Official髭男dism「Rejoice」を語る

Official髭男dism「Rejoice」

7/24にリリースされたOfficial髭男dismのニューアルバム「Rejoice」について語らずにはいられなかったので、このnoteにて書き記す。
前作から約3年ぶりのアルバムリリースとなる今作だが、前作「Editorial」から纏う雰囲気がガラリと変わり、髭男の新しいフェーズの到来を感じさせるアルバムとなった。
コロナ禍で制作された「Editorial」では、深く暗い思考の海底を漂っているような印象を受けたが、今作「Rejoice」ではその海底から光差す海面へと浮上し、呼吸をし始めたような「解放感」を感じずにはいられない。

英語で大喜びを意味する「Rejoice」と名付けられた今作のアルバムの収録曲とそこに込められたものを、極めて個人的な解釈で紐解いていきたい。

1.「Finder」
幕開けの1曲。前作を聴いている人なら聴き覚えのあるイントロの旋律に気付くだろう。前作Editorialの締めくくりの曲である「Lost In My Room」から続いているのだ。「Lost In My Room」では曲名のとおり途方に暮れあてもなく彷徨い歩く人間の心象が描かれているが、3年の時を経て、彷徨い歩いていた人間が「Finder」として今作の1曲目に登場する。前作をネガティブな印象を持ったまま終えたことに少し引っ掛かるところがあったのだが、この流れを見越していたと言うならばあまりにロングスパンの構想にお手上げだ。
曲名のとおり「Finder」では、何かを見つけた人間の心象が描かれており、冒頭でも述べたように「深く暗い思考の海底から光差す海面へと浮上していく様」を見事に音楽で表現している。
Bメロの「再び会えた」の部分からの展開の様は海面へと顔を出し呼吸をし始めたかのような解放感を感じさせる。
コロナ禍、Vo.藤原の声帯ポリープによるライブ活動の休止を経て、再び音楽を分かち合う喜びを得たOfficial髭男dismの第2章の幕開けである。

2.「Get back to 人生」
「Finder」からの見事な繋ぎにより始まるこの曲は、いかにも髭男らしい1曲だ。
歓喜の笑い声のようなサウンドから幕開け、ノリのいいポップなバックビートと共に、人生を取り戻した喜びを歌っているのだが、歌詞からも分かるように彼らが見つけたものは「自分たちの好きなように楽しんで生きること」だったのだろう。この数年で瞬く間に日本の音楽シーンのトップに登り詰めた彼らには、計り知れぬプレッシャーがあったことだろう。それが故に見失っていたこの極めて単純な感情を取り戻した、そんな喜びを感じる1曲だ。
そしてサウンドでもその喜びが見事に表現されている。楽器のサウンドに注意して耳を傾けると、曲が進むにつれ次第に音色が変化していくことに気付く。イントロでは無機質な音色だった楽器隊が、終盤になるにつれ温度感のあるバンドサウンドに変わっていくのだ。
まるで凍り付いていたものが溶けていくかのような、眠りから目覚め覚醒していくような、そんな様子が見事にサウンドで表現されている。

3.「ミックスナッツ」
言わずと知れた名曲。この曲は「ジャズ」「フュージョン」「ロック」など様々な音楽の要素を取り入れた「超ミクスチャーソング」の印象を受けるが、それこそが様々な種類のナッツの集合体である「ミックスナッツ」の表現だと解釈している。昨今「多様性」という言葉をよく耳にするが、この曲こそまさにそれではないだろうか。「普通などない、正解などない」と歌詞にもあるように、様々な性質や思想を持った人間が生きる社会において、「普通」や「正解」などという物差しは極めてナンセンスで、それぞれが生きているという事実が尊い、これに尽きるのだ。それを形容するかのように、様々な音楽要素が入り混じりながらも共存し一つとなった素晴らしい楽曲になっている。
演奏面ではこの曲の難易度が他の楽曲に比べて極めて高いことが分かるが、それもまたOfficial髭男dismのプレイヤーとしての野心のようなものを感じる。どれだけ大きくなろうとも努力や挑戦を怠らない、彼らの音楽への直向きな姿勢が見て取れる1曲だ。

4.「SOULSOUP」
この曲はVo.藤原が声帯ポリープ療養から復帰後初めてリリースされた曲だ。復帰したことへの喜びと今後への情熱を感じる1曲となっている。そのパワフルさは気合の入ったイントロと、高音域からの歌い出し、音数の多さからすぐに感じ取ることができる。個人的な話だが、この曲のBメロ「無謀な理想が」の部分からの音楽展開がとても好みだ。この展開、ワクワクせずにはいられないのだ。まるでブロードウェイミュージカルかのような、色とりどりのライトに照らされ愉快に踊る人々の姿が浮かぶ。そして間奏のソロでもそのワクワク感を噛み締めるかのように、ホーンとギターで同じメロディが繰り返される。このフレーズが、彼らの復帰への喜びを体現しているように感じてならない。様々な楽器が音を鳴らしどんちゃん騒ぎをするかのような雰囲気からも、彼らの今後への胸の高まりと情熱、療養期間を経て手に入れた強さを確かめるかのような印象を受ける。

