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置いてけぼりと不甲斐ない僕

 気付いたら大学4年生になっていた。
 最近、周りと比べて自分だけが前に進んでいないように感じることが多い。

 同級生はみんな就活を経て、それぞれが目標のために頑張ってなんだかどんどん大人になっていった気がする。
 僕はというと、自分が何をしたいのか、どんな大人になりたいのかすら分からなくて、絶対ここに入りたいというわけでもないのに一社しか受けず、妥協して妥協してそこの会社に入社を決めたというのに。

 また、先月2つ上の兄が結婚した。デキ婚で、今年中に子どもも産まれるかもしれないとのことだ。身近だったはずの兄も気付けば立派な社会人になっている。
 僕はというと、大学4年間でまともな恋愛なんてできなくて、遊んだりしたこともなかったから、結婚どころか性経験すらないというのに。
 ここでもまた、自分だけ置いて行かれているような気持ちになった。

 そんななかこの間、久しぶりに男女で飲み会があった。大学のゼミの飲み会で、合わせて十数人はいたけど、女の子がいる飲み会なんて今まで片手で数えられるくらいしか経験がないし、というか普段女の子と話す機会なんてないから、さすがに女の子と話せるようにならなきゃこの先やばいと思って少し気合いが入っていた。
 でもいざ行ったら案の定、周りの会話のレベルの高さと自分のコミュ力の低さに絶望した。
 まずなんかファッションの意識から違った気がする。大学4年生になるともうみんな落ち着いてて髪もノーセットだし、服装も「結局ユニクロとかGUだよな~」って言ってる。こっちは1週間以上前から服を買いに行って、髪だって朝から時間かけてセットしたというのに。
 気合いが入っていたのは最初だけで、途中からは周りの会話に全然ついていけなかった。最後の学生生活を謳歌しようと遊びまくっている人。ファッションだけじゃなく、遊び方も落ち着いてきて、今付き合っている恋人と結婚を考え始めている人。どれも、自分の知らない世界の話ばっかりで、聞いているだけで劣等感を強く感じる。帰りたくて仕方なかったけど、こういう話にもついていけるようにならなきゃと思って一応最後まで頑張って居た。

 そもそも僕は1月生まれなのに20歳になるまでお酒を飲んだことがなくて、最近やっとお酒の飲み方とか飲み会の雰囲気が分かってきたのに、大学4年生なんてみんなもう一通り経験を終えて、何かと慣れ始めている頃だから、ここでもやっぱり自分はみんなより遅れているんだなと思った。

 友人関係も恋愛も、見た目はもちろん大事だけど、結局はコミュ力が1番大事なんだなって最近特に思う。
 僕は今まで友達も彼女もいないなりに、いつそれができてもいいように見た目とかには気を遣ってきたつもりだった。でも最初は仲良くできていたのに、途中からコミュ力の部分で差がついてしまう経験を何度もした。
 飲み会に行くときとか、友達と会うときは、気まずくならないよう事前に話の話題を沢山考えて行くけど、途中から応用が利かなくなったり、話の流れの中でうまく考えてきた話題を持ち出せなかったりと、最後はどこかでコミュ力の低さが露呈してしまう。
 見た目はいくらでも気を遣えるけど、コミュ力って事前準備でどうにかなるものでもないし、どうやって鍛えればいいのか分からないから難しい。
 もっと人と話してくればよかったなぁ…


元カノに会いに札幌まで行った話

 今話した飲み会で、一人の女の子からこんなことを言われた。
「○○君(僕の名前)って、人を好きになったことあるの?」
 感情を表に出すのが苦手な僕は、たまに似たようなことを聞かれるけど、そのたびに結構失礼じゃね?と思う。
 質問に対してなんて返したのかは覚えていない。でも自分が人を好きになったことがあるかどうかは確実に理解している。
 その飲み会の数日前に、その『好きだった人』に会いに行ったからだった。

 その人は中学の頃1年弱くらい付き合っていた人で、後にも先にもこんなに長く人と付き合ったことはなかった。というか、「今思えば一瞬好きってだけだったわ」みたいな一時的な「好き」を除けば、その人は僕がこれまでで唯一ちゃんと好きになったことがある人かもしれない。

