武蔵と小次郎、小次郎視点
*以前書いて一部好評だった「武蔵と小次郎」の小次郎主役編です。武蔵編も加筆修正中。完全にフィクションです。
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舟島で武蔵と戦うことに決まり、小次郎も武蔵の情報を弟子に集めさせた。
武蔵の活動は武名を売るための派手なものだったので、情報は容易に手に入った。
小次郎「派手に活動していたのが仇になったな。戦う前から貴様のことが手に取るようにわかるぞ。こちらはこの対決に勝てばその武名をそのまま上回ることができる。彼奴には私の踏み台になってもらおう。」
弟子の持ってきた報告を聞きながら、小次郎が最も気にしたのは吉岡一門と武蔵の一乗寺下り松の戦いであった。
弟子「先生、いかがなさいました?先生と武蔵との対決は1対1、このような多人数相手の戦はさほど重要ではないのではないですか?それよりも、宝蔵院や宍戸との1対1の戦いこそ重視すべきでは?」
小次郎は黙って首を振った。
小次郎「武蔵が単に剣を良く使うだけの男であれば、恐れはしない。私とてその様な者は多数倒してきた。宝蔵院や宍戸との戦い以上に吉岡一門との戦いにこそ、彼奴の本質が出ているのだ。」
弟子「と、おっしゃいますと?」
小次郎「不利な戦いを前に彼奴は周到に準備をしている。地形を事前に調べ、吉岡一門の布陣を予測し、待ち伏せをしておる。」
弟子「ははあ、私には単なる卑怯者にしか見えませぬが。」
小次郎「吉岡の態勢が整わぬうちに不意打ちを行い、年端もいかぬ当主を容赦なく斬り、まっさきに名目上の勝利を手に入れている。勝利条件を最短距離で達成しておるのじゃな」
弟子「卑怯な上に残忍なヤツです。」
小次郎「さらに細いあぜ道を逃げながら戦うことで1対多数を1対1の乗算(掛け算)に変換して見せた。後退防御というものだが、こうすることで自分への致命的敗北の事態を避けておる。彼奴は戦う前からこの心算があったとみた。」
弟子「剣士の風上にも置けませぬ。」
小次郎は深くため息をついた。
小次郎「では、聞こう。武蔵と吉岡一門、戦う前にはどちらが勝つと思われていた?」
弟子「それは、吉岡一門でしょうな。」
小次郎「そうだ。圧倒的に強かったのは多人数で火縄銃まで用意した吉岡一門であった。大義名分をもって武蔵を戦いに引きずり出したところまで含め、戦略的優位は吉岡一門にあったのだ。これが宝蔵院や宍戸との戦いとあきらかに違うところだ。だが、勝ち残り、今も生きているのは武蔵だ。」
弟子「とはいえ今一度同じ勝負となれば吉岡一門の勝利は動きませぬ。あのような卑怯な手は幾度も通じるものではありますまい。」
小次郎「それでも、今一度吉岡一門との勝負となっても武蔵は策を弄して勝利を手にするであろう。」
弟子「そうそう策を思いつくものでもありますまい。」
小次郎「どうにも策が思いつかぬならば逃げるであろうな。一度きりの命がけの戦い、二度目は無い。その意味では今度の巌流島決戦もそうだ。」
弟子「先生は武蔵を買いかぶり過ぎです。不安になることばかり言わないで下さい。」
小次郎「ということは、今回も彼奴は私に探りを入れているに相違あるまい。」
自分の思考に没頭してしまった小次郎に弟子はおずおずと声をかけた。
弟子「それでは、こちらも負けぬようにもっと探りを入れてまいりましょうか?」
小次郎「いや、武蔵は武器も戦い方も大きく変える男。これ以上の探りは良い。貴様には別のことをやってもらおう。」
小次郎は武蔵が自分の情報を集めると予想して、自分についての偽の情報を流布することにした。年代から体格、剣の流儀である「岩流」についても多種多様なうわさを流し武蔵の混乱を狙う。
弟子「先生、金子(きんす)はかかりましたが、首尾よくいきました。」
小次郎「うむ、あとは我がツバメ返しに磨きをかければ・・・いや、待て。」
自分の長刀「物干しざお」を素振りしようとしてふと思いついた。
小次郎『武蔵が私の「物干しざお」と「ツバメ返し」に対策をたてぬ訳がない。』
小次郎の必殺のツバメ返し利点は「間合いの長さ」と「2段攻撃」であることだ。間合いに上回る自分の優位を潰すには武蔵は効果的な機動を行うか、より長射程を用意するかである。
もし、武蔵が普通の刀を使うのなら、小次郎の初太刀をかわし、懐に飛び込んでくる「効果的な機動」をするしかない。
小次郎『たしか、間合いに劣る宝蔵院との戦いでは相手の慢心に乗じて槍の穂先に刃を合わせ間合いを詰めたのであったな。』
小次郎の思考は続く。
小次郎『だが、舟島は宝蔵院の道場とは異なり足場が悪い。踏み込みは遅れる。槍のように穂先を抑えたとて、我が得物は長刀。突きではなく斬撃。大地にたたきつけた反動で生じるツバメ返し二の太刀、斬り上げで仕留めることができる。』
小次郎『ならばと同程度の長さの獲物を用いる場合を考慮すると、武蔵が自分より長い獲物を使ってくる場合に備えれば良いか。とはいえ多少長い刀を付け焼刃で用いられたとて後れを取るとは思えぬが』
長刀の扱いに専念してきた自分と二刀流が主体の武蔵では明らかに自分に分がある。
小次郎は付近の刀鍛冶全てに、長大な刀の発注が入った場合は自分に連絡が入るように手配した。連絡が入った後にどうするかは少し迷いがあった。たとえば、武蔵の刀の目釘に細工をして、強く振れば刀身が抜けるような細工を仕掛けることも考える。
小次郎『いや、武蔵ほどの慎重な男であれば、武器の確認は怠らぬであろう。それにその刀鍛冶の口封じをすれば他の刀鍛冶に怪しまれような。』
その時は武蔵の刀よりもさらに少し長い刀を準備すればよい。
小次郎『可能な限り、この手になじんだ物干し竿で戦いたいものだが』
一通りの自分の考えに満足した小次郎はツバメ返しの練磨に着手した。
そして慶長17(1612年)4月13日。舟島の決戦の日を迎えた。
結局、事前に刀鍛冶からの連絡はなかった。武蔵を見張らせていた弟子からは武蔵が新たな武器を作ったとの情報も無かった。
小次郎「これで彼奴が私より長い間合いの武器を用いることはない。ならば、彼奴は我が初太刀をかわし、懐に飛び込んでくるしかない。そこをツバメ返しの二太刀目で決めてくれよう。」
さらに小次郎は一乗下り松の故事にならい、約定の時間よりも一刻(2時間)早く舟島に渡り周囲を調べた。武蔵が先に潜んではいないか?何かの仕掛けは無いか?
