創作怪談 『ストーカー』
彩夏は新しいマンションに引っ越してきたばかりだった。
右隣には彩夏より少し歳上の夫婦が住んでいて、左隣には無口な男性が住んでいた。
右隣りの夫婦とは時々会うのだが、左隣の男性とは引っ越してきたその日に、見かけた程度だった。
女の一人暮らしという事もあり、特に引越しの挨拶もしていない。
もちろん顔を合わせれば、声をかけるのだが、男性とは全く会わないので、話したこともなかった。
人付き合いが苦手な人なのかもしれないと、彩夏は特に気にも止めていなかったのだが、ある日、引っ越して来た日以来、初めて左隣の男性を見かけた。男性は自分の部屋の中に入って行った。
入って行ったはいいのだが、扉をきちんと閉めていない。
半開きになっている。
なにか用事があって、ドアを開けっぱなしにしているのかな?
そんなことを思い、彩夏自身も自分の部屋へ入る。
別の日、彩夏は出かけようと部屋の鍵を閉めようとバッグの中を探っていると、左隣から例の男性がでてきた。
軽く会釈をするのだが、相手にはスルーされた。
本当に人付き合いが苦手な人なのだろうそう思いながら、鍵をかけて、その場を離れようとする。
ふと、左隣の扉を見れば、この間のように、半開きになっている。
あれ?と思いつつ、勝手に扉を閉めるのもどうなのだろうか?
こういう時は余り関わらない方がいい。
特にできることもないだろうと、そう思ってその時は何もしなかった。
また別の日、そのまた別の日も出かける度、左隣の扉は半開きになっている。
その日、彩夏が仕事から帰ってきた時もまた扉は半開きになっていた。
流石にこう何度もこんな風になっている時に気になってしまう。
とりあえず、インターホンを鳴らす。
特に返事はない。
部屋の中に声をかける
「すみませーん」返事はない。
扉に手をかけ、少し開ける。
玄関中は暗く、人気は無い。
玄関の先の部屋の灯りがついているようだ。
急に好奇心が湧いてきた。
部屋の中に入る。
「すみませーん!大丈夫ですか?」
もしかすると中で倒れたりしているのかも、そんな理由をつけて、玄関へと入ってみる。
彩夏の部屋と作りは変わらないようだ。
本当に中で倒れていたりしないだろうか?
音もしないし、その部屋に誰かが動いているような気配もしない。
靴を脱いで、部屋に上がる。
「大丈夫ですか?入りますよー?お邪魔します」
明かりがついている部屋の扉を開ける。
家具のみのシンプルな部屋だった。
彩夏の目を引いたのはそこでは無い。
無数の写真が壁中に貼られている。
ただの風景写真だったら特に気にも止めなかっただろう。
しかし、そこに貼られていた写真は、彩夏の写真だった。
急いでその部屋から出て、自室に戻る。
警察に連絡しようかとも思ったが、勝手に部屋に入ったという事が、引っかかり躊躇してしまう。
とりあえず、引越し先を探そう、彩夏はそう決めた。
次の日、仕事に出るのに左隣をチラリと見るが、今日は扉はしっかりと閉まっているようだ。
右隣の奥さんが、出てきたので挨拶をする。
「大丈夫ですか?」隣の奥さんは、心配そうに聞いてくる。
「顔色が悪いけれど……」そんなふうに言われた。
「大丈夫です」と返すが、奥さんはなにか言いたげだった。
仕事前だったので、話は聞かずにその場を離れた。
仕事から帰って、数分経った時に、インターホンが鳴らされる。
モニターで確認すると、今朝も会った隣の奥さんだった。
話を聞けば、おすそ分けついでに様子を見に来てくれたらしい。
「実はね……」そう言って切り出された話はにわかには信じがたいものだった。
彩夏の左隣の部屋は事故物件と言うやつらしい。
「あなた知らないみたいだったから……いつ伝えようかと……あまり気分のいいものでは無いでしょ?」
「でも、今は男性が住んでますよね?」
「え?いいえ、今は誰も住んでいないはずよ?」
「でも……」
一部始終を話そうかとも考えたが、信じては貰えないだろうと思い口を噤む。
「ともかく、体調に気をつけてね」
そう言って、お隣の奥さんは出ていった。
彩夏は急いで引っ越しをすることに決めた。