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[俳句編] 2024年ファイルしておきたい記事

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勉強になったり、読んで面白かった俳句関係の記事をファイル代わりに集めました。勝手に集めてしまい、ご迷惑でしたらご一報いただければ、外します。
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2024年9月の記事一覧

「南風・十月号」を読む。

「南風・月号」より、好きな句、気になる句。 (句順は掲載順、*=特に好きな句) 村上主宰「鉾の鉦」十句より 津川顧問「箱庭」十句より 「雪月集」より(敬称略) 「風花集」より(敬省略) 「南風集」より(敬省略)

坂田晃一句集「耳輪鳴る」を読む

坂田晃一(さかたこういち)さんは、1956年香川県生まれ。「藍生」から「未来図」、「未来図」終刊ののち、「磁石」を経て、現在「麦」同人でいらっしゃいます。 以下、心に残った20句選を挙げてゆきます。 どこかに翳があるような表現の句に心惹かれました。細かい部分の発見の句が多くあり、それらが内面世界に繋がっていく感覚が心地よかったです。 先日、麦の東京句会に体験参加した際、坂田さんより直接ご恵贈頂きました。ありがとうございました。

シン・俳句レッスン152

夏バテ 夏バテは季語ではないという人もいる。「夏負け」も「暑気あたり」あたりがそうであるとするのだが「夏バテ」は夏が過ぎて涼しくなってから疲れがでてくるので、「夏負け」とは多少意味がズレてくるのではないか。人によっては「夏バテ」を秋の季語とするのもある。 季重なりだけどあえて入れたという新興俳句的に一字空白を入れた。 現代俳句 比喩で詠む。頭では理解するがなかなか難しい。見立てになってしまう。そのへんのとこ意識的に今日はやっていこう。先の夏バテの句も頑固爺ではなく、

今週の季語です(9月20日~25日)

9月20日 居待月 9月21日 烏瓜 文化祭 吾亦紅 9月22日 葉鶏頭(かまつか) 柿 9月2回目の三連休。1日

「秋草」2024年9月号

 お久しぶりです。「秋草」の山口遼也です。何食わぬ顔で再開します。  これは「秋草」の最新号が届いたタイミングで最新号の一つ前の号の句を紹介するnoteです。1年ほど前の私いわく、  真理だ。  とはいえ最近は「秋草」会員の句集がぞくぞくと出版されているのでそちらも近いうちに取り上げたいです。  では、10月号が届いたので9月号の話をします。  一句目。対句表現でありながら互いの要素は意外と遠くない。夕焼が冷めてゆくとともに宵が始まってゆき、そこに発酵のイメージが心地よ

高濱虚子五句集を読む④

第四句集「六百五十句」は、昭和21年(1946)~昭和25年(1950)の句をまとめた句集。昭和30年(1955)4月発行。序文に、ホトトギス650号を記念して発行されたと一言添えられています。 感銘を受けた句を以下に挙げます。 この句集では、 の句も収録されています。 今までの句集もそうなのですが、高濱虚子が常に新しい表現を挑戦して続けているという印象をやはり持ちました。 風花の句は、抽象的な措辞が放り込まれることで、逆に風花の具体的さが際立ってきてるように感じま

西村麒麟句集『鷗』を読む。

『鷗』より、好きな句、気になる句、三十句選。 (*は特に好きな句)      ・・・・・ 先週の金曜日(2024.9.20)、荻窪にある「鱗kokera」にて、西村麒麟先生の句集「鷗」の読書会がありました。 当日までに、自分の特選一句、並選九句、計十句を選び、読書会当日に、店主・茶鳥さんに提出。 参加者八名が選んだ、それぞれの句に対しての鑑賞。 その際に選んだものが、今回の三十句です。(うち、十句提出) 個人的には、麒麟先生のこれまでの句集、『鶉』『鴨』に続き、三冊