5.「キャッチボール」
この曲は今作で髭男の楽曲制作への熱量を最も感じる1曲だ。あまりのこだわりにため息すら出るほどだ。
この曲からは、音楽でひとつの絵画を描いているかのような印象を受ける。
この曲はサビで1フレーズごとにコードが入れ替わり行き来するという絡繰がある。これはまさにボールが行き来するキャッチボールの表現だ。それだけではなく、2サビではそのコードの行き来が1番と反対になる。なんと言う遊び心。
そしてこのサビの行き来するコード進行だが、暖かみを感じるようなコードと、爽やかさを感じるようなコードを交互に使うことにより、青空と太陽のコントラストを感じさせる。これがこの曲を絵画だと感じる理由だ。
その他にも1サビ前の「鮮やかになっていく風景を」の部分でも、徐々にコードチェンジをして風景が鮮やかになる様を表現する、など音楽的な部分だけでなく色覚的なものへの細部へのこだわりを感じる。この曲の素晴らしさは、音楽という色彩を使って、ひとつの情景を想像させるところにある。
音作りの面でも、序盤の少しぎこちなさを感じさせるサウンドから次第に要領を掴んでいくかのようなサウンドに変わって行ったり、演奏の裏にキャッチボールの痛快な音を連想させるような効果音が入ったりと、あまりにも考え込まれた制作にただただ脱帽するばかりだ。
彼らの魅力はここにあるのだと、この曲を聴けば分かる。

6.「日常」
これは社会に出た大人の誰もが抱えるであろう心情を描いた楽曲だ。
コード使いも少し大人びた印象を感じさせ、そこを彩るギターの光沢のあるサウンドがオフィス街のネオンを彷彿とさせる。
この楽曲は淡々と進んでいく印象だが、これがまさに社会の歯車として何の変哲もない毎日を生きる我々社会人の日常を表現しているように思う。裏で淡々と刻むギターのブリッジミュートがさらにその印象を強くする。そしてその繰り返されるブリッジミュートは、時々音階がわずかに上がったり下がったりする。それも、単調な日常の中で起こる気分や運の上下を表しているのではないかと愚察する。
この曲は淡々とした中にもわずかな温かさを持ち、社会を生きる人間に寄り添い、そしてそっと包み込むかのような力がある。
決して悲観せず、強要せず、私たちの日常をそっと肯定し、疲れを癒してくれるような、ある意味疲れた夜のホットマスクのような曲だ。

7.8. 「I'm home」→「Sharon」
家路を歩く足音、そして扉を開けた先に広がる暖かな場所を想像させる壮大なバラードナンバーだ。
「Sharon」では家庭の温かさが描かれている。
それを表現するかのように楽曲のコードも暖かみのあるコードで構成されている。その暖かさの表現はサウンドにも現れており、音作りが全体的に暖かい印象を与えるようなものになっている。Baldwinのアップライトの音色がその暖かさに一層と深みを与える。
この曲からはVo.藤原の一人の人間としての生き様や堅い意志を感じる。おそらく自身の妻に向けたものだと解釈しているが、どれほど大きな存在になっても身近で支えてくれる人間を愛しその気持ちを表現することの重要性を彼は理解しているように思う。
ファンの中には「そんな想いは敢えて聴きたくない」と思う方もいるだろうが、彼はそれを理解した上でこの楽曲をリードナンバーに持ってきていると思っている。
そこからも彼の「男気」を感じずにはいられない。
だがこれは彼の話だけではなく、すべての人間に言えることだ。自分の身近にある「Sharon」を大切にすることの重要性を、彼らは教えてくれているように思う。

9.「濁点」
この曲はアルバムならではの楽曲だ。
髭男の曲は耳に残る印象的な曲が多いのが特徴だと感じるが、この曲はそれとは裏腹に単調に繰り広げられる。
抑揚のない音階のメロディと、それに添えられる松浦のゴーストを巧みに使った平坦だが深みのあるドラムビート。
歌詞、音楽的要素をどれをとっても、この曲は意図が掴みにくく、なかなか解釈に時間がかかったのだが、しばらく考えてこの「掴めなさ」がこの楽曲の醍醐味なのではないかと気付いた。
はっきりとしたものだけではなく、曖昧な部分や濁したい部分、いわゆる「濁点」を、この楽曲では表現しているように思う。人間誰しもそういう部分があるものだ。そしてそれを知らないままでいるからこその美しさもある。
だからこそこの楽曲は、深く意図を読み解くのではなく、濁りを楽しむのが良いのかもしれない。

