死んだと思った私の体は、道路の脇にいて自分でも分かるくらい震えていた。


私の横には、見慣れた顔がある。
それが誰なのか判別できるようになるまで数秒かかった。国語の先生だった。
クラスの担任でもない、あまり関わりもない、ただ国語だけを担当してくれていた先生。
先生は顔を真っ青にして私を見ていた。
その顔は怒っているのか、泣いているのか、その時先生が何を思っていたのかは分からない。
すると、先生が無言でハンカチを渡してきた。なぜハンカチ?と思ったが、どうやら無意識に涙を流していたようだった。

先生は何も言わずに隣に並んで歩いた。
私はその間、先生のハンカチを握りしめてずっと泣いていた。
暫くして先生が、空を見上げて話し始めた。

まぁさ、色々あるだろうけどさ、あんた頑張ってるよ。いつも人一倍メモしてノート友達に見せたりさ、真面目に私の話聞いてくれたりさ。私にとって、あんたは必要な人だよ。



“必要”



その言葉が胸に響いた。私は誰かに必要とされている。私を必要としてくれる人がこの世には存在する。妙に満たされた。

私は誰かに必要とされたかったんだ。友達に代わりがいるなんて思われたくなかったし、
暴れる父やそれに抵抗しない家族にもどうしても必要とされたかったし、恋人にも対等な関係で私を必要と感じて欲しかった。

私を必要だと面と向かって私に伝えてきたのはこの先生が初めてだった。たった一人。
だけど、私はそれでよかった。
一人でも私を必要としてくれる人がいる世界は、いつも見る世界とは別物だった。




その日の帰り、担任の先生が私を放課後残らせて話を聞いてくれた。包み隠さずに気持ちを曝け出した。今だからこんなに淡々と話せるけれど、あの時は話もまとまってなくて顔も涙でぐちゃぐちゃだったと思う。それでも、担任の先生は一緒に泣きながら話を聞いてくれた。

家に帰ると、母がいつもと様子の違う私に気付いて話を聞いてくれた。母も涙を流しながら私を強く強く抱きしめた。


なんだ、自分がずっと欲しかったものは思ったより身近にあったんだ。なんとなくそんなことを思った記憶がある。それ以来、私は自分で死のうなんて思わなくなった。


私が今生きているのは、あの先生が守ってくれたから。私は生かされた。あそこで人生が終わっていたら、私はきっとこの話を誰かにしようとなんて思わなかっただろうし、そもそもできなかった。

命は尊い。そんなの頭では分かっている。
でも、自分を消してしまいたくなるくらい追い込んでしまう時もある。もしかしたら、これを読んでいる誰かもそうかもしれない。
満たされなくて、辛いかもしれない。
今がたまたまその時期なだけ。辛いことがあれば逃げちゃえばいい。満たされないのなら、他のことで満たしてしまえばいい。何もやる気が起きないのなら何もしなくたっていい。自分をたくさん甘やかしていい。
ただ、死ぬのだけはお勧めできない。死んだら、大好きな物も食べられない。大好きな音楽も本も友達も家族も恋人も全部全部二度と触れることができなくなる。
本当に望むものは死では手に入らない。

大丈夫。生きてりゃいいことあるよ、なんて言葉あるけど本当にいいことあるよ。なんせ経験者が語ってるんで。(?)
もっと人生気楽に生きていこう。自分のペースで焦らずにね。あなたを必要としてくれる人は必ずいるからね。私がその一人だということを忘れないでね。

国語の先生が生かしてくれたこの命で、私は一人でも多くの人を全肯定したいな。なんてね。











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