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シンデレラ千年紀 プロローグ

序章


『この世界は一度、滅びるべきなのだ』

 私の住む世界には、昔から3つの種族が暮らしていた。
 木々が茂るような森や山に暮らし、身体に翼を携えた『翼族』。
 草原に町を作り群れで暮らし、満月の夜にはその身体中を毛が覆いつくす『獣族』。
 そして、獣族との共存の道を選ぶか、河原の近くに集まり暮らす『人間たち』。

 翼族と獣族は昔からそりが合わず、争いを繰り返していた。
 争いの原因のほとんどはいつも人間たちのことだ。
 食料として人間を求める翼族と、人間を友として守る獣族。
 その種族間の感覚の違いが、争いを常に生んでいたのだ。

 私は獣族のマルガ。性別は雄。
 獣族の間では『呪われた預言者』と呼ばれているが、本業は魔術師だ。
 3つの種族のことを昔からよく知る私は、常日頃からこう考えている。
『この世界は一度、滅びるべきなのだ』と。
 獣族が信仰する神の書には、この世界を滅ぼす方法が記されているらしい。
 興味深いことに、世界を滅ぼす方法だけではなく、その後の世界がどうなるのかについても書かれているそうだ。
 だが、神の書を読むことが許されるのは、獣族の王族の中でも限られた者だけだと聞く。

 獣族と翼族は人間と違い、それまでの記憶を保持し転生をする種族だ。
 何かをきっかけに死んで、生まれ変わっても前の記憶があるのが普通のこと。
 それを考えても『滅びる』ことは決して容易くないことだとわかるだろう。
 なのに、滅ぼす方法とその後のことが記されている書が存在するのだ。

 そして、もう一つ厄介な事がある。
 前世やその前の前世、その前の前の前の記憶も残っている転生は、元がシンプルだった事象を、より複雑化してしまうことがある。
 ある者は何百年も前の事をずっと根に持っていたり、またある者は過去の栄光をずっと自慢していたりもする。
 シンプルな恨み事も、いつしか大きな戦争にまで発展し……大昔の自慢話は村八分の要因になっていたりもするのだ。

 今、私が抱えている小さな問題も、きっとそのうちに複雑な問題へと発展するにちがいない……良くない勘だけはいつも当たるので、私が『呪われた預言者』と言われているのにも納得がいく。

 つい最近まで、獣族と翼族は長きに渡って戦争をしていた。
 未だかつてないくらいに長い間二種族は戦って、多くの血を流した。
 その戦争も収束を迎え……獣族の統治時代が、一昨年から始まったところだ。
 獣族がこの世界を統治し、人間たちは大いに喜んだ。
 獣族が新しく作った街に暮らせば、翼族から守ってもらえることになったのだ。
 今までも獣族と共存する人間はいたが、より多くの人間が獣族の街へと迎え入れられることになった。
 まあ、私は変わらず、街には近い河原の小さな村に残ることにしたが。

 先ほど話した、私の抱えている小さな問題についてもここで話しておこう。

 実は少し前、二人の赤ん坊を銀の森で見つけ、拾ったのだった。
 一部の翼族が暮らしていた銀の森が、私の住処から少ししたところにあった。
 年中寒く薄暗いその森には、白く細い樹木だけが生息し、全ての木々には深紅の葉が付く。
 いつ来ても、恐ろしい位に美しい森だ。
 森を好んで棲む翼族が、人間の生き血を求めることと何か関係でもしているかのように、昔から獣族の間では別名『血の森』とも呼ばれていた。
 そんな銀の森でしか手に入らない薬草を摘みに出かけての事だった。
 薬草を摘んでいると、どこからか赤ん坊の笑い声が聞こえてくる。
 可愛らしい声を頼りに歩いてみると、先に視界に入ってきたのは、やや大きめの卵の殻だった。それが、翼族の卵だということはすぐにわかる。
殻は割れていて中には、銀色の翼を携えた翼族の男の赤ん坊が、静かにじっとどこかに視線を送っていた。
 その視線の先を追ってみると、美しいネモフィラの刺繍をした布に包まれた、その子を見て笑う人間の赤ん坊がいた。

 どうして、二人がそこに落ちていたのかは、私には容易に想像ができる。
 翼族の親が、我が子のために人間の子を攫ってきたのだと。
「まだ獣の匂いがする……親は獣族に追われて、卵(自分の子)とエサ(人間の子)を置いて一時的に立ち去ったか……」
 ということは、立ち去る時にはまだ卵から孵化していなかったのだろう。
 きっとじきに、頃合いを見て親は戻ってくる。
 そう思った私は、人間の赤ん坊だけを抱きかかえた。
 吸い込まれそうなほど深いブルーの瞳には、私が映っている。
「上質の布にくるまれているこの子は、人間の商人の子だろうか? ならば、親元に返してやらねば……きっと心配しているに違いない」

 この場から立ち去ろうとしたが――突如、腕の中の赤ん坊が泣きだした。
「よしよし。今、大きな声で泣いては見つかってしまう……少し我慢しておくれ」
 泣き出した赤ん坊に、持っていた沈黙の薬を1滴飲ませると、泣いている赤ん坊の声を無音にした。そこへ遠くからキーンと耳鳴りのような音と翼を羽ばたかせる音が聞こえはじめた。

「クッ、親が戻ってきたか! 急がねば……!」
 私はこの場所についた自分の匂いと赤ん坊の匂いを消すため、持っていた匂い消しを撒いた。
 そして、何故か慌てて、翼族の赤ん坊も抱きかかえマントの中へと隠すと、そのまま足早に銀の森を後にしたのだった。