小次郎「ふむ、このような砂浜に仕掛けなどあるはずもないか。潜む場所すら無い。」
あとは悠然と武蔵を待つだけ・・・定刻になったが武蔵は現れない。対岸に伏せさせた弟子には武蔵が舟に乗ったら合図の狼煙を上げるように言い含めているが、その狼煙もない。
小次郎『・・・遅い。まさか他の岸から舟を出して、舟が転覆でもしたのではあるまいな?』
じっと波間に目を凝らすが、その様な様子はない。
約定の時からさらに半刻(1時間)が経過した。
小次郎『よもや、彼奴め、臆病風に吹かれて逃げたのではあるまいな?』
さらに半刻が経過し、ようやく武蔵が現れた。緩みかけていた緊張を再び取り戻し武蔵を凝視する。見れば腰に鞘は無く、脇差や小柄の類も帯びていない。鞘の効用は大きく3つ。「刀身を保護しながら安全に持ち運べること」「刀の長さを相手に悟らせぬこと」「居合いによる斬撃の威力を上昇すること」である。右手で体の後ろに隠す様に、何かを持ち、引きずっているようだ。小次郎は考えた。
小次郎『鞘が無いという事は持っている得物は鞘に納められぬのか?それでも長さを悟らせぬための工夫があの『脇構え』なのか。 何か引きずっておるようだが、さては得物の短いことを我に悟られぬための苦し紛れと見た。鞘を外すことで少しでも身軽にして飛び込もうという心算か。』
あとは得物を投げつけてくることにさえ注意すればよいだろう。
小次郎『ツブテの類を仕込んでおるやもしれぬな。しかし両手はふさがっている。懐中にも仕込みはないように見えるが・・・。』
武蔵「宮本武蔵、推参!」
小次郎「遅いぞ、武蔵!」
武蔵「出迎え御苦労!」
小次郎「ほざけ!」
小次郎は邪魔な鞘を投げ捨てた。武蔵が鞘を持っていないことで身軽になっているのを真似たのだが・・・。
武蔵「小次郎、敗れたり!生きてこの島を出るつもりならば、なぜ刀を納める鞘を捨てる!」
小次郎「なん・・・だと!」
『お前が言うな!貴様こそ鞘を持ってないじゃないか!』という思考が脳を巡ったが、出た言葉は違うモノだった。散々待たされた挙句の武蔵の数々の物言いに、小次郎はついにいつもの冷静さを欠いた。冷静さを欠いた時に身を助けるのは繰り返してきた得意動作。小次郎にとっては修練を重ね続けた必殺の「ツバメ返し」がそれだ。
小次郎が踏み込む。武蔵が駆け寄る。
小次郎の初太刀! 振り下ろしの一撃は空中の武蔵をとらえるかに見えた。だがとっさに上体をのけぞらせた武蔵の眉間を割き、鉢巻を斬り落とす。パッと鮮やかな紅が両者の間に散る。勢いあまった物干しざおは地面を叩き、砂煙をたてた。武蔵は飛び上がり獲物を振りかぶっている。
刹那、武蔵も小次郎も互いに狙い通りの展開だと笑んだ。
小次郎『いかに武蔵とて飛び上がった以上落下するしかあるまい、だがこの返しの太刀で!』
小次郎は愛刀「物干しざお」を地面に弾ませた勢いで手首を返しつつ斬り上げた。初太刀はいわば『誘いの隙』。初太刀をかわして踏み込んできた強敵を幾度となく屠ってきた必殺の動作だ。
小次郎『!』
飛び込んできてから武器を振るうはずの武蔵が物干しざおの間合いの外から素早く武器を振り下ろしてくる。重力に逆らう切り返しの小次郎よりも速い。
小次郎『何っ! だが、その間合いでは届かぬはず…』
小次郎の上に黒く長い影が伸びる。予想外に長く軽い「木剣」が振り下ろされ、小次郎の脳天に衝撃が走り、闇の帳が降りた。
CIA(内部監査人)や行政書士資格から「ルールについて」、将棋の趣味から「格上との戦い方」に特化して思考を掘り下げている人間です。