10.「Subtitle」
一世を風靡した楽曲だ。ドラマ「silent」の主題歌だったことから、それに沿って作られた楽曲だろうが、藤原の人柄がよく現れた楽曲だと感じる。silentは病気で耳が聴こえなくなった主人公の物語だったが、この楽曲では「自分の物差しで最大限相手を理解しようと努力をする様」だけが描かれており、それ以上相手の心境に踏み込んだ内容がない。こういった場合、ドラマの登場人物の心情を想像してつらつらと歌詞を書いてしまいがちだし、それが悪いことだとも思わないが、「わかったようなことを書きたくない」と敢えて自分の持ち合わせているものだけでこの楽曲を書き上げたことに、彼の苦悩と闘う人間に対してのリスペクトを感じざるを得ない。そしてその彼のリスペクトに救われた方は少なからず居たのではないかと感じている。
音楽的なところでは落ち着いたシャッフルのリズムに輝きのあるピアノの音色が美しい冬の情景を想像させるが、その繊細さとは裏腹に力強いドラムサウンドと、思い切り歪んだギター、シンセベースのサウンドが曲に込められた熱く力強い思いを表現しているように感じる。

11.Anarchy Rejoice ver.
これは本当に「好きにやっちゃいました」の具現化だなと感じている。
もともと在るAnarchyオリジナル版は、シンプルなサウンドとベースラインを軸に歌い上げるものだが、Rejoice ver.では打って変わって好き放題やっているのが分かる。
特に2C後のアレンジが強烈で、80年代のハードロックを彷彿とさせるような4つ打ちのドラムとギターリフが入る。
初めてツアーで聴いた時は「アンガスヤングかよ」と思わずツッコミを入れてしまった。あまりにもバカすぎる。(これは褒め言葉です)
しかもその後、本来なら落ちて歌うはずのDメロで一斉にシンガロングをし始める。本当にバカすぎる。(褒めてます)
「何にもない 誰も居ない」をシンガロングで歌うの面白すぎて最高としか言いようがない。
でも本来彼らはこういう人たちなのだろう。今まで優等生のふりをし過ぎたのだ。その証明として、この楽曲をやっている時の彼らは一番生き生きしているように感じる。ライブで盛り上がること間違いなしのアレンジだ。

12.「ホワイトノイズ」
この曲は、王道なロックナンバーだ。髭男にしては珍しく単純なコード展開で、あまり複雑なことをしていないのだが、それがまた味を出している。
この曲は不良高校生のストーリーである東京リベンジャーズの主題歌になっており、この捻りのない真っ直ぐな、いい意味での単純さがその世界観と上手くリンクしている。
しかし、その単純さの中にも髭男らしさはちゃんとある。例えばイントロでは車のエンジン音やクラクション、ブレーキ音を再現するかのような不協和サウンドが密かに仕込まれている。そして曲の構成としても、1番2番のサビと後半の大サビを異なるものにする、サビ2種という今までのJPOPの概念を覆すような構成をしており、単純では済ませないある意味捻くれた彼ららしさを感じ取ることができて笑みが溢れる。
この曲は東京リベンジャーズに沿って書かれたものだろうが、歌詞の内容からしても今回のライブ活動休止期間を理解していた未来の彼らが、過去の自分たちに対して書いたのではと夢のある想像が膨らんだりもする。

13.「うらみつらみきわみ」
これは普段は言えない本音を歌にしましたシリーズだ。
なかなかこのような毒ある内容は公にはしにくいが目を背けることができない人間なら誰もが持ち合わせているであろう感情を、ファンキーな音楽に乗せることによって上手に表現しているのが髭男らしいなと感じる。
クラビネットのコミカルなサウンドが特にいい役割を担っている。このサウンドがあるからこそ、この曲はシリアスになりすぎたりくどくなることなく絶妙なバランスで成り立っているのだ。揚げ物にかけるレモンみたいなイメージだろうか。(伝われ)
今の時代、この歌に救われる人は非常に多いのではないかなと思っている。
倫理観の観点からあまり大きな声では言えない少し毒のある心の叫びを、否定することなく面白おかしく歌で表現することにより、人間なら誰しもが抱えるこのような感情に居場所を与え、外側に刃を向けることなく平和的に消化するための手助けをしてくれる、救いの1曲だ。