 同じ部活で家が近かったから一緒に帰って公園で話したり、シーブリーズのキャップを交換したり、修学旅行でお揃いのダッフィーのぬいぐるみキーホルダーを買ったり、LINEでみんなにバレバレのペア画像をアイコンにしたり、当時彼女としていたことは今でも全部覚えている。大学生になった今なお、僕はこれ以上の恋愛をしたことがないから。

 別れた理由は覚えていない。彼女の嫌だったところとかも特に思い出せない。でも僕から別れようって言ったのは間違いない。受験が近づいていたことを理由にした気がする。もちろんそんなのは建前で、たぶん付き合う期間が長くなってだんだん気持ちが落ち着いてきたのを、冷めたと勘違いしただけだと思う。
 付き合っていた頃を思い出しても、楽しかった思い出しか浮かばなくて、嫌な記憶なんて一切ないのに、一時の感情で別れを切り出した自分が怖いし、別れたくないって言ってくれた当時の相手には申し訳なかったなと思う。

 ただ高校生になってからも友達としては仲が良かった。高校は別々だったけど同じ部活をしていたし、学校の最寄り駅が同じで、共通の友達もいたからたまに連絡を取り合うくらいの仲だった。
 でも、元々嫌いになって別れたわけではなかったし、連絡を続けているなかで次第に、やっぱりまだこの人が好きなのかもと思うようになった。もちろん中学のときに自分勝手な気持ちで別れようって言って相手を傷つけた自覚があったからその気持ちを簡単に伝えることはできなかったけど、もうこの人のことは忘れて新しい恋愛に向かおうという気持ちにはなれなかった。
 その後、僕は彼女との共通の話題だった部活を途中で辞めて、彼女のほうにも新しい恋人ができたみたいで連絡を取ることはなくなった。

 そうしている間に大学生になった。結局高校で恋人はできなくて、新しい好きな人にすら出会えなかった。理由は分かっている。
 大学生になってからもまだ彼女のことは頭の中にあった。正直、「まだ好き」っていう分かりやすい気持ちではなかったけど、自分の中で彼女が特別な存在であることはずっと自覚し続けていて、なぜか忘れることができなかった。


 数年ぶりに彼女と再会したのは、大学2年生の1月、成人式後に行われた同窓会だった。
彼女は高校を卒業してすぐ就職して、地元仙台で働いているらしかった。久しぶりに姿を見かけて、当時を思い出して何か話しかけたくなったけど勇気が出なかった。少人数で行われた二次会にも同じ会場に彼女はいたけど、やっぱり話しかけることはできなかった。

 それからすぐの3月、再び彼女と会う機会があった。同窓会で誰かが交わした「また飲もう」という勢いだけの約束が奇跡的に実現して、同級生十数人で集まることになった場に彼女もいた。偶然とは思えない何かを感じて、ちゃんと自分の想いを伝えようと思った。中学の時に別れたことを後悔していること、高校生大学生になってからもずっと忘れられなかったこと、伝えたいことは沢山あった。

 ただ、彼女が来月から仕事で札幌に行くことになったと知ったのは、その飲み会で、僕が彼女に自分の想いを伝えようとしていた矢先のことだった。すごくショックだった。周りから「え、どうしたの?笑」って言われるくらいテンションが下がっていた。別れはしたけど、高校の頃も、同窓会でも、なんてことない飲み会でも彼女に会えたし、これからも会おうと思えば会えるとは思っていた。でも、彼女は僕が知らない間に確かに前に進んでいた。同時に、自分は過去にばっかり執着して全然前に進めていなかったことに気付いた。冒頭で話した「周りと比べて自分だけが前に進んでいないように感じる」ことが多くなったのも、これがきっかけかもしれない。
 普通に考えれば別れて以降の彼女のことなんか全然知らなかったのに、まだ好きって気持ちになるのなんておかしい。きっと、現状に満足していないから、楽しかったあの頃に戻りたかったってだけだった。そう思うと結局、自分の想いを伝えるなんてできなかった。