シン・俳句レッスン150

吟行 吟行の俳句を探したが見つからなかった。季語に初吟行というのがあって新年ということだった。忘れなければ新年に初吟行を詠もうかと思う。そういえばリアル句会のお代が「行く」だったから吟行も使えるな。と思って確認したら「引く」だった。難しい。 三句切れかな。こういう場合は逆転させる。 似たような句しか出来ないな。はるでもいいな。季語が動く。 このぐらいか? 高濱虚子 『観賞現代俳句全集』から大峯あきら「高濱虚子」のつづき。 詞書に「松本たかし死す(五月十日)」と

まる裏現代俳句時評#2 九月号ふりかえり&取り合わせ雑感

9月17日23時 追記 (9月18日22時40分 修正版公開)  本記事の内容により、読者の精神及び身体に支障をきたした等の不利益が生じました。  当記事において傷を負った関係各位に深くお詫びし、再発防止に努めます。  なお、当該箇所につきましては、然るべき形式にて削除しております。 はじめに  不定期更新のまる裏です。今回もよろしくお願いいたします。この記事のタイトルの「まる裏」、当然「まる裏俳句甲子園」からいただいているものなのですが、全然ダマでやってます。なので、

阿部青鞋俳句全集を読む⑦

第八句集「ひとるたま」は、昭和58年発行。全編旧仮名で書かれています。巻末に俳諧歌、随想があり、そして後記と続いています。 後記には、妻の病に伴い、美作から東村山に移住した際に、関係資料の大半を残してきたとあり、今回の句集には、以前の句集にも収録されていた句もいくつか含まれていました。 この年、阿部青鞋は、第30回現代俳句協会賞受賞しています。(受賞作は現代俳句協会のホームページにて読むことが可能です) 以下、感銘を受けた句をあげます。(以前の句集と同じものは極力省いた

阿部青鞋俳句全集を読む⑥

「霞ヶ浦春秋」は、阿部青鞋の第七句集(昭和54年発行)。序文に、古語で霞ヶ浦への想いや霞ヶ浦を想う歌五首が収録されています。 前回の「続・火門集」同様に、旧かなでかかれています。序文が古語で記述されているのをうけて、句も古語調で多く記述されています。 以下、感銘をうけた句をひいていきます。 先にも述べたように、今回の句集では古語によって詠まれた句が多く収録されていたのですが、個人的にそれらの句にあまり惹かれるものが多くないなということに気が付きました。 おそらく、古語に

高濱虚子五句集を読む③

第三句集「六百句」は、昭和16年(1941)~昭和20年(1945)の句をまとめた句集。昭和21年(1946)年発行。序文に、「ホトトギス」600号を記念して発行されたとあります。 以下、感銘を受けた句を挙げていきます。 この句集では、以下のようなよく知られた句も収録されています。 1941-45年にかけての句集ということで、全体のトーンとして、賑やかな句を詠んではいけないというような風潮があると感じました。(それでも戦時下において、これだけの句会をしていたことは少し驚

阿部青鞋俳句全集を読む⑧

句集「ひとるたま」以降の補遺より、感銘を受けた句を挙げていきます。 補遺は、俳句雑誌などに投稿されたものがまとめられている形式なのですが、それぞれのタイトルを入れてしまうと、すこし煩雑になってしまうため、今回は割愛します。(句の並びは、発表年順になっています。) 前回の句集「ひとるたま」の随想にあった、「何でもないけど、何でもある」世界観がやはり徹底されていますね。特に、これ、本当に何でもないけど、何でもあるなあと感じたのは、 あたりの句。ほんとうに何でもない。でも、何

9月を知るための単語禄。 【現代版歳時記】

先人たちが日本の気候から見つけてくれた、美しいもの・儚いもの・恐いもの、その中で生きていく知恵と工夫。 そんな季節特有の本来の暮らしぶりと、現代の暮らしぶりを結び、歳時記を再解釈する。 今回は「重陽の節句」、通称「菊の節句」。 3月3日・桃の節句、5月5日・端午の節句、7月7日・七夕の節句。節句にはそれぞれシンボルとなる植物がある。端午の節句は菖蒲、七夕の節句は笹。3月は親しまれすぎて通称にまでなっている桃の花。桃の節句の正式な名前は上巳の節句という。 では、9月9日は