『もりのなか』①―エッツの人間観と多様性の受容
今回の絵本はマリー・ホール・エッツの『もりのなか』(福音館書店 1963年)。昔から親しまれている絵本なので、知っている方も多いのではないでしょうか。
”モノクローム絵本(一色で描画・印刷されている絵本)”はマヨの研究対象なので、今回はマヨから『もりのなか』の魅力が詰まったお話が聞けそうです♪
【あらすじ】
「ぼく」が、紙の帽子と新しいラッパを持って森へ散歩に出かけると、1匹のライオンと2匹のゾウ、2匹のクマ、3匹のカンガルー、1羽のコウノトリ、2匹のサル、1羽のウサギに出会う。みんなで一緒に森の中を進んでいくと、ピクニックの形跡を見つけてひと休み。かくれんぼをすることになり、おにになった「ぼく」が目を開けると…動物たちはいなくなり、現れたのは迎えに来たお父さんだった。「また今度、散歩に来た時探すからね!」と言い残し、「ぼく」はお父さんに肩車してもらい、帰っていくのだった。
ナナ:論文調べたけど、あんまりなかった~。
"『もりのなか』"とか、“エッツ”とか知らべたけど、結構ありそうなのにあんまりヒットしなかったよ。
テン:松居直(※)の自伝とか見てみようか。(本を探しに行く。)
※松居直=月刊絵本「こどものとも」をつくった福音館書店の編集者。『もりのなか』を日本で出版したのが彼です。
マヨ:絵本がないですっ!
ちょっとお待ちください…!(絵本を探しに行く。)
……ナナ、テンとマヨに放置される・・・(笑)
しばらくして…
テン:あれ?マヨさんどこ行かれた?
ナナ:絵本探しに行かれた。
テン:一番早くスタンバイしてて(オンラインなので)、絵本持ってきてないんかーい(笑)
ナナ:あはは(笑)
一番この中で詳しい人なんだけどね、この絵本について(笑)
テン:プロやのにな(笑)
この絵本は、福音館書店の「世界傑作絵本シリーズ」やね。
ちなみに私は、2012年 第124刷。
ナナ:私はこないだ買ったので、2019年の11月15日で第138刷!
マヨ:(戻ってきて)失礼~、ありました~。
私は第128刷!
ナナ:比較的みんな新しいね。
エッツの背景と、主人公の男の子のモデル
マヨ:どうやってすすめます~ん?
テン:本に色々書かれてるからそれ見ていこか。
ナナ:エッツの幼少期の経験が、その後の絵本創作に影響を与えたことは、絵本のあとがきに書いてあるね。
テン:マヨの修論(※)ではこの絵本はどんなふうにまとめたん?
※前述しましたが、マヨの研究対象は“モノクローム絵本”です。"モノクローム絵本"については、下のイラストをご覧くださいね。マヨの研究では、『もりのなか』以外にも、『アンジュール』(ガブリエル・バンサン BL出版 1986年)や『100まんびきのねこ』(ワンダ・ガアグ 福音館書店 1961年)、『ジュマンジ』(クリス・ヴァン・オールズバーグ ほるぷ出版 1981年)などの絵本を扱っていました。
マヨ:(自分の書いた修論の)まとめから読めばええか!
…エッツの幼少期にまつわるインタビューの引用では、「・・・私は一人で暗い森の中にいき、何時間でも座って森の風の音を聴いて動物たちが現れるのを待っているのが好きでした・・・小鹿を連れたシカや、ヤマアラシや・・・時には熊やスカンク、毒蛇など・・・動物たちと遊んですごすのが好きでした」っていうようなことが言われているから、あとがきはこれの事だと思う。
テン・ナナ:へぇ~。
マヨ:それから、この絵本を描く前に旦那さんが亡くなってて。
テン・ナナ:そうなんや。
マヨ:最初の旦那さんは、戦争で亡くしてるんよね。
で、そのあとお医者さんと再婚したんだけど、その旦那さんも癌か何かで亡くなってしまって。確かこの絵本は、旦那さんの療養のために行った森で描いたんだと思う。
テン:あれ?じゃああとがきにあった、「健康を害して」っていうのは、エッツじゃなくて旦那さんのこと?
マヨ:ううん、エッツも体調崩してはんねん。
エッツの経歴でいうと、NYの美術工業学校を出て、奉仕活動をしながら過ごしてるときに最初の旦那さんと出会って、23歳で結婚。でもすぐに戦争に行って亡くなってしまうねん。
で、ショックを受けてるところに、社会福祉の仕事したらどう?って言われて、子ども福祉系の仕事してたんやけど、予防接種の摂取量間違われちゃって…。
テン・ナナ:……!
マヨ:…それで健康じゃなくなっちゃったんやけど。この頃から絵本の仕事してる。
それで、コロンビア大学の大学院で児童心理学を学んで、33歳でふたりめの旦那さんと再婚してる。
色々二人で絵本の仕事もしてたんやけど、そのうち旦那さんが癌になってしまって、エッツも体調崩したから、シカゴのラヴィニアの森の近くで静養することになって。
そのときにお二人でよく森を見てて、そうすると子どもたちが森に遊びに来るんだって。
テン・ナナ:へぇ~!
