メンタル病んだので最長片道きっぷの旅に出ました ~準備編3(手続き・購入編)~
準備も整い、いよいよ最長片道きっぷの購入手続きを行う。
……が、少なくとも私にとって、この旅の(実際の旅自体の実行を含む)全行程で最難関だったのがこれである。
↓前回はこちら
言うまでもないことだろうが、単に「最長片道きっぷをください」と言って購入できる代物ではない。
大雑把ではあるが購入の流れは下記の通りだ。
前回述べた要領で自ら経路表を作成する
作成した経路表を乗車券の発売窓口(みどりの窓口)に持参し、申し込みをする(この際に、受け取り時の連絡先を申し伝える)
提出した経路表を元に、JRの支社で経路の検証や運賃計算等の処理が行われる(数日〜数週間程度を要する)
3で問題がなければ、申し込んだ発売窓口から連絡が来る
発売窓口を再度訪問し、代金の支払い・きっぷの受け取りを行う
これだけ多経路の乗車券となると即時発券はできず、多くの時間を要する。乗車券類は乗車日(利用開始日)の1ヵ月前から購入可能になるので、予定の1ヶ月前を過ぎたら可及的速やかに手続きに行くのが良いと思われる。この準備も含めれば、最長片道きっぷの旅には最大で3ヶ月程度を要することになる。
しかし私にとっての問題はそこではない。購入手続きそのものにそれなりの勇気が必要だという点が何よりの問題だった。
とてもではないが、気が遠くなるような内容の経路表を見せて係員を困惑させ、それでも平気でいられるメンタルを私が持ち合わせているはずがない。
だがこれさえ乗り切ってしまえば、後は旅に出るだけなので頑張って乗り切ろう。
(もっとも、一番大変なのは検証・計算をする支社の担当の方に違いないが……)
私の休職開始から1ヶ月程が過ぎた、2024年1月上旬の某日(正確な日付は伏せる)。
この日はメンタル病院の通院と、職場での面談があった。この日の診断と面談の如何により休職が延長されるか否かが決まる。まさに最長片道きっぷ旅実行の可否を占う一日だった。
勿論旅行云々以前に、未だ仕事の復帰ができるほどの調子ではないのは事実だ。素直に「もう少し休息が欲しい」と伝えればいいだけだが、休職中に長旅に出ることへの後ろめたさは当然あった。無論このことを口にするつもりも絶対にないが、私の思惑を悟られるのではないかと気が気ではなかった。
そもそも休職延長がNGとなれば全てが御破算となる。まさに胃が痛くなるような一日であった。
結果的には、医師も職場も休職延長を支持してくれた。特に職場からは「早く戻れ」と急かされるかと思っていただけに意外であった。
思えばこれまで、仕事では私のプライベートも健康も二の次三の次にされるのが当たり前だった。前職の人間は勿論、序章で述べた転職エージェントだって私をそう扱った。どうせ今回もそうだろうと思っていた。
そんな私の思い込みとは裏腹にあっさりと休職延長のOKが出て拍子抜けだったが、此方の体調を優先して気遣ってくれたことは純粋に有り難いことであった。ここは素直に彼らの言葉に甘えることにした。
何はともあれ、かくして私の最長片道きっぷ旅の実行に支障するものはなくなった。そうなったらそうなったでもう一つ、胃が痛む用事を済ませなくてはならない。
私は職場を訪れたその足で、最寄り駅である渋谷駅へと向かった。
日を改めてもよかったが、発券に要する期間を考慮すれば、早めに購入手続きをしたい。1月25日の旅行開始予定まで1ヶ月を切っている。それに先延ばしにした結果、また決心が揺らぐのも避けたかった。
道すがらのコンビニで、予めデータで作成していた提出用の経路表を印刷した。自宅で印刷してもよかったがそうしなかったのは、もしもこの計画がご破算になった場合に関連物が手元に残るのが気分的に嫌だったためだ。
渋谷駅と言えばまさに、かの宮脇俊三氏、そして新ルート達成第一号の伊藤桃氏も最長片道きっぷを買い求めた駅である。
これ即ち、近年に少なくとも1件は同きっぷを販売した実績があるということであり、同時に彼・彼女らにあやかって買い求めにくる人が比較的多い可能性もある。つまり、事情を理解してくれる係の人がいるかもしれない。そのような点でも渋谷駅は好都合だった。
まずは17時頃にみどりの窓口を覗いたが、少々混雑していた。特殊な乗車券故、手続きに時間を要することは想像できたので混雑時の訪問は憚られた。
私は駅を一旦離れ、周辺で買い物や食事をしつつ時間を潰した。
そして20~21時頃だったと思う。私は再び渋谷駅のみどりの窓口を訪れた。中に他の客の姿はなかった。今が最大のチャンスである。意を決して、並び口から一番近い窓口に並んだ。
最初に応対してくれたのは、若い女性の係員だった。私が経路表を出し「この経路のきっぷが欲しいのですが……」と切り出すと、案の定困惑した様子だった。
「やっぱりそうなりますよね……」と思うと同時に、やはり無謀だったかな……と気が重くなった。
するとその係員氏、隣の窓口にヘルプを求めに席を立った。隣にいたのはその係員氏の先輩っぽい雰囲気の女性係員だったが、私の提出した経路表を見ると「あ、このきっぷですね」とあっさり一言。少し拍子抜けしたが、事情を理解してもらえたことにとにかく安心した。以後は、隣の係員氏に引き継いでもらうことにした。
私は、山陽新幹線と鹿児島本線を別路線扱いする経路のA案、同一路線扱いする経路のB案の経路表について説明し、A案で駄目ならばB案で発券してほしい旨を申し出た。
そして、発券までに時間がかかる旨の説明を受け、受け取り時の連絡用の電話番号を伝えた。