 飲み会の後、始発電車を待つのに彼女も含め何人かでカラオケに行き、一人がそこでクリープハイプの栞を歌っていた。

桜散る桜散る ひらひら舞う文字が綺麗
「今ならまだやり直せるよ」が風に舞う
嘘だよ ごめんね 新しい街にいっても元気でね

桜散る桜散る お別れの時間がきて
「ちょっといたい もっといたい ずっといたいのにな」
うつむいてるくらいがちょうどいい
地面に咲いてる

クリープハイプ/栞

 こんなにも歌詞が刺さったのは初めてだった。彼女のことを話したはずはないけど、友達は僕のために歌っているんじゃないかとさえ思った。
 この歌詞のように、彼女には新しい街での生活が待っていて、もう僕との恋なんてとっくの昔に思い出に変わっている。多分もう会えることもないだろう。自分の想いを伝えたところで彼女を困らせるだけなのは分かった。そう思うと想いを伝えようという気も無くなって、彼女の顔すら見れなくなったけど、ずっと過去に執着してきて、挙句歌詞の主人公と自分を重ねている情けない自分は、本当にうつむいてるくらいがちょうどよかった。


 それ以来、彼女のことは忘れて前に進もうと思ったし、進めると思った。この話が掌編小説なら、物語はクリープハイプが流れたところで終わるはずだ。彼女に対する気持ちを諦めるきっかけは、いくらでもあった。それでも僕は再び彼女に想いを伝えようとすることになる。

「○○からフォローリクエストがありました」
 突然、彼女の名前がスマートフォンに表示されたのは、最後に会った飲み会から半年が経った頃だった。
 慌ててインスタを開くと、間違いなく彼女からフォローリクエストが来ている。さらに状況が飲み込めなかったのは、なぜか自分は既に彼女をフォローしていたからだった。アカウントの存在は知っていたけどフォローする勇気が出なくて今までできていなかった。でもどうやら無意識に自分からフォローをしていたらしい。
 いつどんな気持ちでフォローしたのか本当に覚えていない。そういえば大学の心理学の授業で、無意識の行動は自分の抑圧された(叶えられなかった)願望を実現しようという気持ちによって起こされるみたいなことを学んだ。簡単に言えば、僕が無意識に彼女のアカウントをフォローしたのは、これが本当に自分のしたかったことだから、というだけだ。

 彼女のほうからフォローしてくれたわけではなかったことに落ち込みはしたけど、自分の気持ちには気付けた。どうやら僕は、直接想いを伝えないと、彼女への気持ちを切り替えることはできないらしい。資格の勉強とか就活が忙しくて、すぐ行動に移すことはできなかったけど、それが全部終わったら想いを伝えようと決めた。
 そう決めてからは勉強も就活もいろいろなことが頑張れた。頑張っている自分を見かけると嬉しくなる。久しぶりに恋愛と向き合ったけど、そこには何かを頑張れる自分がいることを知って、これからも自分にとって彼女が頑張る理由になったらいいなと思った。


 そして就活が終わった大学4年生の4月。インスタで彼女にDMを送った。「久しぶり~、元気?」みたいな雑談から入ることはしたくなくて、単刀直入に会いたいと思っていることを伝えた。そしたら会いたいと思った理由を伝える前に、二つ返事で「いいよ」って言ってくれた。あまりにもあっさりしていて「え、いいんだ」って思った。
 彼女と連絡を取るのは高校以来久々だったけど、案外自然に話せた。今まで自分のことを奥手なほうだと思っていたけど、彼女と話すときだけは勇気が出た。

 日程が決まって、いよいよ彼女の住む札幌まで行くことになった。人生で初めて、それも一人で飛行機に乗った。説明が面倒だから親にも札幌に行くことは伝えなくて、友達の家に泊まってくると言って家を出た。
 前日、彼女には会いたいと思った理由を伝えていなかったから、そんな内容を綴った手紙を書いた。思えば、誰かに向けて本気で手紙を書いたのはこれが初めてかもしれない。

 札幌に着いた瞬間、「本当に来てしまった…」と思った。高校の頃からずっと想いを伝えたかったけど伝えてこれなかっただから、やっと想いを伝えられるんだという実感が湧かなかった。
 実感が湧かなかったのにはほかにも理由がある。最初は普通に連絡が取れていたけど日程が近付くにつれて向こうの返信が遅くなっていったし、お店も僕は全然わからないから彼女に決めてもらうって話だったけど当日まで決まっていなくて、それどころか時間帯も”夜”とだけ決まっていたけど具体的に何時っていうのすら決まっていなかった。普段友達と遊んだりしないから分からないけど、大人の約束ってこんなもんなのかな?と思いつつ、本当に会えるのかなという不安でいっぱいだった。

