変わり身【三題噺トレーニング】
題:『鼻ピアス』『サイゼリヤ』『同窓会』
WordCascadeというサイトで降って来た言葉をランダムで繋げました。
サイゼリヤの店内で、お腹も空いてないのにミラノ風ドリアを頼んでしまったのは、目の前の男の変わりように驚いてしまっているからだと思う。
同窓会で久しぶりに会った中野は、すっかり変わっていた。自己紹介が無かったら、多分気付いていなかっただろう。
「……それ、痛くないの」
私は自分の鼻を指して、その後顎で中野を示した。中野は、ああ、と笑った。笑い方は何も変わっていなかった。
「開けた時は痛かったけどね。今は全然。何なら、外してると軽くて違和感あるくらい」
私はスプーンでドリアを混ぜた。さっき散々安くて不味いビュッフェを食べたばかりなのに。
「……そんなんじゃなかったのに」
思わずそう呟くと、中野は困ったように眉を下げた。その見慣れた眉の角度に、思わず十年前にタイムスリップしてしまいそうになった。私はぱんぱんの胃に、ドリアを詰め込んだ。
「それ、食べきれる? さっきいっぱい食べてなかったっけ」
中野がそう言いながら、ストローで薄く色の付いた液体を飲んでいる。さっき一緒にドリンクバーに行ったとき、何かと何かを混ぜているのが見えた。
「食べきれないかもしれない」
「じゃあ残ったら俺食ってあげるよ。さっき色々食べ損ねてさ」
私は中野の言葉を無視して、ドリアを口に詰め込んだ。じわ、と鼻の奥が痛くなる。さっきの会場でちらりと見えた中野の皿は、溢れそうなくらいぱんぱんだった。
「ねえ、中野」
「何?」
中野は、机の水滴をお手拭きで拭いていた。昔、同じ光景を何度も目にした。また、タイムスリップしそうになる。私は一度大きく息を吸い込んで、タイムスリップを止める。身を任せてあの頃に戻りたいと思っても、目の前の男は過去には戻ってくれない。
「……いつから、そんななの」
「何が?」
「そんなんじゃなかったじゃん」
どんな女の影響なの。思わずそう口から零すと、中野はまた笑った。
「まあ、色々?」
中野はお手拭きを、三角形に畳んだ。
ああ、たまに見える過去の中野が、知っている中野が、知らない中野の中に住んでいる。
中野という男は、本当に流されやすい男だった。告白されれば、すぐに、いいよ、と言ってしまう。彼女の趣味に合わせて、ファッションも口調も好きな物も、何もかも変わってしまう。金髪に細いダメージジーンズを履いていたこともあったし、髪を伸ばして古着を着てギターを弾いていたこともあったし、白シャツの似合う好青年になっていたこともあった。私はその度に腹を立てていた。なんでも流されて肯定する中野にも、中野の人の好さに甘えて自分の趣味を押し付ける相手の女にも、どんな格好をしても様になる中野にも、私と付き合えば素の自分でいられることに気付かない中野にも。
「ちなみに、」と、中野はスマホの画面をこちらに向けた。
「今の彼女はこの子ね。可愛いよ」
画面の向こうには、仏頂面で目つきの鋭い、アイドルみたいな子が写っている。確かに、並べば絵になりそうだな、と思った。
「……もういいや」
私は、残りのドリアをかきこむようにして口に詰め込んだ。
「火傷するよ」
「もう冷めてるってば」
私は全部飲み込んで、中野に、「帰って」と言った。
「え、何でだよ。ユウちゃんでしょ、同窓会の途中なのに喋りたいって俺を連れ出したの」
「もういい、気が済んだ。帰って」
「でも……」
「帰れ。会計はまとめて私がするから」
「それはさすがに」
「いいったらいいの。今すぐ帰って。そんで二度と私の前に姿見せないで」
「無茶苦茶だよ」
困ったように眉の角度が下がる。お手拭きをいじる。
「もういいんだね? じゃあもうほんとに帰るよ? いいの?」
なんでお前が私をなだめてるんだ。私がいなきゃ何もできないくせに。さすがにそれは言えなかった。机に突っ伏して、追い払うように手をひらひらさせた。空気が少し戸惑うようにとどまって、しばらくして遠ざかった。ちらりと顔を上げると、本当に中野はいなかった。
中野がいないことを確認して、勢いよくトイレに駆け込み、全部吐いた。ドリアもビュッフェも全部吐いた。
ここにくれば、戻れると思った。なんとなく、一瞬でいいから戻れると思った。もしあの時に一瞬でも戻れたら、安心できると思った。
よたよたと荷物をまとめてレジに向かったら、店員に「さっきの人が全部会計していきましたよ」と言った。
どこで習った。どこで学んだ。人を気遣うことも、ドリンクバーで飲み物を混ぜることも、何気ない仕草を覚えておくことも、先にまとめて会計を済ませることも、彼女を可愛いと言うことも、一体どこでいつ覚えたんだ。
「サイゼリヤくらい割り勘すりゃいいじゃん」
帰り道、ぽつんとそう呟いたら、思っていた以上に自分に刺さってしまった。どんなに大人になっても、きっと私が帰り道に泣いていることは一生知らないのだろう。