廊下
進路資料室に続く廊下だった。部屋に入らなくても、古い赤本の擦れた匂いがした。
夏休みによく通る廊下だった。いつもより灰白い校舎で、鞄のチャームがジャラジャラ鳴っていた。
いつもひとけのない廊下だった。ぽつぽつ人とすれ違うことはあっても、立ち止まる人はいなかった。
いつも薄暗い廊下だった。電気が点いていたためしはなく、冬の夕方には外の街灯だけが光っていた。
*
ひんやりとざらついた、アイボリーの壁の質感が、突然、あの廊下に重なった。撤収も済んだ、小さな就活イベントの終わりだった。あのころとは、場所だって、歳だって、何もかもが違うのに、少し高い天井と、中途半端な奥行きが、何だかやけに似ていた。
自覚してしまった虚無感に、今さらのように足がすくむ。あの廊下でも、たしかに何かを考えていて、あるときは、きっと誰かと笑い合っていた。今となっては、何もかも、忘れてしまった。
ぼんやりと薄暗い視界で、ふと、足元を見る。細長い窓から降る光の、層状に交差した模様を見る。そのまま、光の綾が続いていくずっと先に、目をやる。
いま、私だけが、美しいものを見ている。
暗がりにだけ、光の筋がある。寂しさにだけ、足先の影がある。そうして、美しさに滲んだ感性に、自分が自分であることの安心を得る。
*
あの廊下も暗かった。卒業アルバムにも、学校のパンフレットにも、決して載らない廊下。
だけど、私だけが知っている。あの廊下も光っていた。白くかすみがかった記憶の廊下で、まばらに行き交う人影の中、私だけが立ち止まって、足元を見ていた。
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