 そんな不安は現実になった。
 既に札幌に着いていたお昼過ぎ、彼女から「今日無理かも」という連絡がきた。正直、そんな気がしていた。過去に想いを伝えようとして伝えられなかったことがあったから、今回もそうなる気がしていた。
 とはいえ、連絡を受けてすぐはさすがに頭が真っ白になった。彼女に会うこと以外、何も予定を決めずに札幌に来たから、行く場所もなくただただ街を歩いた。途中で少年野球の試合がやっているのを見かけたから、1時間くらい、知らない土地で知らない少年野球チームの試合を見た。
 そのあと動物園に行って、夜も7時過ぎにはホテルに帰った。一応次の日まで札幌にいることは伝えていたから、もしかしたらまだ連絡が来るかもしれないと思ってお酒は飲まなかった。9時に布団に入って、飛行機で読もうと思って持って来ていた本を読み終えたところで寝た。夜の街の代名詞ともいえるすすきので、かつてこんな過ごし方をした男がいるだろうか。

 次の日になっても彼女から連絡が来ることはなかった。カバンには昨日渡せなかった手紙が入っている。持ち帰ろうかとも思ったけど、持ち帰ったらまた前に進めないと思って、お昼に行った札幌駅近くのラーメン屋のごみ箱に捨ててきた。ティッシュだらけのごみ箱にポツンと浮かぶ水色の封筒は明らかに異様だった。

 あっという間に帰らなければいけない時間になった。何をしにわざわざ札幌まで来たんだろう。感傷に浸っていた僕は、ラーメン屋を出て札幌駅から新千歳空港に向かう電車で違和感に気付いた。旅行先なのに、なぜか僕は一つも荷物を持っていない。あまりに無気力で、どうやら財布とスマホ以外の荷物をラーメン屋に置いてきてしまったらしい。飛行機の時間があったから急いでラーメン屋に戻ると、荷物は無事にあった。一応ごみ箱を確認してみたが既に空になっていて、「よかった。これでやっと前に進めるかも」と思い、僕は札幌の地を後にした。



 それから数週間が経った頃、僕のインスタのフォロワーから彼女のアカウントがいなくなっていることに気付いた。まぁさすがに気まずいか。悲しいけど、彼女への気持ちを諦めるきっかけがさらに増えて、少しありがたかった。
 仙台から札幌まで行って当日ドタキャンされたのに、彼女に対する苛立ちは一切ない。そもそも会いに行った理由なんて僕の自己満足でしかないし、彼女からすれば僕に会うメリットなんて一つもないから仕方ないと思う。でもなんで理由も聞かずに会ってくれるって言ったんだろう。

 そんなことを考えても仕方ないか。もういい加減、いい加減に彼女のことは忘れて前に進まなくちゃいけない。不思議なまでに彼女のことが忘れられなかったけど、その気持ちは彼女に対するものではなくて、過去の楽しかった思い出への執着だということは、自分でも痛いほどに分かっている。
 気持ち悪いよな、今を楽しめていないからって元カノなんかに縋って。

 まるでまだ彼女のことが忘れられないみたいな語り草だけど、多分もう大丈夫だ。こんな長々と語ってきた内容が元カノのことっていうのは、自分でも気持ち悪いなと思う。基本的に自分で書いた文章はあまり読み返さないけど、今回は特にキツくて読み返さないと思うし、書いている途中で何度も削除しようか迷った。でもこの話を「元カノに執着してきた痛い男の末路」っていう一言にまとめられたくはなくて、自分が数年間その人を想ってきたことは事実だから、中途半端じゃなく、大切な思い出として形に残したい気持ちがあった。

 相変わらず、「人を好きになったことあるの?」という質問に対してはなんて返したのか覚えていない。でも、「お前なんかに話すかよ」って思ったことは覚えている。これを書いているとき、常にクリープハイプの栞が頭の中で流れていたけど、そのときも多分この歌詞が頭によぎったはずだ。『簡単なあらすじなんかにまとまってたまるか』って。


