見出し画像

【一口物語】『ビィ玉。』

違う。
その日出会った彼は、底のひび割れたガラスビンみたいな人だった。
透き通っていて、キレイな人だなぁと心の奥底から、人生で初めてそう思ったんだ。全くの無色透明で、なぁんの変哲もないビンなんだけれど、稲妻に走った罅がすこうし光を屈折させて、あぁソレも綺麗だなぁと思った。

曰く、彼は、愛情という色水を貯めることが出来なかった。勿論、彼が直接そう話した訳じゃない。ただ、何をしても、どんな言葉を貰っても、彼はそれを溜めることが出来なかった。らしい。
「俺が役に立つには、」は彼の口癖であった。きぃっと、だぁれにも言うことの無い。わたしにだから話してくれたのだろう。それがわたしはすこぅし嬉しくて、喜んで話を聞いたんだ。
俺は色水を溜められない、だから誰も見てくれない。俺は色水を溜められない、だから使って貰えない。
そんなことないわって口をね、挟もうとしたの。でも野暮ったいからやめた。やめたのよ。
俺は汚れることにしたんだ。たくさんたくさん。泥に塗れたし、血にも塗れた。沢山沢山、殺したよ。
そこでね、わたしハッとしたの。この人とっても汚いビンよ。確かにとっても泥まみれ。元の姿が分からない。わかったものじゃありゃしない。それに罅の部分には、なにかてらてら伝ってる。
そしたらやっと、見てくれた。役に立ったら見てくれた。おれ、たくさんよごれたよ。
ビィ玉よ、ビィ玉の声。お祭りの、あとのラムネのビィ玉よ。とにかくそんな声で言ったの。あぁ、って思った。この人の泥や全部を流しても、元の彼には戻らないのね。きっとこの浜のガラスの破片たちと一緒。無色透明に戻れない。
せめてアナタに、ペンキを塗ったくってくれる人が居たら良かった。貝殻を貼っつけてくれる子供とか、インテリヤにしてくれる物好きの老人とか。若しくはアナタをどろどろに溶かして新しくしてくれる人、なんて、これも野暮ったいなぁ。わたしはね、汚れることを良しとしたアナタのことが好きなのよ。垣間に見えた一瞬のほんとのアナタにあったときから。
わたしはアナタを変えられない。変える資格もありゃしない。わたしはずぅっとさざなみよ。アナタとであったときからね、ずぅっと距離が分からない。寄せて、引いて、近づいて、止まって、寄せて、繰り返すの、充ちて、欠けて、それでもまだわからないの。アナタとの距離。どんな言葉をかけたらいいのか、まだわからないの。だからね、わたし、うんうんと頷くだけ。ここに来て、アナタの話を聴いて、頷くだけ。単調でしょ、つまらないでしょ、でもね、よく聴いて。
わたしね、考えてるの。いっぱいの考えが浜辺で渦潮をつくったの。これってすごいことだと思わない?今ね、わたし、アナタのことをさらってしまいたいと思ってる。さざなみもね、浪なのよ。だからアナタに色をあげられない。でも、大浪になってアナタの脚を拐うわ。離岸流になって、アナタと遠くに行くの。そうしたらね、今度はちゃあんと渦潮になってアナタと底につきたいの。それまでにはしぃっかりアナタをキレイにするわ。だってやっぱりほんとのアナタが見たいもの。汚れは全部取り除いて、凸凹の表面もキレイに均してあげる。すこうし痛いけど許して。
あぁでもやっぱり、元のアナタには戻らないわ。でも元に近くしてあげる。そしたらアナタはキラキラ光って。浜の上は汚いから。だって色んなごみでキラキラしてる。木とか鉄とか死骸とか、プラスティックもよ。今踏んでる浜辺はぜぇんぶ汚いごみの上。じゃなくて、アナタは何にもない水底で、何も気にせずキラキラして。無色透明のままキラキラして。わたし、それで充分よ。泡になって消えてもいい。深藍の光の届く穏やかな水底でずっと輝いていて。
あ、違う。わたし、やっぱり、アナタが好きなんかじゃない。キレイ、とは思う。わたしが愛していたのはアナタの罅。綺麗な罅。稲妻に走った罅がすこうし光を屈折させて、あぁソレが綺麗だなと思った。今、やっとわかったわ。綺麗ね。アナタ。アナタの罅。そう声をかけたかったわ。ずっと、ずぅっと。でも無理ね、最後の泡も消えたもの、さらった跡にあるのは靴よ。
あいましょう、海の向こうの楽園は、ニライカナイの名がついている。
そこでアナタに綺麗と言うわ。

ほら夜が明ける。
見えている?光の届くところでしょう?今わたし、ビンの中のビィ玉よりちっぽけな存在だけど、それよりもっと自由なのよ。
ねぇ、朝日って眩しいのね。


初めての創作文の投稿はこれにしようと決めていました。
語感の良さだけで突っ走った、お気に入りです。
沢山の5音、7音のリズムと文の緩急を楽しんでいただけたなら幸いです。

スキマ時間にさらりと読める。をテーマに
【一口物語】と名付けました。
今後もちまちま投稿していければと思います。

いいなと思ったら応援しよう!