9ピンク色に染まる頃

第22話「明日」

「これがその日記です。」

チカに病気のことを悟られないよう、ソラたちは病室を出てクモリの研究室に集まっていた。

「まさか、ギルバート博士が君のお父さんだったとはね。本当はこの研究所に来て欲しいと依頼するつもりだったが・・・いや、本当に残念だよ。」

トオルが差し出した日記を読みながらクモリが言う。

「父をご存知なんですか?」

「この業界ではギルバート博士は有名だよ。実は我々も地下移住に際して身体に異変を訴える子どもが急増していることには気付いていてね。もちろん、その事実を公に動けば政府に睨まれることになるからその件に関してはとても慎重に動いていたんだ。」

「やっぱり、トールが言ってたとおりトールの父さんも俺の父さんと一緒で殺されたんじゃ・・・」

ソラはクモリの話を聞いて戸惑う。

「あぁ、それに、父さんが死んだときの捜査情報の開示を求めても、体の写真しか見せてくれないんだ。目に焼き付いて離れないよ、タイヤ痕がくっきりついた父さんの体が。」

「それは妙だね。」

クモリは顎のひげを触りながら言った。

「そうなんです。情報が少ないことも不信だけど。地下移住してから交通事故なんてほとんど起きていない。もともと地下道路は直進出来る道は長くても500m程度。カーブが多く道も狭い中で父さんの事故現場はどう考えても時速30㎞が限界なんだ。その程度の速度で致命傷が与えられるだろうか。事故じゃなくてもともと殺すつもりで走っていたのなら話は別ですが・・・」

「うん。私もそこが気になる。さらに言えば、タイヤ痕が身体に残っているのも不自然に思える。まるでとってつけたように交通事故だと思わせようとしているみたいだ。もし、ギルバート博士の死因が別にあるとしたら、これは一大事だ。なんせ警察が事実を隠蔽しようとしているんだからね。知り合いに凄腕の探偵がいんだ。彼に調査を依頼してみよう。」

「探偵?」

「あぁ、我々が調査しているとバレたら怪しまれるからね。プロの探偵に極秘で調査してももらった方がいいだろう。マヤ、悪いが彼に取り急ぎ連絡を。」

マヤは返事をすると部屋を出て通信室へ向った。


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「マヤさん!」

通信室へ向うマヤを呼び止めたのはアカリだった。

「私、ココを出て行くことにしました。でもその前にマヤさんに話しておきたいことがあって・・・」

訝し気に振り返るマヤにアカリは構わず続ける。

「私、マヤさんに自分を重ねてました。何となく似てると思ったんです。最初はそれが何なのかわからなかったんですけど、今はわかります。マヤさんも最愛の人を失くしたんですよね?」

「・・・!」

マヤは意表をつかれて声が出なかった。

「みんな私の父親の権力に目がくらんで私と仲良くしようとしてたけど、彼だけは違いました。彼は私だけを観てくれました。だから彼を失って私は絶望してしまったんです。彼の居ないこの世界に・・・」

見開いたマヤの目から涙がこぼれ落ちた。

「彼の事を思うと辛くて、このままじゃ前に進めないって想いました。いっそ彼の事を忘れてしまいたい、嫌いになれたらどんなにいいかって想いました。彼が私に与えてくれた感情も、希望も全部!全部なかった事にしようとしました。」

始めは冷静に話していたアカリだが、だんだん興奮してゆく。

「でも彼のこと好きな私の方がずっとずっと強くて素敵な私なんだと思うんです。彼のことが好きな私が好きなんです!」

「彼も私を愛してるって言ってくれたわ・・・」

マヤが固く結んでいた口を開いた。

「でも急に私の側から消えて、いつの間にか別の女性と結婚していたの。それって私のことを愛してなかったってことでしょ?私は愛していたのに・・・子供も産まれて・・・彼は私を騙していたのよ?私の心を踏みにじったの!」

取り乱すマヤの姿を初めて観て、アカリは再び冷静になろうとした。

「愛する人を信じられないなんて、あなたは本当に可哀想な人ですね。彼は言っていました。「嫌いという感情ほど無駄なものは無い」って。きっと恨みや疑いもそうなんです。疑うことに意味なんてないんですよ?」

アカリの言っている意味が分からずマヤは眉間にしわを寄せてアカリを睨んだ。

「ちゃんと向き合ってください!辛いからって逃げないでください!忘れちゃダメです!もし騙されていたとしても、その人を好きでいた事実をなかったことになんかしちゃダメです!」

「わかったような事いわないでよ・・・」

マヤは絶えきれなくなって通信室に入って鍵を締めた。

廊下に取り残されたアカリは扉にむかって静かにささやいた。

「さようなら・・・」



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「ミノ先に入りなさいよ!」

「やだよ!ミナちゃんが入りなよ!」

研究所の前にはミナミとミノルがいた。2人はソラの事が気になり、こっそりついてきたのだ。

「あ、アカリ!」

ミノルが研究所から出てきたアカリに気付くとミナミは気まずそうに俯いた。

「双子じゃん。チカのお見舞いに来たのか?」

双子は顔を見合わせる。チカも居るということは予想していなかったのだ。

「そ、そうなの!チカ急に帰っちゃったから心配で。」

チカが居ると知って困っているミノルの代わりに、ミナミが話を合わせる。

「チカなら入って突き当たりの部屋に居るよ。」

それだけ言うとアカリはその場を立ち去ろうとする。

「アカリどっか行くの?」

「え?あぁ、うん。まぁ・・・ちょっと野暮用ができてさっ」

「明日も会えるよね?」

ミノルが寂しそうに聞く。

「あたりまえじゃん!私がいなきゃ明日がはじまらないでしょ!明日は明るい日って書くんだからさっ」



しかし、明日になってもアカリは戻ってこなかった。



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