マッチングアプリに13,000円課金して1日でやめた話

 大学生になってから、周りの恋愛についていけなくなった。高校までと比べると、真剣な恋愛よりも一時的な楽しみを求めた恋愛をしている人が増えたし、それが自分の知らないところで行われているのが怖かった。大学生になると自分から行動を起こさないと何もできないのに、そんなことを怖がってうだうだしていたら、みんな知らないうちにいろいろな経験を積んでいた。
 周りとの差を感じるのはもっと怖くて、現実から目を背けるように元カノとの思い出にしがみついていたんだと思う。でももうそんなことはしていられなくて、前に進まなくちゃいけないと札幌から帰ってきて思った。

 冒頭で話したゼミの飲み会は、そんな直後だったから余計気合いが入っていた。でも先にも話したように、やっぱり自分と周りとの差を感じてなんともやるせない気持ちになった。
 男だけの席で聞く、「俺、あいつ(同じゼミの子)とヤったことあるよ」みたいな話はもう聞きたくない。自分の所属するコミュニティでも本当にそんなことが起こっているんだと驚いた。笑い話にしている男も、みんな知らないと思って真面目ぶっている女も滑稽でしかない。でも一番滑稽なのは僕自身だ。そういう話を聞いて、心のどこかで羨ましいと思っている自分がいるからだ。
 心の底から遊びたいと思っているわけではない。でも、そういう人たちはきまって楽しそうに見えるし、自分よりも充実してそうに見える。そんな劣等感が彼らを羨ましがる気持ちに繋がってしまって情けない。

 別に、遊べばいいじゃん、自分もあっち側の人間になればいいじゃんと思うけど、やっぱりそれはできない。
 その飲み会で女の子と、また今度2対2とか少人数で飲もうよって話になった。その子に彼氏がいることは、本人の口から直接聞いたわけではなかったけど知っていたから、やんわりと断った。向こうが自分のことをただの友達としか見ていないことは分かっている。大学生になったらこんなこと当たり前なのかもしれない。けれど自分が彼氏で、彼女がそんなことをしていたら嫌だと思ったから断った。何が嫌かって、自分が大切にしている価値観みたいなものが、相手にとってそこまで大切じゃなかったんだと感じるのが嫌だ。仮にこれから本当に自分のことを好きになってくれた人に出会えたとしても、そういった価値観の差があったらと思うと怖い。
 もちろん、お互いに真剣で純粋な恋愛をしている人だってたくさんいる。でも、そうじゃない人たちばっかり目についてみんなそうなんじゃないかって思ってしまう。


 自分が何をしたいのか分からない。
 遊んでいる人に否定的な考えを持っていたはずだったのに、それでもやっぱりあっち側の人間になれたら楽なんだろうなという気持ちがあって、この間初めてマッチングアプリに登録した。

 実際のマッチングアプリがどんなものか分からなかったけど、自分の周りでは遊びたいみたいな人がやっている印象だったから、つまり自分もそういう気持ちで始めた。

 そのときは何もかも投げやりになっていて課金までした。半年で2000円ちょっとならいいかと思って課金したけど、表示されていたのが月額の料金だとは知らなくて、半年分の料金13,000円を支払った後それに気付いた。

 初めはプロフィールみたいなのもちゃんと作って、写真も載せて、何人かとマッチしてメッセージのやり取りをしたけど、どこかもやもやした気持ちがあった。なんか情けないし、悪いことをしてる気分で、今まで守ってきた自分が自分じゃなくなるみたいだった。
 あっち側の人間になれたら楽なんだろうなという気持ちで始めたのに、やっぱり自分はそうはなりたくなかったんだと気付いた。
 もしこのままアプリを続けて、知らない人とメッセージのやり取りをしたり会ったりするのにも慣れてしまって、そのことに何も感じなくなる自分が怖かった。そう思って、登録した翌日にアプリを削除した。

 本当に、自分が何をしたかったのか分からない。
 でも、13,000円も無駄にしてまで、自分がまだ”こっち側”の人間でいたいと思っていることに少し安心した。


頑張っていた自分と頑張れなくなった自分

 最近あんまり調子が良くない。
 美味しいものを食べても美味しいとは思うけど感動はしなくて、本を読んでいても頭に入らないし、好きな芸人さんやYouTuberの動画を見ても面白いと思えない。依存症ってほどではないけど、お酒を飲まないと夜も眠れなくなった。
 大人になるにつれて傷つくのが怖くなって、何も感じないように意識していたら、楽しい瞬間や嬉しい瞬間にも気付きづらくなってしまった。

