逃避行〜自分探しの旅 1
大切な人との別れは私の心を縛り、過去ばかり振り返ってしまう日々が続いた。このままでは前に進めない。私は現実に戻るため、過去を探す旅に出かけた。
台風が過ぎ去ったばかりの空を飛んで、深夜、ナリタに到着。急いで駅へ移動し、スカイライナーのチケットを買い、ナリタからウエノ付近に予約しているホテルに向かう。飛行機の遅延のため、到着時刻が約2時間も遅れ、すでに夜の11時を過ぎている。
都会の片隅の見知らぬ街は暗く、人がちらほら歩いてはいるが、さびしげな空気に包まれている。駅からGoogleマップを頼りにホテルを探す。いつもながら、100パーセント信じてはいない。今夜もしばらく歩くと、それまで徒歩10分と示していたのに、今度はぐるりと回り道をするコースを表示してきた。さっきより近づいているはずなのに、所要時間が伸びているし、コースは遠くなっている…これは信じてはいけないパターンだ。こんな夜遅くに迷子なんてまっぴらごめんだ。
私は事前にネットでチェックしておいた情報を頼りに、大通りを渡り、細い路地に入ってみた。この方角で間違いないはず…ビンゴだ!看板が見えた。助かった。あのままGoogleを鵜呑みにして真っ直ぐ行っていれば、最終チェックインの時間を過ぎてしまうところだった。
ホテルの入り口を入り、フロントの女性に鍵をもらい、1階の自分の部屋へ。きちんと清掃はされているが、側溝のような異臭が漂う部屋。あまり心地よくはないが、ここで一晩を過ごすしかない。とりあえず、昼から何も食べてないから、コンビニでおにぎりでも買って来よう。再び外へ出て、コンビニを探す。細い路地を歩いていて気づいたのだが、どうやら周囲はいかがわしいホテルが林立しているようだ。帰りはこの道は避けて大通りを歩こう…
コンビニで買ったおにぎりをお茶で胃の中に流し込み、明日の電車の時間などを軽く確認して寝ることにしよう。
横になってしばらくは落ち着かず眠れなかった。そんな時には音楽だ。イヤホンから聞こえる歌声に、いつしか疲れは解れ、いつのまにか眠りにつく…
翌朝、遠い遠い記憶を手繰り寄せる旅が始まった。
朝9時。ウエノに向かう電車を待つ。ここはウエノの一駅先の駅。とりあえずウエノで乗り換える予定だった。
しかし、まだ通勤ラッシュが完全に終わっていないのか、それとも都会とは常にこんなものなのか?
ホームで開いた扉を開いた電車は入り口まで人がいっぱいで、もう人一人立つスペースさえもないように見える。私は怖気づいた。こんな大きな手荷物を抱えて、そのわずかな隙間に身体を捩じ込む勇気なんてない。しかし、他の車両もどれも同じような状況だ。一瞬ひるんだ足をなんとか動かして乗ろうとしたら、けたたましくベルが鳴り、扉は閉まってしまった。そんな有様で、結局電車を二本も乗り過ごしてしまった。どうしよう…
ふと見ると、隣のホームの電車も同じ方向に向かうようだ。大宮行き、埼玉方面に向かう電車だ。
こちらは山手線とは混み具合も全く違い、充分余裕がある。
これに乗ってみよう。ネットの情報とは違うが、おそらく大丈夫だ。都心から逃れるように電車にゆられ、遠ざかる景色を一人ながめていた。
今回の旅でつくづく感じたのは、私は都会なんて大嫌いだって事。
所狭しとあちこちに人が溢れているのに、人間らしさなんて希薄で、他人を障害物ぐらいにしか感じられない空間。現実世界を歩いていながら、まるでRPGの世界に紛れ込んでしまったかのようだ。人混みをきって歩くのも、ゲームのコントローラーを上手く操作してるような気分。右へ左へ…ぶつからないように。
東京。だだっ広く、欲しいものがどこにあるかも見つからない。大きすぎるおもちゃ箱に、全てを一緒くたに放り込んだかのように、大切な物はなかなか見つからない。
若い頃は憧れた大都会。今、目の前に広がっているのは、煌びやかな都会のイメージとは全く別のものだった。
若い頃は綺麗な服や雑貨に心ときめかし、物欲を抑えられなかったが、そんな物は一時の迷いでしかなく、手に入れた瞬間、ときめきなんて消え失せて、ダイヤモンドもただのガラス玉、いや、道端の小石とさほど変わらなくなることを、すでに知ってしまった今の私にとって、消費とは断捨離の始まりでしかない。
色気も可愛らしさも、もう持ち合わせがないのだ。
接触してはいけない時空間をリープして、幸せな時間を手に入れ満たされるも、一時と経たず記憶はすでに退化を始め、脳裏から忘却の彼方へと消え去ってゆく…