マヨ:だから、エッツの絵本作り全体では幼少期の経験もあるけど、『もりのなか』に関しては、ラヴィニアの森にいた子どもたちがモデルみたい。
テン・ナナ:なるほどなぁ。
マヨ:で、なんでモデルって推測できるかと言うと、『またもりへ』(※)の謝辞で、
「わたしのうちのそばの ラヴィニアのもりで いつもあそんでいたおとこのこ いつか みちであって いっしょに もりのどうぶつごっこをした おとこのこへ このほんを かんしゃをこめてささげます」
※出典:マリー・ホール・エッツ 文・絵 まさきるりこ 訳 『またもりへ』 福音館書店 1969年
(『もりのなか』の続編です。)
って書いてるから、モデルじゃないかって言われてる。
テン:じゃあ、あとがきの子どもの福祉とか社会学とか書いてあるのは、シカゴ時代のことなんやね。
マヨ:そうそう、1929年までは、シカゴでソーシャルワーカーしてる。
それでチェコスロバキアに派遣されたときに、予防接種の量を間違えられたみたい。
で、この絵本は旦那さんが亡くなってから出版された絵本なんやけど。
最後のページ、誰もいないやん。森だけが描かれて終わっているシーン。
テン・ナナ:うんうん。
マヨ:ここは、旦那さんがもうこの世からいなくなってしまった、ってことを感じるシーンなんじゃないかなって私は思ってる。
旦那さんはもういないから、森を見ても誰もいないって。ちょっと寂しいシーンやん、今まで賑やかやったのに。
テン:なるほどな~。
マヨ:このシーンて極端な話、なくてもいいやん。
でもあえて余韻としてあるっていうのは、メッセージがこもってるなって。
テン:そういわれてみれば、詞の切り方もそうやもんね。
「…またこんど、さんぽにきたときさがすからね!」(第18場面)っていうセリフ、「またこんど、」で切って、「さんぽにきたときさがすからね!」だけ右ページにあることで、強調されてる感じがある…。
旦那さんへのメッセージかな?
マヨ・ナナ:うんうん。
登場動物たちの多様性
テン:絵本読んだ第一印象として、弱肉強食の世界で言うたら、ライオンから始まるのって怖いやん。でもむしろそこから始まって、色んな動物がでてきて、分け隔てなく接してるのがステキやな~、と思ったんやけど。あとがきで、社会学とか子ども福祉とかに興味があって学んでた、っていうのを見て、納得した。エッツが大事にしてたところやったんかなって。
ナナ:うんうん。
マヨ:登場する動物で、コウノトリが動かなかったり、ウサギがしゃべらんかったりするやん。それはモデルがおるっていう話にもつながるけど、森に遊びに来てた子の中にも、もしかしたら障がいを持った子とかもおったのかもね。
ナナ:それこそ、多様性だね。
テン:ソーシャルワーカーとしても働いてたみたいやし、福祉活動していた時代とかにも色んな人と出会ってるやろうね。
ナナ:なるほどね~、面白いねぇ。
ところで、動物たちは最初すごく野生的なのに、だんだん洋服とかおめかしして人間ぽくなっていくけど、それはなんか意味があるのかな?
マヨ:それこそ、モデルがあるからこそちゃうかな。
エッツの体験として「動物ごっこをして遊んだ」って言ってるから、その時の子どもたちの感じとか…。
テン:それ、"描く人"の視点やなぁ。
マヨ見てて思うけど、絵本生み出す人って、全部が想像なんじゃなくて実際どっかでは見てるものと言うか、絵を描いてるときにそこにあるものがめっちゃ吸収されて出てるやんなぁ。
マヨ:うんうん、それはある。
テン:モデルがあるから小物とかがすごくリアルっていうのは、読者にとっては物語に引き込まれる要素になるし、クリエイターにとっては現実と物語を繋ぐものって感じなのかなって。
ナナ:じゃあ、服着て一緒に二足歩行してるときは、ほんとの"動物の友達"っていうより、ごっこ遊びしてる"人間の友達"ってことかな?
マヨ:森の中に入った時点で物語は始まってるから、一応物語上動物は動物なんやろうけど、エッツの中では人間なのかもね。
テン:めっちゃリアルな動物の擬人化された表現…!
ナナ:そうそう!おもしろいよね、そこが。
だって、4足歩行のままでも物語は成立するわけじゃん。
マヨ:せやんな~、確かに。
自身も長期的な健康被害に合いながら、社会や子どもに興味を持ち続けたエッツは、幼少期の経験や、大人になってからの仕事、自身やパートナーの療養生活での癒しを、絵本表現で昇華していったということになるのでしょうか。そして、人生の中で見てきた様々なヒトや景色が、ここに登場しているように思います。
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