14.「Chessboard」
この曲は、今までの髭男の音楽と比較すると珍しい仕上がりだなと初めて聴いた時に感じた記憶がある。曲の色味がなかなか新鮮だ。
クラリネットやバイオリンなどのパートもあり、オーケストラのような壮大さを感じさせる。このクラシカルな雰囲気がチェスボードのような壮大な大地をより彷彿とさせ、この曲の情景が想像しやすい。
そしてそのクラシカルな雰囲気の中にぶち込まれる小笹のロックなギターサウンドがまた、絶妙な化学反応を引き起こす。
歌詞にも登場するが、クラシックとロックの融合という部分では伝説のロックバンド「Queen」の影を感じずにはいられない。
このギターのサウンドも、密かにブライアンメイへのリスペクトでは無いかと勝手に思っている。
Nコンの合唱のために作られた曲だからでもあるが、後半に向かってクライマックス感満載のアレンジが、若者の未来への明るい希望を表現しているかのように感じる。
新しい髭男を垣間見ることのできる楽曲だ。

15.「TATTOO」
この楽曲はどこか懐かさを感じるサウンド作りがされており、個人的にはフィルムカメラを通して撮影した風景を思わず想像してしまう。
このサウンドと爽やかな曲調、ループミュージックのような曲の構成が、この楽曲で歌われている「飾らない関係性の大切さ」を見事に表している。
SNSが普及するこの時代、人に見られることを前提とした生活を自然としてしまいがちだが、この曲で髭男は「人から見られない部分の幸せ」を謳っている。
彼らの関係性もまさにそうだと言えるだろう。熱い言葉を交わし合うような関係性ではなく、見せつけ合うものでもなく、素っ気ないぐらいの関係性、それがちょうどいいのだと。
その温度感は見事に曲にも表れているが、決して冷めた印象はなく、むしろそのさっぱりとした感じがこの曲をより良いものにしている。
そう、この曲は本当にちょうどいいのだ。

16.「B-side Blues」
Rejoiceの最後に相応しい1曲だ。このアルバムの集大成とも言えよう。暖かなサウンドと、ゴスペルミュージックを彷彿とさせるコーラスと音楽展開。ゴスペルミュージックではよくRejoiceというワードを耳にするが、このアルバム名もそれに起因しているのではないかと考える。
この曲では、「変わってしまうものに対しての悲哀を抱えながらも思い悩みすぎることなく前に進み続けることの尊さ」を歌っている。
きっと彼らが見つけたものはこれだったのだろう。
Official髭男dismというバンドが結成から12年の時を経て、多くの人から知られる存在となった今、色んなものを抱え環境の変化や失ったものに対して悲哀を抱え思い悩むこともあっただろうが、それを受け入れて肩の力を抜いて生きていくことの喜びを知った。そして辿り着いたのがこの「Rejoice」というアルバムだったのだろう。
この曲のレコーディングは、全員が一斉に演奏するいわゆるセッション方式で行われており、そこからも彼らのRejoiceを感じることができる。音楽を楽しまないでどうする、音楽はみんなで楽しむためにあるのだと。
そんなことを感じさせてくれる最高の1曲だ。


以上16曲が収録されたこのアルバムは、冒頭でも述べたように、彼らの新しいフェーズの到来を感じさせるものとなった。
そしてそれは間違いなく素晴らしいものだ。
コロナ禍がようやく収束に向かうかの頃、同時に発症した藤原の声帯ポリープで、髭男はライブ活動を休止することを余儀なくされた。
私自身、藤原の声が出なくなった2023年2月15日の武道館公演にたまたま足を運んでいたが、ステージの上で涙する藤原の姿を見て、彼が抱えているものが想像以上に大きいことに気づいた。
きっと彼が抱えていたものは声帯ポリープへの不安だけではなく、もっと大きなものだったのだとあの涙が物語っていた。
プレッシャー、不安、憤り、不自由、多忙、色んな感情を抱えたギリギリの状態が彼がそこには居た。
そして間も無く発表されたライブ活動の休止。
どのような物語になっていくのだろう、と見守っていたが、長らくの休養期間を経たその先にはこんなにも素晴らしい物語があった。

きっとこの物語は、ひとりでには完成しなかった。
彼らのチームワークと、それを支え続けた周りの人たちがこの物語へ導いたに違いない。
そして彼らはそれらの尊さを改めて実感したことだろう。


「肩の力を抜いて気楽に、楽しんで生きる」

誰もができれば嬉しいことだが、なかなかそう上手くは行かぬのが人間の性だ。
人々はあらゆるものに思い悩み、見えない何かと闘ってしまいがちだ。
だからこそそれらを跳ね除けて「楽しむこと」が出来るようになった彼らは、誰よりも強い。

「It's time to Rejoice!」

背負っていた荷物から必要のないものを降ろし、最小限の軽くなった大切な荷物で彼らは嬉々として未来へ向かう。
Official髭男dismの新たな旅の始まりだ。


文 mayubou

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