またこのとき「学割証はご利用ですか」とも訊かれた。私自身はもう一般的な学生という出で立ちでもないと思われるので少々驚いたが、年齢関係なく大学や専門学校に通う人だって少なくないし、適切な対応だろうと思った。実際、最長片道きっぷは学生が学割を利用して購入するケースが比較的多い。
(というか自然にこういう質問が出てくるあたり、まさにこの係員氏は過去に最長片道きっぷの対応をしたことがある方だったのかも!?そうだとすれば本当に有り難い巡り合わせである。)
この日はこの申し込みの他、1月28日に乗車予定の「SL冬の湿原号」の指定席券を購入し、みどりの窓口を後にした。
私ができることはやった。あとは担当の方に任せて連絡を待つ。
そして約2週間後の1月18日。渋谷駅のみどりの窓口より、乗車券の準備ができた旨の電話がかかってきた。
この際、提出した経路表のうちA案は経路が成り立たなかったためB案での用意となった、という説明も受けた。この部分については担当の人の判断に委ねるつもりでいたので、それで特に問題ありませんと返答した。
この日、都内某所に出かけていた私はその足で渋谷駅へと向かった。
窓口に到着し、乗車券の受け取りに来た旨を伝えた。この日応対してくれた係員は、受け付け時とは別の人だった。
出札補充券に手書きされた乗車券、そして経路が書かれた別紙が用意され、具体的な内容は分からなかったが最後の手続きや確認作業が行われた(なんと3人がかりだった!)。その後、支払いへ。
価格は93,500円。営業キロベースで10,852.4kmのキロ数である。
(このキロ数は経路表通りの営業キロを手計算で求めた結果のため、誤差や計算間違いがある場合があるのでご了承いただきたい。なお運賃計算キロは面倒だったので求めていない。)
額面だけ見るとかなりの高額だが、例えば東海道・山陽新幹線の東京~新下関間が運賃計算キロで1,093.1km(営業キロだと1,088.7km)で運賃13,420円なので、その10倍近いキロ数の乗車券だと考えるとさほど高価ではないな……という感想だった。
基本的に日本の鉄道運賃は、長距離で利用するほど1km当たりの運賃が安くなる「遠距離逓減制」が採用されている。言わば最長片道きっぷはこの遠距離逓減制の恩恵を最大限に活かした乗車券とも言える。ちなみに学割を適用すると2割引で約7万円程度になる。
私はこの代金を手持ちのビューカードで支払った。私のビューカードは「ビューゴールドプラスカード」なので、きっぷ購入時におけるJREポイントの付与率が通常0.5%のところ1%となり、計算上は935ポイントが付与されるはずだ。一方「えきねっと」でチケットレス乗車券を購入する場合は付与率が条件により最大10%となるので、金額の割に付与ポイント数がさほど大きくないのが残念だが致し方ない。
JREポイントはJR東日本管内の新幹線・特急列車・普通列車グリーン車のチケットに交換できる。道中でも有効利用しよう。
ところで私が当初作成・提出した経路表では、相生駅(兵庫県)~東岡山駅間は山陽線経由の経路になっていたが、出来上がった乗車券の経路表では赤穂線経由となった。
相生~東岡山間は山陽線と赤穂線が平行している区間で、実際の距離に基づく営業キロでは山陽線の方が、運賃の計算に用いられる運賃計算キロでは赤穂線の方が距離が長くなるという少々ややこしい区間である。
赤穂線は国鉄末期に定められた「地方交通線」に分類されており、これ以外の「幹線」に分類される路線とを乗り継ぐ場合、営業キロを1.1倍した「換算キロ」を用いて運賃計算を行う。そのため、このような逆転現象が発生している。
ここも特にこだわってはいなかったのだが、もしかしたら計算に携わった支社の方が気を利かせて赤穂線経由にしてくれたのかもしれない。よって私の最長片道きっぷは厳密に言えば「運賃計算キロにおける最長」の乗車券となった。換言すればこれは日本で最も高額たる片道普通乗車券ということにもなるだろうか。
これにより価格が若干高くなったかもしれないが、運賃計算キロで2.5km程度の差しかないので特に変わらない可能性もある(ちゃんと計算したわけではないので定かではないが……)。
但しここは、営業キロ派か運賃計算キロ派かで「流派」が分かれる部分であり、特に現在の最長片道きっぷは両者でルートが大きく異なるため、営業キロ派は山陽線経由、運賃計算キロ派は赤穂線経由と、事前にはっきりと経路を指定した方がよいかもしれない。
いずれにせよこの区間には「選択乗車」の特例があり、乗車券に記載の経路にかかわらずどちらの路線に乗っても構わない区間となっている。なので実際に乗車する際の影響は特にない。
これらについても最後に説明を受け、念願の最長片道きっぷを受け取った。
改めて渋谷駅みどりの窓口のスタッフの方々、支社で処理をして下さった担当の方には深く御礼を申し上げたい。
一時は「あの世行きの片道きっぷの旅(だいぶ不謹慎な表現だな……)」さえ考えていた私が今、稚内発新大村行きの最長片道きっぷを手にしている。なんとも不思議な感覚だが、同時に達成感も強かった。メンタルを病んだ私でもここまでのことをできたのだ。
だが、これは終わりではなく始まりである。
6日後の1月24日には、この旅のスタート地点・北海道の稚内に向けて出発する。期待に満ちた旅というよりは、憂さ晴らしのための旅……と表現した方が当時の私の心境に近いが、とにかく楽しんでいこう。
最長片道きっぷの旅に、いざ出発。
……しかしまさかの出発直後から、真冬の北の大地の洗礼を受けることになることを、当時の私はまだ知らない。
次回に続く。
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