 今、何も頑張っていない。つらいときに頑張るのが当たり前なのに、お酒の力に頼って現実から逃げることばかりしている。
 昔の僕はどうだっただろう。高校の頃、今とは比べ物にならないくらいつらかったけど、ただ前を向いてひたすらに頑張っていた時期がある。部活を辞めたときと、大学受験のときだ。


 高校の頃、バスケ部に所属していた。3年生が引退して新チームになったとき、僕は1年生で副部長になった。小学校も中学校もキャプテンで、誰よりも声を出して真面目に練習していたし、上手くはなかったけど試合にも出してもらっていたから、気持ちだけでも見せなきゃと思って、大事な試合前にはボウズにするようなタイプだった。

 新チームになって数カ月、僕と2年生のキャプテンを含む数名を除いて、ほかの部員みんなが練習に来なくなった。顧問の先生の練習メニューや試合での采配に不満があるというのが理由らしかった。
 まともに練習できる人数が集まらなくて部員で話し合った結果、顧問の先生の指導を受けずに、練習メニューは自分たちで考えて、試合の采配も自分たちでやりたい、という話になった。これに反対したのは僕とキャプテンだけで、みんなそれが無理なら部活を辞めると言い出すくらいだった。そうなるとさすがにキャプテンもみんなの意見を尊重するしかなくて、顧問の先生にそのことを伝え、練習も試合も全部自分たちでやっていくことになった。
 キャプテンが先生にそれを伝えたときのミーティングは忘れられない。元々キャプテンは自分たちだけでやることに反対していたから、みんなの意見を代弁しているはずなのに、その意見を出した当事者たちはずっと下を向いていて、肝心なところを全部キャプテンに任せている感じが、すごく腹立たしかった。

 僕とキャプテンが自分たちだけでやることに反対していたのは、みんな本当は、顧問の先生の指導が~というより、単純にきつい練習をしたくないからとか、そういう思いであるような気がしたからだった。
 だから案の定、自分たちでやっていくと決めて以降、それでチームがうまくいくことはなかった。先生が見ていないから練習も手を抜く。でもその手を抜く理由をみんなは、キャプテンが決めた練習メニューに不満があるから、ということにし始めた。正直今までは顧問の先生への不満や悪口を言ってチームがまとまっていた部分があったけど、先生がいなくなって今度はそれがキャプテンに向けられるようになった。
 その結果、次第にキャプテンは練習に来なくなって、練習メニューを考えたり、練習を引っ張るのは副部長の僕になった。

 正直無理な話だと思った。キャプテンは一生懸命やっていたけど辞めてしまったし、2年生がいる中で1年生の自分が練習を引っ張るのもおかしな状況だった。それでもみんなの不満を募らせないように工夫したつもりだった。毎回練習が終わったら一人一人にどんな練習がしたいか聞き出して、次の練習でも放課後の部活に間に合うように昼休みまでには練習メニューを決めてそれをグループLINEに送って、何か意見がないかを聞いた。だいたいみんな、そのときは何も意見を言わない。でもいざ練習が始まると陰で不満を口にする。
 練習の集まりも悪くなった。そしてみんな休む時は一斉に休む。あまりにも不自然だったから、口裏を合わせていたのは明らかだったけど、当然それは自分の知らないところで行われていた。同じ空間にいてもみんなが何で盛り上がっているのか分からない。でも自分以外のみんなが何かで笑っているのは確かだった。気付けば集団の雰囲気に自分だけがついていけなくなって、そんな状況で部員とコミュニケーションが取れるわけなかった。
 一度、顧問の先生に練習がうまくいっていないことを相談してみたけど、「自分たちで決めたんだろ」の一言で、力にはなってくれなかった。元々僕は自分たちでやっていくことに反対していたけど、そんなこと先生は知らなかったから。

 実力があればみんなついてきてくれるかもしれないと思って、誰よりも早く体育館に行って、誰よりも遅くまで練習した。でも本当は、上手くなりたいという気持ちよりも、部室でみんなと一緒になるのが嫌だからという気持ちのほうが強かった。
 ただ、みんなが帰った頃に部室に戻ると、僕の荷物がまだ残っているのは明らかなのに、鍵を閉められていることがあった。着替えが隠されて、埃まみれになっていたこともあった。

