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正常な偶然変動の範囲とは

 「正常な偶然変動の範囲を超えていること」という表現に出会った(注1)。原文は「beyond the range of normal chance variation」であった。
 「偶然」とは何なのか考えてみた。少し前から私が関心を持っているスピノザは、『エチカ』(岩波文庫)のなかで「自然のうちには一つとして偶然なものがなく、すべては一定の仕方で存在し・作用するように神の本性の必然性から決定されている」(第1部定理29、畠中尚志氏訳)と書いている。統計学の確率論的世界観とスピノザの考え方は相容れないものだろうか(注2)。折り合いを付けさせるとしたら、normalという語の意味の解釈を工夫すればよいのだろうか。「正常な」ではなく、「ありふれた」とかと解釈したらよいと思う。まれにしか起こらないことを起こらないことと断定するわけにはいかない(注3)。また、偶然変動の範囲とみなす部分も、我々の認識の欠陥に関連があるということになるのだろうか。


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(1) 『データサイエンスのための統計学入門・第2版』(オライリー・ジャパン)の133ページ。この表現は、「科学上のごまかしを検出する」(Detecting Scientific Fraud)というコラムの中に出てくる。

(2) スピノザは「ある物が偶然と呼ばれるのは、我々の認識の欠陥に関連してのみであって、それ以外のいかなる理由によるものではない」と説明している。スピノザ『エチカ』(岩波文庫)の第1部定理32、備考1。

(3) 実験データが捏造されていたのかどうかの判断を数値のランダム性の統計的検定だけでおこなうことは不可能であろう。『データサイエンスのための統計学入門・第2版』にテレザ・イマニシ=カリの例が紹介されている(133-134ページ)。本の著者の真意がどこにあるのかがよくわからない。「ごまかしを検出する」ことに成功したというのだろうか。