増田大輝と代走の切り札

 終盤の緊張感のある勝負どころ。攻撃チームの監督が審判に交代を告げ、出塁した走者に代わり、本塁に到達することを目指して出場する。

 巨人の場合は重信慎之介選手か、増田大輝選手が多い。候補としては松原聖弥選手や門脇誠選手もいるが、先述の2名はチームでも抜けた技術がある。
今季、重信選手は大きな見せ場を盗塁で作っている。仕掛けにくい場面で仕掛け、成功させ、相手を追い込み、勝利を呼び込んでいる。巨人の試合を見ている人に「巨人の代走の切り札は誰か」と聞けば、ほとんどは重信選手の名前が返ってくるだろう。
とかく批判されやすい代走という立場で賞賛を得るということがどれだけ大変なことか、想像すら難しい。

 実際、先日は門脇選手は盗塁死した時には大きな批判に晒され、直近では増田大選手が盗塁 " しなかった " ことで一軍登録を疑う声も出るほど過激な批判を受けている。

 では、判断の合理性はどうだったのか?

まず、代走という采配の目的と切り札として選ばれた走者のゴールは本塁を踏んで得点することにある。盗塁は手段の一つに過ぎない。
他方、アウトを増やすことなく進塁することが野球においてどれだけ大きなことか、野球を観ていれば明確にわかるはずだ。

「盗塁は得点に近づく有効な手段の一つだが、目的は本塁への到達である。」 

それが大前提。そこから手段としての盗塁の話に入る。

盗塁は、ざっくり言えば「バッテリーの隙を突いて先の塁に到達する」ことである。
要素を細かく書けばめちゃくちゃあるが、ここでは簡単な相対化に絞る。
もっとも簡単なのは、ストップウォッチを持って、投手が動き出した瞬間にスイッチを押し、走者が塁に到達すればもう一度押す。それがその走者の「盗塁タイム」になる。
盗塁の三大要素と言われる3S(スタート、スピード、スライディング)が凝縮された数字がそこに出る。数字の正しさは二の次。まずはそれを測ること。

それを続けると、誰が早くて誰が早くないのか、なんとなく相対化される。技術や駆け引きの中身はともかく、セーフやアウトだけではない「結果」がそこにある。

 では、セーフ/アウトの境界はどこかというと、そのタイムと、「投手が動き出したところから、捕手(または牽制先)が守るべき塁に送球し、ベースカバーが捕球し、走者にタッチする。」その一連の流れとの競争にある。

ざっと書けば「クイック(牽制)+送球+タッチ」と「盗塁」、その差異がセーフやアウトになる。

 さて、先日の重信選手と門脇選手の盗塁、そして増田大選手の盗塁しないという判断を考える。
前もって書いておくと、全て手動計測である。誤差もあれば癖もある。数字そのものの正しさを争うつもりはなく、相対的なものとして見てほしい。

まずは6/16の楽天戦。坂本勇人選手の劇的なサヨナラホームランで決着する、その前段階。

9裏 巨人2点ビハインド 無死一、三塁 打者G坂本選手

E酒居知史選手Pクイック1.3後半-太田光選手C二塁送球1.8付近高めズレタッチ不可

G重信選手1BR盗塁3.30セーフ

次に6/17の同楽天戦。試合を終わらせたと批判を浴びたプレー。

8裏 巨人3点ビハインド 二死一、三塁 打者G大城卓三選手

E酒居選手Pクイ緩め1.48-太田選手C二送1.84ドンピシャ
計3.32で完了

G門脇選手1BR盗塁3.42アウト

そして6/25の広島戦。増田大輝という切り札の価値を問われることになるプレー。

9裏 巨人1点ビハインド 無死一塁 打者G中山礼都選手

C矢崎拓也選手P-坂倉将吾選手C

G増田大選手1BR
(盗塁していないためタイム無し)

こうやってまとめることになるとは思わなかったため曖昧な数字が多いのは多めに見てほしいが、重信選手の盗塁がリスクを背負った勇気あるプレーであることも、門脇選手の盗塁に勝算があったことも、測ってみればよくわかる。
太田選手の送球精度が逆なら結果も入れ替わる。批判の対象も入れ替わる。そういう繊細な評価が求められるのが盗塁である。

そして増田大選手の盗塁しない判断。
矢崎選手のクイックは、解説席に座った達川光男氏も言及する通り1.2を切っている。牽制も早いと言及し、これはつまりリードを広げられないことを意味する。
次に坂倉選手の送球能力。これは過去の少ない計測から精度も踏まえて2.1前後と見ている。
つまり、盗塁した場合は3.3は超えないかなというところでタッチされる。

対する増田大選手はどうか。
2020年の故障以降、彼の盗塁能力への疑いの声が大きくなっている。しかし昨季も走っているし、今季開幕直後は代走采配自体が少なく盗塁も極端に無かったが、オープン戦でもイースタンでも走っている。
彼は故障後も安定して3.30前後で走れる選手である。
巨人で安定して3.30前後を維持し、3.3を切る可能性を持つのは彼と重信選手しかいないし、精度は増田選手の方が高い。

ここで盗塁していた場合の想定に移る。

  《 仮想 》

C矢崎選手Pクイ1.2-坂倉選手C二送2.1前後

G増田大選手1BR盗塁3.3前後

想定は幅を見る必要がある。幅とは球種やコース、二塁送球の早さと精度、盗塁タイム、それぞれの変数を考えること。

例えば1.18-2.07だと3.25で完了し、盗塁3.30ならアウトである。
走者警戒を疎かにしない投手から走るならギャンブルスタートしないと厳しい数字。
しかし1.18-2.12の3.3完了、うまくスタートして盗塁3.28ならセーフになる。
打席の中山選手は左打であり、送球が下振れする可能性を考えれば、盗塁したとしてもおかしくない。
ただ、上記の理由から、「盗塁しない=矢崎選手に最速クイック維持を迫る=中山選手が打つ確率が増す」という作戦を取ることはなんら違和感がないし、セーフになる確率とリスクを考えても盗塁しなかったことで強い批判を受ける謂れはないと言えるのが計測経験からの筆者の評価である。重信選手と門脇選手の盗塁判断も同様。

 代走は批判されやすい。しかし、100%成功する盗塁などNPB一軍レベルではそうそうない。

日々相手バッテリーやベースカバーを研究し、投手が静止している時間にも緻密な駆け引きがあり、そこから繰り出される瞬間的な職人芸、その押し引きの判断を、簡単に全否定することなどできない。批判するならば、批判側もそれなりに準備しなければいけない。 

 先に書いたように、全て手動計測である。細かい数字は信用できないという人もいるだろう。その感覚は正しい。だからこそ、自分の手でストップウォッチを持って観察・計測してほしい。ほとんどの場合、筆者とは違う数字が出るはず。それでいいし、それを積み重ねると、自分の中でタイムの相対化ができる。野球における走塁は相対的なものだから、正確な数字よりも、相対化できることこそ重要になる。数字で見えない部分も、測ることによって想像力が増してくる。

ぜひ、試してみてほしい。
選手への敬意を失わないためにも、より良い批評をするためにも、結果に左右され攻撃的な言動を取らないためにも。

 長文になってしまった。
最後まで読んでくれたことに感謝しかない。

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