 さすがに限界だった。バスケを楽しいと思わなくなって、部活にも行けなくなった。それでも練習をサボることはしたくなくて、部活には行かなかったけど、一般開放されている体育館に行ったり、バスケコートのある公園に行ったり、外を走ったりしていた。部活を辞めようと決意してからも、実際に辞めるまでは一日も練習を欠かさなかった。


 部活を辞めてからは、それまで部活に注いでいた時間をすべて勉強に費やした。人と関わるのが怖くなって、クラスでも一人で過ごす時間が圧倒的に増えたけど、勉強だけは頑張って、部活を辞めて以降の定期考査は全部学年一位だった。

 ただ、受験直前の頃には本当に友達がいなくなった。ただでさえ部活を辞めて心配をかけていたから親にも相談できなくて、受験の悩みを一人で抱え込んだ。食欲がなくなって、夜も寝れなくて、勉強になんて集中できるわけないくらい何もかもボロボロだった。当時の自分に当てはまる症状は、うつ病の症状とおもしろいくらい酷似していた。
 これはちょっとやばいと思って精神科に行こうとしたこともあった。保険証は母親が管理していたから、歯医者に行きたいから保険証貸してほしいと言った。でも、実際に病院の前まで行ったところで、「いや、まだ頑張れる。」と思って病院には入らず、そのまま勉強しに図書館へ向かったのを覚えている。


 やっぱり昔の僕は、どんなにつらい状況でも前を向いていて、今よりも遥かに立派だった。
 なのにいつからか頑張ることを忘れて、何をするにも一歩引いていて、つらいことがあったら逃げるようになった。

 人間関係だってそうだ。人と関わることで傷つくのがとにかく怖かった。いつまでも高校時代のトラウマを引きずって、自分を理解してもらおうという努力を放棄し、他人との接触を可能な限り軽くして、表層的な付き合いに逃げることで自分を守るようになった。

 その結果、中学の頃に仲が良かった大切な友達とも話さなくなってしまったし、新しくできた友達にもどこか気を遣われているような気がして、結局仲良くなれない。
 気付いたら友達と呼べる人なんて数少なくなった。一人でいることに慣れてしまったら、周りの人たちの価値観についていけなくなって、自分だけが置いて行かれているような気持ちになることが多くなった。

 人と関わることの楽しさも知っている。でも正直、無理にでも人と話そうとは思えない。それくらい高校時代の経験がつらかった。2年くらい前に書いた『冴えなかった高校時代の話』という投稿では、部活のことにはあまり触れていなくて、人と話すのが苦手になった理由を別のものにした。これを書いていた当時はまだ、部活のことを思い出すのが嫌で書けなかった。見返すと、部活では「別に誰かからいじめられていたわけではない。」とも書いて、嫌な思い出に蓋をしていた。


 それでも、どんな状況であれ現実から逃げていい理由にはならない。仮に逃げたとしても、部活を辞めた僕が勉強を頑張ったように、別の道で何かを頑張らなくてはならない。

 またお笑いを始めようか。
 大学生になってお笑いという熱中できるものを見つけた。でも、去年の年末に出場したR-1グランプリで敗退して以来、一度も舞台には立っていない。元々続けるのは学生のうちと決めていたから、大学4年の今からまた始めても、去年までの熱量でできるだろうか。
 お笑いをしていた頃は、ライブとかでプロの芸人さんのネタを見ると、おもしろい気持ちよりも悔しさが勝ることが多かった。けれど、最近久しぶりにライブを観に行ったらもう悔しさは感じなくて、なんとも寂しい気持ちになった。悔しくないって、一番悔しい。

 小説でも書いてみようかな。
 大学生になってから本の中に何か救いを見つけようとしているのか、本を読み漁るようになった。
 noteを始めてから思うことがある。自分の中に何か書きたいものがあるんじゃないか、小説を書くことでそれに気付けるんじゃないかと。


 とりあえずは、何か頑張ることを見つけるところから始めよう。
 何かを頑張っていれば、それが実を結ばなくても一生懸命に打ち込むだけで自分の人生に充実を与えられるような気がするから。

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