【90/1096】ながいあいだ
90日目。毎日続けているのに、今日は何日目だっけ?と毎日確認しないと日数がわからなくなりますよ。忘却がすぎる。
正月は、いい肉を食べる機会が増えるわけですが、等級5の牛肉の引き起こす、下垂のすさまじさにおののいております。今まで気づかなかったのか!と己にツッコミを入れまくり。脂の多い牛肉は当分食べない、というかもう食べない。
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実家に帰省したら、両親がものすごい年を取っていた。
浦島太郎の玉手箱をあけたのか?!と思うほど。
去年は帰らなかったような気もするが、2年でこんなに老けるものか・・・とちょっと驚いた。
母が髪を染めるのをやめたらしく、そのせいかもしれない。
両親はまだ二人とも健在で、今年、結婚して50年になると聞き、驚愕。
いや、自分がそんな歳だったんですが、ええ。
ふたりして50年、元気なまま迎えられるというのもすごい。
ずいぶん、ながいこと一緒にいましたねえ、、、と感心しきり。
私は夫と金婚式は迎えられないだろう、と結婚式の時に話した記憶があるので、そんなに長く一緒に生きるという経験はしないだろうなあと思うのだが、18歳で結婚した甥は「ダイアモンド婚も目指せるね」と笑って話した。
たくさん用意されていたごちそうは、ほとんど老夫婦の口に入ることはなく、20代~0歳までの孫&ひ孫たちに提供され、余った分は持ち帰ってきた。
もうそんなに食べられないけど、料理をつくる楽しみはまだ残っているそうだ。
私の母は、料理がうまかった。
大人になって、ほかの人の料理を食べるようになって気づいた。
母は料理がうまかったのだ、と。
自分の母のつくる料理は、それが当たり前だと思っているから、そのことに気づかないものだ。
今年は白菜づけがうまくできたと言って、お土産にしてくれたが、こういう味が私には作れないなあと思う。
私が子供のころから、母はベランダで漬けていたのだから、覚えていてもよさそうなのだが、すっかり忘れてしまっている。
そして、もう今は一緒に漬けるような距離にいない。
親が年老いるというのは奇妙な気分だ。
ああ、もう残りは少ないなと思った帰省だった。
そう思うと、切ない気持ちがする。
自分がうけた仕打ちを忘れたわけではないが、ずっとひどい仕打ちばかりをうけていたわけはなく、優しくされたり、よかったときも間違いなくあるので。
だからと言って、行く回数が増えるとかないんだけど。
そして、母が真っ白な頭になったのは、化粧品かぶれでどうしようもなくなったからだという話を聞いて、ああ、この人は長いこと我慢してきたからなあと思ってしまった。
自分のことは後回しにして、人のことばかりしていて、ずっと我慢していた。だから、子どもに当たったんだろうけども。
よく見たら、頭皮が真っ赤だった。
だからと言って、もう私がしてあげられることもないのだけど。
ただ、もう化粧も毛染めもしないと決めたら楽になったようで、どこかさわやかな顔になっていたので、それでいいのだろうと思う。
長い間、親子をやってきたから、まあ、その仕舞いまでもう少しお付き合いするのであろう、と思った。
もう嫌悪感とか憎しみとかはまるでなく、ただ平穏に過ごせるようになって、私の心が軽くてよい。
来年の正月にまた集まれるかわからないけど、
それもまたそれで。
では、またね。