創作怪談 『伝染る』

  休日、特に予定もなく家でスマホをいじりながら、ぼーっと過ごしていたのだが、流石に何もせずに終わってしまうのは良くない。
そんな気分になって、散歩をする事にした。

外は快晴で気温も調度良い、散歩日和だ。
歩いていると、どこもかしこも桜が満開でピンク色に染まっていた。
昼時でお腹も空いてる、どうせならとコンビニでおにぎりや飲み物を買って、近所の公園のベンチに座り、花見をすることに決めた。

 その公園は桜の木の真下にベンチがあった。
夏の時期は毛虫が大量発生するので座れないベンチなのだが、今の時期は桜を見るのにちょうど良い。
休日だし、他に人がいるかもなと思っていたが、人っ子一人いない状態だった。
深く考えずにラッキーとベンチを陣取り、早速昼食にする事にした。

 昼食用に買ってきたおにぎり等は食べ終えて、片手でスナック菓子をポリポリと食べながらスマホで桜を撮影し、SNSに投稿する。

「こんにちは」
不意に声をかけられ、ドキッとした。
ベンチに座り真上を見上げて桜を撮っていたのできがつかなかったが、目の前におじさんが立っていた。
知らない人だ。
「あ、こんにちは」
一応返事を返すと、おじさんは勝手に隣にすわってきた。
「いい天気だね〜」
そんなことを話し出すおじさん。
年齢は、50後半位だろうか?
目の下にクマができていて、何となく疲れている印象を受けた。
疲れてはいるようだが、口角を上げ笑っている。
その笑顔はニコニコというより、ニヤニヤといった感じがして、何となく不気味だった。

私が女だったら、最初に声をかけられた時点で、その場をすぐにでも離れるだろうが、男だし、そのおじさんよりガタイも良かったため、特に気にもとめずに、その場に留まった。
「ですね〜」 
 当たり障りのない世間話をしているのだが、時々、おじさんはこちら事をじっと見つめてきて、正直あまりいい気分はしなかった。
話が通じないという訳でもなく、普通の人の様だ。本当に当たり障りのない話をしていたのだが、おじさんは唐突に
「怖い話は好き?」
こう切り出してきた。
 嫌いでは無い、そう答えると、おじさんはさらに口角を上げ、嬉しそうに話し出した。

「これはね、僕が体験した話なんだけどね」

 1ヶ月位前かな?この公園に来て、このベンチに座ってコーヒーを飲んでいたんだ。
その時は桜は咲いていなかったけど、今日みたいに気持ちのいい天気の日でね。
そこへ1人のおばあさんがやって来た、そのおばあさんは、随分とボロボロな格好をしていたんだよ。
げっそりとした顔のくぼんだ目の下には大きなクマがあった。
ふらふらとこちらへと近づいてきたんだけど、ちょっと嫌だなって思って、避けるようにその場を離れようと、立ち上がった。
だけど、おばあさんの隣を通り過ぎる時に、おばあさんに、腕を掴まれたんだ。
細い腕からは想像できないほどの力の強さに驚いていると、おばあさんが口を開いた。

「くる!くる!くる!」
叫ぶようにそう繰り返す。
振りほどこうとするがなかなか離れない。
どれだけ強いんだと振り払おうと必死になっていると、おばあさんは口を噤んだ。
そして、もう一度口を開くと、低い声でゆっくり
「お前の番」
そう言って手を離し、おばあさんは立ち去って行った。

なんなんだと呆然と立ち尽くしていた。
どれだけそうしていたか分からないが、ハッと我に返り、家に帰った。

その日の夜だった。
何も見えない真っ暗な闇の中を、何かに追われる夢を見て、最後にはその何かに捕まって、その何かに呑み込まれてしまう。
そんな夢を見た。
呑み込まれた瞬間に目を覚ます。
もう一度眠ると、また同じ夢を見て、目を覚ます。
次の日も、次の日も、同じ夢を見て目を覚ますのを繰り返す。
そのせいで、寝るのが怖くなってしまって、寝不足になってしまったんだ。

そう語り終えると、そのおじさんは私の腕を掴んだ。
驚いて手を振り払おうとする。
話の状況とリンクさせて怖がらせようとしているのだろうが、にしても力が強すぎる。
「ちょっと!」
離してください、そう言おうとした私を遮るように、おじさんは言った。

「お前の番」

にやぁ……と笑いおじさんはそう言った。
そして、手を離し去っていった。

良くある聞いたら呪われるとかいう類の話しをしたかったのだろう、正直、話話自体はつまらなかったなそんな感想だ。
結局変な人に絡まれてしまって、嫌な気分で帰宅する事になった。

その日寝る前、腕の1部に痣のような物ができていることに気がついた。
ぶつけたっけ?そう考えているとおじさんの事を思いだす。
そして、あの話。
もちろん、信じてはいない。
でも、意外と気になってしまうものだな。
布団に入り、そんなことを考えていると、眠気が来た。

真っ暗で何も見えない。
ここはどこだろうか?
どこへ迎えはいいのだろうか?
分からないが、必死に走っている。
走っても走っても、真っ暗な闇が拡がっているだけだった。
必死に走っていたのに、追いつかれた。
何に追いつかれたのかは分からない、でも何かに追われ、追いつかれ、捕まった。

捕まった瞬間、目を覚ます。
汗をかいていた。
身体を起こし、顔の汗を適当に拭って、手の届くところに置いてあったペットボトルの水を飲んだ。
寝る前にあの話を思い出してしまったからだろう。
もう一度、布団に潜り込む。

またすぐに、眠りにつく。


真っ暗で何も見えない。
ここはどこだろうか?
どこへ迎えはいいのだろうか?
分からないが、必死に走っている。
走っても走っても、真っ暗な闇が拡がっているだけだった。












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