「どうして私は、翼族の子まで連れて帰ってきてしまったんだろうか……」
 家に着いて、すぐに私は後悔した。
「以前から翼族の生態に興味こそあったが、子をさらってきてしまうとは……」
 翼族の親と同じ事をしてしまった自分にも若干嫌気がさす。
「あー、うー」
「おや? どうした?」
 沈黙の薬の効果が切れたのか、赤ん坊が声を発した。
よく見ると、人間の子の方が翼族の子に懐いている様子だった。
 私は人間の子を抱き上げて言う。
「いいか? お前は親元に帰るんだ。翼のあるこの子のことは早く忘れてしまえ」
「あー、あー」
「……まあ。数日だけだ。親元に帰れば、ちゃんと忘れるんだ。いいね?」
「(きょとん)」
 ベッドの上の翼族の子と間隔をあけて、人間の子を降ろした。
 するとすぐに、二人は顔を見合わせている。
「お前たち、互いに興味があるのか?」
 だが、声を出したり笑ったりしているのは人間の子だけ。
 翼族の子は無表情のまま、じっと人間の子を見つめていた。
 卵からかえったばかりなのに、もう目の前の人間(エサ)がわかるのか……恐ろしいものだなと、その時は思っていた。

 それから、赤ん坊たちを拾った翌日。
 街から食材や日用品などの物を売りに来る男に、この子たちのミルクとおむつを作るための布を買った。そして、街で赤ん坊がさらわれたとか聞いていないかと尋ねてみた。
「さあ、知らねぇなぁ……あ、だけど、街外れに家があるだろ? 北の門のそばに数軒家があるんだが、そのうちの1軒が二日前の夜に翼族に襲われたらしいぜ」
「そうか、ありがとう」
「それより、こんなにたくさんの布切れとミルク……マルガ、今度は何をするつもりだ?」
「お前さんには関係ないよ」
「チェッ。まあ、また何か物入りの時は声かけてくれよな!」
「ああ。その時は頼むよ」
 さっそく私は人間の子を背負い、男が教えてくれた街の北の門へと行ってみることにした。

 物売りの男が言った通り、数軒あるうちの1軒がずいぶんと荒れた様子で視界に入る。
 中を覗いたが、誰もいない様子だった。
 
 近所の家の者に話を聞くと、獣族の警備隊が到着した時には、そこに住んでいた人間の親子は生き血を吸われ、息はもうなかったのだという。
 織物や刺繍の高い技術が認められ、近く獣族の王宮近くへ引っ越しが決まったと喜んでいた矢先だったそうだ。
 赤ん坊の事を聞くと、誰もその家に赤ん坊が居たことは知らないという。
「妙だな」
 確かに、この家の赤ん坊であることは間違いない。
 私も嗅覚に優れた獣族の端くれだ。赤ん坊からする匂いと、この家の匂いはほぼ同じなのだ。しかし、誰も赤ん坊のことは知らないと言う。
 どうも腑に落ちないまま、私は赤ん坊を連れて家へと戻って来た。
「お前の親は、お前を隠して育てていたのだろうか……?」
 ふと、そう思い考えてみる。人間の夫婦が子を隠して育てる理由を……と考えはじめた、その時。
「ふえぇっ」
 赤ん坊がお腹を空かせて泣き始めてしまった。
 私はミルクを二つ用意し、赤ん坊たちに飲ませることにした。
「驚いた。翼族でもミルクを飲むじゃないか……」
 意外にも、翼族の赤ん坊も人間の赤ん坊と同じようにミルクを飲んでいる。
「人間の子と同じように育ててみるか」

 拾ってきたのは私だ、仕方がない。雄だって、子育てくらいできるだろう。
 一方は親兄弟を殺され連れ去られ、一方は私がさらってきたのだ。
「お前の仇(かたき)はこやつの親で、こやつの仇は私か。これは厄介なことになったな」
 そう思いながらもミルクを一生懸命に飲む小さな二人に、変な感情が芽生えてきていることもわかっていた。
「どうせならお前たちが、人間同士であれば良かったものを」
 そう考えたとて、私がこの子たちの種族を変えてやることも、この世界を変えてやることもできやしないのだから、どうしようもない。
 ただ、これからは誰がどうしただの、この年には何が起こっただの……逐一、日記でもつけておいたほうが良さそうだ。
「人間は記憶を忘れて生まれ変わると聞く、羨ましい限りだ。私の日記が、いつかお前の役に立つこともあるかもしれないから、念のために書いておいてやるよ」
「あー、あーぁ」 
 抱きかかえる愛くるしい人間の子、そして、忌々しいがほおってはおけない翼族の子。
 この子たちを育てようと決めたばかりに、私はこの子たちの行く末をも案じなければいけなくなってしまった。
「さて、お前たちの名前を考えようか」
 
 人間の子を包んでいた美しい布には『エレノア』と名前が刺繍されていた。
「お前は今日からエラだな。その名前の通り、皆の『光』になって愛される人生を送るんだ。そしてお前は……裸ん坊だから、名前は書いて無いよな……」
 私は翼族の赤ん坊をそっと抱き上げ確認した。
「お前はこの世では忌み嫌われる種族に生まれた、だが忘れるなよ。きっとそうじゃない生き方もできるはずだ……光をもたらす者になれ、お前は今日からルカだ」

 種族間の違いこそあった。そこは認めよう。
 だがこの13年間おおむね、私の子育ては上手く行った方だと思う。
 エラとルカは、私の心配をよそにすくすくと育っていったのだが……
 少年期に入る直前、ある出来事が起こる――

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