【645/1096】「男尊女卑依存症社会」からどう脱却するか
斉藤章佳先生の新刊「男尊女卑依存症社会」を読了。
20年以上、精神保健福祉士・社会福祉士として依存症患者の回復に関わってこられた斉藤先生ならではの観点に、納得感があった。
万引き、痴漢、アルコール、ギャンブル、薬物などの典型的な依存症だけではなく、摂食障害、DV加害行為にも嗜癖行動があり、依存症は誰もがなり得るものである。
そのなかで、斉藤先生は
・ワーカホリック
・男尊女卑(ジェンダーバイアスではなく、あえての男尊女卑)
は、依存的であり、依存症と捉えると見えてくるものがあると本書で書いている。
男性優位社会と言うと、男性側から反発を受け、女性を優遇している、女尊男卑だと主張する人もいる。
韓国の男性フェミニストの方も、男性側からの反発がものすごく、男性が自分たちのほうが被害者なのだという主張をする団体から抗議を受けると言っていたことを思い出す。
けれども、日本と言う国は、社会の根底に男尊女卑の価値観が間違いなくしみこんでいる。
男尊女卑という価値観は、
家庭
教育機関(学校など)
メディア
社会(職場)
で刷り込まれる。
具体的な事例をあげて解説されているので、かなり腑に落ちた。
のであるが、依存症になったことによって、慢性自殺という状態に陥っていくという矛盾が人生に生じる。
依存症の回復は、まず認めることからしか始まらない。
というのも、依存症は「否認の病」であるから。
このことは、依存症を学ぶ中で何度も繰り返し学んでいるのであるが、「否認の病」は防衛機能であるので、依存症患者でなくても、かかっているなと思った。
4章に処方箋が書かれているのだが、これは本当に一人でやることはできないなと思う。
仲間をどう作れるか?というところが最も重要だ。
これは、誰もが陥る依存症だし、男性だけの問題ではなくて、女性もすでにかかっている。
自分自身もここは十分に染みついている価値観なので、並大抵の意識ではすぐに飲み込まれてしまう。
けれども、やっぱり、この依存症から脱却することが、自分を生きるということにほかならないなと思うので、少しづつでも回復を、そして、子どもたちに委譲しないようにしたいものである。
では、また。