袖振り合うも多生の縁〜自分探しの旅 3
私は田舎育ちのせいか、他人との距離にはかなり敏感で、パーソナルスペースはできるだけ広めに保ちたい。
普段、台湾では、いつも人と人との距離がかなり近いと感じる。信号待ちしていても、知らない人がどうしてそんなに近づいてくるの?という位置に寄って来る。全く混んでいない道で、だ。
自転車やバイクも、追い抜く時、かなり近くを走り去るので、恐ろしい。向こう側がいくらでも空いているのに、どうしてそんな近くに寄って来るのかわからない。
レジなどで列になって待っている時も、後ろの人がどんどん詰めて来るのに、前方の人が前に進まないから、間に挟まれて、イライラすることがある。
さて、都心から離れる電車の中での出来事だ。
私は運良く座ることができたが、車内は混み合い、シートにはびっしりと乗客が腰掛け、空いているところなどない。当然私の両隣とも人が座っている。私はできるだけ腕がお隣さんにぶつからないように、小さくなって座った。
都心から遠ざかっていくにつれ、乗客も少しずつ減っていき、隣も空席になった。
ああ、よかったと思たのもつかの間、またすぐ誰か隣に座ってきた。アジア系の女性だった。フィリピン人っぽい。しばらくすると、彼女は携帯電話で何やらおしゃべりを始めた。
以前は電車の中では絶対マナーモードというルールがあったと思うのだが、今はそれほど言われないのか?うるさいなと思ったが、私は特に彼女に注意したりはしなかった。ただ、他にも空いてる席はあるのに、どうして私の隣なんだろうとちょっと不機嫌になった。
嫌なら私が席を移動することもできるが、そこまでするのも面倒だし、我慢するしかない。
しばらくすると、彼女は鼻歌を歌い始めた。イヤホンをつけてご機嫌な様子。この人、全く周りが見えないんだろうな。私は溜め息をついた。だから、外国人は…って言われるんだぞ、と、私は心の中で眉をひそめ、不満を募らせていた。
と、突然、彼女が私に話しかけてきた。
「すみません」
あ、日本語、できるんだ…私ははっとした。
「シバシはどこですか?」
少し外国人訛りではあるが、小慣れた感じの日本語だった。
「シバシ?」私。
「はい、シバシ。シバシはまだですか?」
「えっと…私もよくわかりません。ちょっと待ってね」
私はネットで調べておいた路線図を見てみる。シバシ…、あ、多分これだ、石橋!
「石橋ですね?まだですよ、まだ先です」
私は路線図を見せながら説明してあげた。私の目的地よりちょっと先だ。
彼女は安心したようで、私にありがとうございますと言った。
その後は特に彼女と話すこともなく、それぞれ自分の目的地までの時間を過ごした。
しばらくすると、彼女はまた鼻歌を歌い始めた。
しかし、私はもううるさいとは思わなくなっていた。何となく微笑ましくさえ思えてきた。
歌を歌うと、心の中の不安は消えるものだ。きっと彼女も一人で不安なのかもしれない。何の歌を歌ってるのかは知らないが、特別大きな声で歌ってる訳でもなく、自然にハミングしてしている様子が何だか可愛らしく思えてきたのだった。
さて、次は私が降りる駅だ。彼女にあと何駅あるか、もう一度声をかけるべきかどうか迷ったが、彼女の日本語は充分上手だったし、おそらく後は放っておいても大丈夫だろう。
私は自分の目的地で何も言わずにそっと電車を降りた。